鬱憤晴らし
及川は美月と牛島を出会わせるタイミング
を作ってしまった事に後悔をしていた。
松川と花巻が先に戻ってきた所に美月の姿
は無く、岩泉は嫌な予感を感じ取れば血相を
変えて、すぐに彼女がいたであろう方向に
向かって行こうとするので、及川ももちろん
彼について行った。
白鳥沢のセッター2人と見知らぬ1人がすれ違い
ざまに美月の名前を出したので、彼らの嫌な
予感は的中し、見たくない2人を目撃する形と
なる。
ウシワカにそんな顔を見せるなよ。
先程の精神的な疲労を少し抱えながら、皆が
コートへ移動している際に、松川達から先程の
伊達工の試合中の宜しくない出来事が及川へ
伝わると、及川も「ふーん、いい度胸してん
じゃん」と気に食わないといった態度を見せ、
隣のコートにいる二口が誰かを確認するように
見た。
そして、試合に集中しているその相手はこちら
を見ていない事はわかっていても、及川は先程
の苛立ちも加わって混ざり、牛島の前で見せた
岩泉のように、自分のものだと見せつけようと
美月の身体を自分の肩に引き寄せようとしたが、
彼女にするりとそれは見事に避けられてしまった。
美月は及川の方向にも向きもせず、彼女は
ボールカゴへ走って向かい、及川の滑稽な空気
を抱えた空振りに後ろでそれを見た花巻と松川
は2人が可笑しくて吹き出した。
「…何も言わないで。」
「お前らのタイミング、本当に息がピッタリで
素晴らしいな。」
「ホント、最高だわ。」
「だから、2人とも何も言うなっていって
んじゃん!」
『え、なんの事?』
「何でもないし!」
「またしょうもねぇこと考えて。」
終わったことを根に持つんじゃねぇ!と岩泉は
半分自分の苛立ちの八つ当たりも混ぜて、及川
の尻を容赦なく膝蹴りし、蹴られた勢いで彼は
軽く跳ねながら、「岩ちゃんもじゃないの!?」
と嘆きながら蹴られた部分を自分で撫でる。
美月も先程のふんわりした女子らしさとは
一変して、髪を一つ纏め上げたら、目つきは
変わりすっかり仕事モードの凛々しい姿に
切り替わっていた。
今は試合準備に集中しているから構えないと
いった様子でジャージを預かるから貸して!と 部員の羽織ったジャージを手際よく回収しな
がらも体調の最終チェックも済ませていた。
『はい、及川。』
手を差し出す彼女の呼び方は、周りの女子の
及川を呼ぶ歓声達への配慮から、名前呼びから
苗字呼びへと変わって、さっぱりとした対応に
なり、牛島の事を若利君と呼んでいたことを
聞き逃さなかった及川は、悔しさから肩を
ガックリと落とす。
及川の機嫌を何となく察した美月は彼の様子
を心配したが、岩泉はさっきの 牛島の事は気に
すんなと言って、彼女の背中を押し、作業を
続けるよう促した。
「鬱憤ならボールで晴らせばいーだろ。」
美月はすぐにベンチの隅で全部のジャージを
回収したら間違えないように綺麗にそれぞれ
畳むとカバンの上に置き、その後にドリンクも
持ち出す。
忙しく動く美月の姿を見ながら、岩泉は及川
に向かってそう言えば、今度は金田一達に
話しかけに行った。
『徹らしく、いつも通りでいこうね。』
美月が及川の後ろを通り過ぎた時に軽く背中
に彼女の手が触れてそう言った気がして、声が
した方向に目を向けると、既に彼女は監督と
コーチの隣で、彼らと烏野と伊達工の試合に
ついての会話をしていた。
気のせいだったかと首を傾げると、及川の視線
に気がついた美月はにっこり彼に優しく
微笑んだ。
そしてそれは一瞬で、その後は烏野と伊達工の 試合を隣から覗いていたので、岩泉の言う通り
だとアップに専念し、そのまま彼のモチベー
ションは上がったまま、試合に臨んだ。
自分は何て単純なんだ。
彼女が自分に笑顔を向けただけで他のこと
なんて一気にどうでもよくなる。
ボールを高く上げ、自分の力を目一杯相手に
ぶつけて弾け飛べば、再び彼女の大好きな表情 も見れて、それは更なる快感へ繋がっていく。
そして更なる高みも望んでしまう。
「王者もダークホースも全部喰って、全国に
行くのは俺たちだよ。」
『徹、ナイスサーブもう一本!』
及川のサーブで1つセットを勝ち取ると、美月は
相手を押さえ込んだ勝利に嬉しそうにガッツ
ポーズを見せた。
『うん、今日も絶好調!』
美月はちゃんと彼らを見逃すことなく、
真剣な眼差しで見ており、ベンチから座って
見ていても点が入る快感を彼らと一緒に
味わった。
花巻、ナイスレシーブ!
自分の声を周りと紛れさせたつもりでも、その
声は歓声に紛れる事無く、美月の声援が
一人一人の耳にはちゃんと届いている。
金田一今のブロックすっごく良かった!
ハジメ、ナイスキー!
美月は仲間を乗せるのが上手く、タイムアウト
中にはタオルとドリンクを渡しながらも
良かった所を褒め、トスを上げ、スパイクを
打てば、自分だけに見せてくれる笑顔が
見れる。
岩泉も及川から受けたトスを負けてたまるかと 気持ちをぶつけるように、美月の期待に
応えるように、彼は相手の届かないところへ
狙い撃った。
『みんな、お疲れ様でした。』
青葉城西高校と大岬高校の試合は25対14、
25対12と圧勝で両方とも青城がセットを奪い、
体力に余裕を持って勝つことが出来た。
試合終了の合図と共にタオルを持って駆け寄る
彼女は、後輩の頭を背伸びをしてくしゃりと
嬉しそうに撫で、岩泉と花巻とは楽しそうに
「うぇーい!」とハイタッチを交わした。
「美月。」
満足そうに頷く彼女の表情の向こうから聞こえ
てくる黄色い声は消える事はないので、彼女を
抱きしめたくなる気持ちを堪えて、他の仲間と
同様、笑顔でハイタッチを交わした。
「あー、美月に癒されよ。」
「あっ、お前ズリぃ!」
さりげなく、彼女に甘えて彼女の肩にもたれる
松川をずるい!と言いながら花巻と一緒に
彼女から引き剥がす。
『げっ、テレビ来てる。及川のせいだ。
花巻ごめん、背中借ります!』
「本当、お前目立つの嫌うよな。」
「いや、美月、何もしなくても
十分目立ってると思うぞ?」
『…及川の隣は避けて歩こう。』
「酷くない!!?」
並んで観客側に一礼しながら挨拶をし、二階に
いる潔子の方向にむいて美月は親指を立てる。
彼女は顔色は変わらずだったが、それを見て
頷き、美月はニカッと笑って、次は対戦相手
になってしまう事はわかっているのだが、
今はお互いのチームの勝利を讃え合った。