キミの背中
散り散りになったボールを綺麗に片付けて、
美月が体育館の鍵を閉めている間に、岩泉は
ちゃっかりと彼女が乗ってきた自転車を持って
きて既に跨っており、美月の準備が整えば、
彼は彼女後ろにすぐに乗せた。
体勢の問題で、美月が必然的に岩泉の服を
ぎゅっと握りしめている姿が気に入らない及川
は、不服そうに腕を組み、2人を見ている。
「んじゃ、先に帰るべ。」
「ふーんだ、追い抜かせないもんね!」
ムキになる及川は、岩泉が美月を気にかけて
ペダルを漕ぎ出す前に、猛ダッシュで合宿所
まで全力疾走でそのまま姿を消すので、岩泉も
美月も呆気に取られながら、その先を見届けた。
「アイツ脳みそが小4で止まってるのか。」
『元気で何より、私達も帰ろ。』
及川を見て楽しそうに美月が笑えば、岩泉が
そうだなと言葉を返すと自転車を漕ぎ出し、
美月はバランスを摂る為に彼の腰に手を回した。
『2人乗り久しぶりだね。重くない?』
「これくらい全然何ともねーわ。
つーかちゃんと飯食ってんのか?」
久しぶりの2人乗りに強ばって、美月が岩泉の
背中へと抱きつけば、「しっかり掴まってろ。」
と何とも頼もしい言葉が返ってくる。
岩泉の引き締まった背中と汗の臭いが、彼女を
何故か安心させ、美月は自然と抱きしめる力
を強めた。
周りの景色を見ることなく、目の前の彼の背中
をじっと見ていれば、あの苦い思い出の続きを
彼女はふと思い出す。
「お前に手を抜いて何が悪い。
怪我をさせるわけにはいかねーだろ。」
当たり前だろ、お前は女だ。
どうしようもねえ事を今更深く考えるな。
考えてもしょうがねーべ!
「お前が勝手に距離を感じて辛くなろうが
何をしようが絶対俺達はお前を離さねぇから。」
ポカンとしている美月と彼らの間にしばらく
沈黙が走った後に「ドSすぎない!?岩ちゃん。」
と呆れる及川の言葉に岩泉が謝ってたまるかと
鼻を膨らます姿。
彼の言葉は全然美月にとって優しくないようで、
彼女をよくわかっているから故にかけた言葉。
彼女はそれから、2人と並ぼうとする発想すら
止め、後ろから彼らを見守る様になった。
ハジメ、あの時はありがとう。
彼らの背中をずっと見てきた美月は、それが
逞しすぎて絶対に敵わない事を今になって、
はっきりと思い知らされる。
『あー。私って小さいのかな。』
「何を今更。」
『ハジメの大きい背中に安心する。』
「それ、絶対他の奴らの前で言うなよ。」
『え、何で。私変なこと言った?』
及川と花巻が聞いたら後が面倒臭いと、誤魔化
しながら、本当は自分だけの言葉にしたいと
願う岩泉は、彼女を背中で感じながら心の中
だけで訴える。
「まぁ、俺達は美月に背中を守られてる
気がするけどな。」
『何それ、私カッコイイじゃん。』
「調子に乗ってると、降ろすぞ。」
『はいはい。』
嘘ですよと彼女は冗談交じりで笑って、彼の
お腹あたりををポンポンと叩けば、彼からは、
「まぁ、お前は十分カッケーけどな。」 と真面目
なお返事が返ってくるので美月も少しだけ
照れ臭くなってそこから少しだけ無言になる。
『ハジメに言われると嬉しい。』
ありがとう、その言葉は頑張れると岩泉に伝え
ると彼は一言、「おぅ。」と返事して、それ以上
は何も言わずに、彼は耳まで赤くなっていたの
だが、暗がりなので美月には、その姿は見えて
はいなかった。
『あ、忘れてた。』
「どうした、忘れ物か?」
『いや、そうじゃなくて。』
美月が2人を迎えに行く少し前に溝口が彼女を
呼び止め、帰りは及川か岩泉がいるなら、皆の
アイスクリームを買ってこいと、彼女にお金を
渡してくれていた事を岩泉に伝える。
『溝口クン、奢ってくれるって。』
「んじゃ、まだあそこのスーパーが空いてる
から寄るか。」
ちょっとしたデートだねと彼女が冗談を言えば、
岩泉はそーだな!と照れることなく笑うので、
言い出した美月が照れ臭く、らしくない自分
を隠すように岩泉の背中に額を寄せていた。
「待って、2人とも遅くない?」