あなたは誰にも渡しません

突然の用事も美月が難なくこなしてくれて、
一通りの仕事が終わったはずの彼女を休ませ
ようと及川が美月を探すが、3対3に集中して
いたせいなのか、彼女の姿が全く見えない。


そこには、さっきまでスコアを付けているはず
姿があったにも関わらず。


及川は近くにいた金田一に、彼女の姿を見かけ
なかったか聞けば、どうしたんですかと国見も
不思議そうに顔を覗かせる。


「ねー金田一、美月見なかった?」


「牧野さんっすか?」


「あー、牧野さんなら女バレの主将達に連れて
いかれました。」


しまった、今日は女子も一緒だったっけ。


及川はそんな後悔を頭に浮かべながら、国見の
言葉に自分の手を額に当てた。


何故止めてくれなかったのかと言いそうになる
も、国見からすれば先輩に当たるので、責める
ことなんて出来ず、「そっか、連れ戻してくる
ね。」と彼は困った顔で笑い、隣の体育館へ
向かった。

そして及川がもう1つある体育館へ到着すると、
頼まれたら断れない彼女は、一年生の女子達の
指導を時々していた。


彼女の実力が有名だった為、入部を何度も彼女
達にせがまれたが、美月は自分は退いた身だ。と
それを断り、すると向こうも負けずに粘り、
何回も断る代わりに、彼女が三年生になってからは、たまにこうして合間に拐われて、指導を
することが多くなっていた。


『うんうん、いーかんじ。』


そんな美月は只今、指導相手のフォームを
じっくりと観察していて、気になる部分が見つ
かったのか、もう少し伸ばしてと一年生女子の
腕を掴み、いい位置の見本を見せる。
その女子も彼女に触れられ、頬を赤めていた。


そしてボールを上げられ、彼女がスパイクの
手本を見せれば、後輩達は目をきらきらと
させながら彼女を憧れの眼差しで見ていた。


「さっすが、美月いたら教え方が優しいから
助かるわー。」


『もう腕がだいぶ訛ってるけどね。』


「どの口が言うわけ?」


バレー部の可愛い後輩ちゃん見たら元気出るね
と呑気に笑いながら、クラスメイトでもある
部員達と話をすれば、「ちょっと!」と及川の
怒った声が聞こえてきた。


及川の姿を目にすれば、三年生の女子達は
あからさまに嫌そうに引きつった顔で、後輩達
は少し嬉しそうな顔を見せていた。



「げっ、及川。」


「げって何さ、ウチの美月を勝手に連れ出され
たら困るんですけど。」


「は?いつから美月がアンタんとこのに
なったわけ?」


「正式にウチのマネージャーだし!」


「たかが30分借りただけでうるさいわ!」


『まぁまぁ、2人とも落ち着いて。』


入学当時から主将同士は美月の取り合いをして
おり、2人はなかなかの犬猿の仲。
及川が正々堂々と、じゃんけんで勝ったから
ここにいるものの、時々こうして隙あらば美月は
彼女に狙われていた。


なかなか彼女を取り返すまでに時間がかかり、
こうしてことある事に揉めるので、及川から
すれば厄介な相手でもあり、美月はいつもこの
2人の仲裁に立たされる。
そしていつも決まったように後から岩泉も姿を
現すのだった。


「悪い、コイツまだ仕事残ってんだわ。」


「えっ、そうなの?ゴメン美月!」



『えっ、そうだっ…』


『け』と言う言葉を付けられる前に岩泉からの
鋭い視線を感じた美月は『…でした。』と
言葉をすぐに訂正する。
そして行くぞと岩泉に美月は手を引かれ、及川は
岩泉の言葉には素直な女子達に納得いかない
まま、後をついて行った。


「何で岩ちゃんには素直なわけ?」


「お前が美月取られたことにムキになって、
上手くやらねーだけだろ。」


「ぐうの音も出ない。」


そして、元の居場所に3人が戻ってきたら、
「お、無事に戻ったか。」と松川が彼等を見て、
花巻は「お疲れ」と労うように手を挙げた。


2人が息をピッタリと揃えてため息を吐くと、
そして「まぁ」「それよりも」と言葉を続ける。
美月はこの2人の言うことを先読みしたのか、
構えて口をへの字に曲げていた。


「美月は、体休めなきゃダメじゃん!
今日ずっと働きっぱなしでしょ。
そりゃ、色々用事を頼む俺も悪いけど女バレの
手伝いまでしちゃダメ。」


「お前は自分の体力を過信しすぎだっつって
んだろ。力になりたいのも、頼まれて断れねー
気持ちもわかるけど、少しは考えろ。」


どうしてこういう時だけ、ピッタリ息が揃う
のだろう。


彼女はそう思いながら2人を見れば、2人が一気
にマシンガンの如く彼女に説教を始めるので、
彼女は『まだ大丈夫と』言っているの一言も
聞いて貰えず、思わず彼女は両手で耳を塞ぎ
たくなった。


彼女なりに息抜きもしているのだが、ちょうど
タイミング的に彼等は働きすぎだと思っている
様子で彼女を心配して言葉は止まらない。


2人は過保護過ぎると言いたいが、そんな事を
口にでもしたら、自体は悪化する一方なのは
目に見えている。


でも言われっぱなしも癪だったので、彼女は
自分の手元にある、指導の時に使っていた
ガムテープをビリッと2枚切った。


『えいっ!』


「んっ!?」


「!?」


美月は隙を狙って彼等の言葉を遮る様に、こと
もあろうか、2人のそれぞれの口元へペタッと
切ったガムテープを貼り付けた。


それは彼女なりの強行突破。


突然の彼女の行動に周りは驚き、松川と花巻
は可笑しくなって、ぶっと吹き出した。
「んー!」と怒る2人に美月#はえへへとして
やったりと満足そうな笑みを見せた。


『もう十分わかりましたので、それ以上は
聞きません!』


おまけ付きと言って及川の首に手を巻き付け、
ちゅっとガムテープ越しなら平気だからと、
及川の唇があろう所に唇を寄せ、「ちょっと
待て!」と松川や花巻の悲鳴が聞こえていた。


「んー!!!!」

「んっ!!?」


名前を必死に叫んでも口を塞ぐもので、言葉を
発する事なんて彼らには出来ず、大好きな彼女
の突拍子の無い行動に、もちろん及川は一気に
赤面すれば、へなへなと腰が抜け、崩れるよう
に倒れ込んだ。


一方、岩泉は一瞬ショックを受けるものの、
自分のモノを取り返そうとする反射の方が強く
て、ぐっと彼女を自分に引き寄せたら、両頬を
自分の手で挟んで、ガムテープ越しに彼女の唇
を躊躇うことなく奪う。


さすがに岩泉の男気全開の行動には周りも言葉
を失い、ポカンと呆気にとられながら彼らを
見た。


頭を押さえられ、美月と触れる時間は長く、流石
に彼の強引な行為は彼女も恥ずかしくなった
のか、頬が真っ赤に染まり美月は『参りました』
と両手を振れば、彼もベリっと勢いよく、口元
にあったそれを剥いだ。


「俺に歯向かうなんざ、100年早え!」


ペタリと座りこむ彼女へ「そこで休んどけ」と
言って美月に背を向け、練習に向かう岩泉の顔
はやってしまったと半分後悔をしている真っ赤 な状態で誰もツッコむ事なんて出来ずに苦笑い。


とりあえず、花巻が腹いせに及川に近寄って、
口のガムテープを思いっきり剥げば、彼は酷く
痛そうにのたうち回っているのだった。



「…すごいよな、これでこいつら付き合って
ないんだぜ?」



「嬉しいよーな、適わないよーな。」


「単純に羨ましいんですけど。」


松川、矢巾、花巻の順にぽつりとボヤきながら
も美月抜きの練習が再び始まり、しばらくすれ
ば彼女がまた仕事を再開し、夕日と共に合宿の
終わりを遂げた。








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