狙われる彼女
次の試合までまだ少し時間がある美月は
自分の身支度を整えようとした。
さすがにトイレまで付いてこられたら嫌だろう
と、先に花巻と松川は及川達の所へと戻り、
美月はトイレから戻ろうとした所を誰かに
呼び止められ、声がした方を振り返った。
「あなたが牧野美月さんですね!」
目を光らせて、彼女の前に立ったのは、初めて
目にする白鳥沢の選手の姿だった。
前髪は綺麗に切り揃えてあり、身長は美月が
見上げる高さではあるが、そこにはどこか
幼さも残っており、その様子から彼女は1年生
かな?と考えた。
『えっと、五色君であってるかな?』
他校との練習試合が少ない白鳥沢だと、昨年の
県民大会で会った時の選手しか入っておらず、
さすがの美月も公式戦に初めて登場する選手
はパンフレットに載る番号と名前までしか
覚えていない。
ジャージの隙間から見えた番号で記憶を絞り
出してみたら、どうやら見事に当てたらしく、
彼は「俺を知ってますか?!」と今度は子犬の様
に目をキラキラさせて、彼女の肩を両手で
がしっと掴み、美月はそれに驚いたように
少し跳ねた。
「貴方の話は牛島さんから聞きました。
俺は牛島さんを超える男です。
だから、絶対に見ていてください!!!」
貴方を魅了しますと真っ直ぐな眼差しを向け
られた美月は、突然の出来事に驚いて、
目が点になっていた。
『えぇっ!!?ちょ、ちょっと待って。
彼から何を聞いたの!?』
彼の口説き文句よりも「牛島から聞いた 」という
言葉の方が気になってしまい、彼が自分の話を
するなんて思わず、羞恥から美月の顔は
一気に赤くなった。
「五色、お前何してんだよ!」
困ったこの状況の中で、また声が増えて聞こえ
てきたと思えば、そこには美月の顔見知りの
姿だったので、そこで彼女は安堵の息を漏らす。
『瀬見君、白布君!』
彼女の肩を掴む五色の手を目にすると、白布は
すぐに五色の手を叩いて払い除け、彼女に失礼
な事するな!と目くじらを立てて、五色を怒り
出した。
美月は大丈夫だからと彼を宥めると瀬見は、
呆れた様に黙って「お前はちゃんと謝れ」と五色
の首根っこを掴んで、五色に頭を下げさせ
ようとする。
「牧野さん、本当にすいません。
コイツが失礼な事をしたみたいで。」
「悪いな美月、コイツ牛島に対しての
対抗意識すげーから。」
『私は大丈夫。それに先輩を越えようと
するのは向上心あっていい事だと思う。』
まさか、五色は彼女から褒められるとは思って
いなかったのか、普段聞き慣れない優しい言葉
に少し目を潤ませそうになっていた。
「牧野さん、牛島さんが言ってた通り、
見かけた時に素敵な人だったので、つい声を
かけてしまいました。」
「驚かせてすみません」と謝りながらも口を尖ら
せて少し拗ねてほんのりと頬を赤く染めた様子
を見せた五色を美月は少し可愛らしいと
思ってしまう。
『嬉しい、ありがとね。』と笑顔でつい自分の
後輩を扱うかのように、彼の頭を撫でながら
お礼を言うと、彼も拒否することはなく、彼女
に頭を撫でられる事を受け入れていた。
『私なんかが牛島君に素敵って言われるの
すごく恐れ多いことなんだけどね。』
「何が恐れ多いんだ?」
美月が振り返れば、そこには話題に出て
いたご本人が登場するので、彼女は目を丸く
して固まっていた。
牛島の方は久しぶりだなと嬉しそうに口角を
上げ、普段見ない彼の優しい表情に「若利が
笑った」とチームメイトも少しそれに動揺する。
「俺は、ありのまま思った事を五色に伝えて
いただけなのだが?」
不満だったか?と首を傾ける彼に彼女は憧れの
人物が自分を褒めるなんて思ってもみなかった
のか、上手く言葉が出ないまま、首をブンブン
と横に振った。
「チームメイトに機転を利かす、美月の
仕事ぶりは見ていて気持ち良い。」
『牛島君にそう言って貰えるのかなり
…いや。すごく、嬉しいです。』
牛島の方は、敬語混ざりのぎこちない美月の
反応に少し不満があるのか、納得いかないと
いったご様子で眉間に皺を寄せる。
「それなりに付き合いがあるというのに
どうしてそんなによそよそしくする。」
そんなことないと彼女は否定をしながらも、
逃げるように壁際の方へ後退ろうとするので、
彼はどうも納得がいかないまま、自分の顎に
手を当てて、彼女の様子を伺う。
「若利、お前の圧が強すぎんだよ。」
瀬見が顔を顰めて一言そう言うと、牛島にお膳
立てをするように白布と一緒に「ごゆっくり」と
五色を引き摺って、その場から立ち退いた。
瀬見の言葉を聞くと牛島は「そうか」と、自分の
膝に手をついて屈めて、美月の目線に位置を
合わせ、首を傾けた。
「こうすれば、話しやすいか?」
自分の為に身を屈めて話し出すとは思わず、
少し困り顔で自分を見つめた彼のその姿が
目の前にあるので、美月は可笑しくなって
思わず吹き出してしまい、口元を両手で覆って
笑った。
『ふふっ、もー牛島君面白い。
もう大丈夫だから。普通の体勢に戻ろ?』
「いや、こっちの方が美月の顔が良く
見えるので、このままにしよう。」
『んー、こっちの方が恥ずかしいかも。』
笑ったり、恥ずかしさで少し泣きそうな目を
見せたり、コロコロと表情が変わ美月を
見ていると牛島も面白くなり、下の名前で
呼んでくれたら戻ろうかと口元を隠す彼女の
両手を解きながら悪戯をする子供みたいな顔
でそう言うと、美月へどんどん近づいてくる。
牛島との距離に恥ずかしくなった美月は
ついに耐えきれず、彼に負けて少し目を泳がせ
ながらも『若利君。』と呼ぶ時の彼女は優しく
牛島に微笑んだ。
「やっと美月の笑顔が見れた。」
彼も優しく微笑み、美月の頬にそっと手で
触れたら「こら、美月!」と2人を邪魔
をする声が入り、牛島の手も名残惜しそうに
彼女からゆっくりと離れた。
明らかに機嫌が悪い岩泉の声と姿に彼女は罰の
悪そうな顔を見せ、牛島にも申し訳無さそうな
顔を見せる。
『ごめん、行かなきゃ。』
「あぁ、また会おう。」
そこには及川の姿もあり牛島を睨んでいたが、
牛島はそれに顔色を変えることは無かった。
彼の態度も気に入らなかった2人は、美月が
岩泉達の元へ向かうと岩泉は彼女の手を
掴んで、牛島に見せつけるように自分の胸に
グッと彼女を引き寄せる。
横で及川はあっかんべーと、牛島を挑発して
いたので、美月は止めなさいと彼の頭を
軽く叩いた。
「てめぇ、ウチのにちょっかい出してん
じゃねーよ。」
『ハジメ、若利君は何もしてない。』
「美月は黙ってて。」
「いつから美月はお前達のものになった?
誰のものでもないだろう。及川と同様、
ウチに欲しかった気持ちはあるがな。」
牛島がそう零すとそれ以上は何も言わず、
及川も黙っており、2人は見つめ合う。
続きは試合でとでもいったところか、時間が
ねーから行くぞと彼女を引っ張って、お互い
譲らない気持ちでそのまま相手に背を向けた。