2人の背中
『ハジメ。…何で今、手加減したの?』
美月がバレーを辞めたきっかけは、彼女が
彼にこの言葉を吐いてしまった時だ。
3人当たり前の様に並んで傍にいて、同じ背丈
だったはずの2人が気がつけば自分を抜いて、
どんなに努力をしても適うことなく、段々と
遠い存在になってゆく気がしていた。
努力が重なり実力を認められれば認められる
程に、その気持ちは変わらず寧ろ悪化。
同性にもわかって貰えない、男子と女子の差
のもどかしさと辛さは彼女だけにしかわから
ないものだった。
現実的な寂しさを美月は2人と一緒に過ごす、
事によって、思い知らされた美月は中学を
卒業と共に自らこの道を断ち切ろうとした。
しかしそれは完全に断ち切るという事は無く、
現在も高校からはマネージャーとゆう役職で
及川も岩泉も彼女を完全には切らせることは
無かったが、程よいバレーとの距離の現状に
今は心穏やかなのはいい事で。
『なんて、夜道1人だと苦ーい思い出を
振り返っちゃうのは何でかなー。』
やだやだと過去を否定しながら、昔の思い出
に浸っていると何処かツンと鼻が痛くなる。
練習は既に終えたはずだというのに、一部の
3年生達の姿が見えず、ハードな練習に疲れ
果てた後輩達は美月が怒り出す前にと
早く合宿所へと送り出されていた。
遠慮なく先に食べててね!と美月は可愛い
後輩達に告げて、1人自転車に乗り彼らを迎え
に体育館までペダルをゆっくりと漕いだ。
国見は危ないからと彼女を止めたが、ちょっとの距離だから大丈夫だと、矢巾と渡も心配を
していたが、その2人にも体を休める様促した。
「ごめん美月、遅くなったわ。」
「迎えに来てくれたのな。アイツらはまだ
やってるわ。」
『想定内ですのでお気になさらず!』
自転車を体育館の近くに止めようとした所に、
花巻と松川もちょうど合宿所へ向かっている
所だったので、美月は早く向こうへ行く
よう、彼らに伝えた。
『今日のカレーはセルフサービスに
してるから!』
2人が戻れば先生達は飲みに出かけるだろうから
あとはよろしくと美月は告げると手を振って
了解の合図を彼女に送る。
まだ消えていない体育館の明かりとボールが
弾む音を聞いて美月は体育館のドアをゆっくり
と開けた。
その先から見えていた景色は、及川、岩泉共に
それぞれ必死にボールに食らいつき、打ち込み、
向上しようと前を見ている姿。
幾度と流れる汗を自分の袖で拭って、一球一球
を探るように丁寧に打ち込み、この頼もしい
背中を見るのが本当に好きだと彼女は彼らを
見て改めて実感する。
少しこの2人の姿を見ていたい彼女は、彼等の
邪魔にならない様に音を立てずに静かに中に
入ると、美月は黙ったまま、扉の前
へ立っていた。
「美月、戻ってきたの?」
「心配かけちまったな、悪い。」
ふと振り向いた際に彼女の存在に気がついた
及川は少し驚き、そして嬉しそうに笑って見せ、
岩泉は危険な夜道を通らせてしまったことを
罰が悪そうな顔で彼女に謝る。
『今日は大丈夫だから。』
彼女は落ちていたボールを拾い、気にしないで
続けてと言いながらもボールをじっと見つめるので、
及川は不思議そうに首を傾げた。
「おや、どしたの美月?」
『ん?何でもないよー。』
「…お前も久しぶりに一発やるか?」
「やだ岩ちゃん、それセクハラ。」
岩泉は「お前面倒くせぇ!」と及川を思い切り
蹴飛ばし、美月の違和感をなんとなくで
感じ取っていたのか、そのまま彼女へボールを
渡す。
そして彼女に理由は分からんがストレスは
しっかり飛ばしとけと言って、岩泉は、美月の
頭をクシャりと撫でた。
「行けー、美月!」
2人の揃った「ナイスサーブ1本」の掛け声と共に
彼女はそれを受け取って高く投げ、思いっきり
打つと霧が晴れたように気持ちの靄が引いて
綺麗なラインでボールは弾ける。
私にはこの距離が一番なんだ。
『それじゃ、続き始めますか!』
2人の大きすぎる背中を見て美月は目を
細めて満足そうに微笑めば、彼らも目を細め
彼女に微笑みを返す。
そして、2人の練習に混ざって、3人で昔の
楽しさを思い出させてくれるバレー練習が
始まった。
「美月、ちょっと俺にもトス上げて。」
『はいはい。』
「お前もスパイク打っとくか?」
昔のようなプレッシャーなんてそこには無く、
彼らと共に過ごしていく中で彼女に付いていた
重い足枷はとっくの昔に2人に砕かれ無くなって
いたようにも感じた瞬間だった。
彼女は及川が上げた球を高く飛び上がり、
自分のわだかまりを追い払うように
思い切り、それを地面へと叩きつけた。
「よし。そろそろ、帰るか。」
『そうだね、みんな心配しちゃうしね。』
「えー、楽し過ぎだからもう少し!」
「わかった。じゃあお前は体力有り余って
元気だから走って帰れ。
俺と美月はチャリで帰る。」
「・・・・えっ。」
「俺と美月が無理して怪我したら
どーする。」
「・・・俺、病み上がり。」