夢の続きを走る

美月は懐かしい場所に立っていた。
そこは、北川第一中学校の女子が使っていた
体育館のコートで、自分はその当時着ていた
ジャージを身につけて、練習途中だったのか
片手にはボールを大事に持っていた。


中学生の最後の頃に味わったのは、自分も及川
もバレーに取り憑かれた様に追い込まれ、余裕
が無くて笑えなくなっていた辛い日々。


『このままじゃ駄目、まだ足りない。』


自分たちの練習は既に終わっており、練習量が
少し物足りなかった美月は、及川がまだ練習
を続けているだろうと予測して、一緒に混ざ
ろうと男子の体育館にシューズとカバンを持ち
ながら足を運ぶ。


美月は今年で自分のバレーは最後に、精一杯
プレイして終えることを決意し、これが最後だ
と思うと余計に練習に熱が入ってしまって、
かえって事態を悪化させていた彼女は、更に
自主練をするようになっていた。


岩泉に叱責される前に比べれば、幾分マシには
なってはいるが、頑張り過ぎてしまう悪い癖は
まだ完全には抜けきれていない。


ここ最近のストイックに練習をする及川と
同様、オーバーワークだと岩泉に普段から
怒られてしまう彼女は、彼に見つからない様に
そーっと足音を立てずにシューズを履いてドア
を覗くと、そこには及川だけでは無く、影山も
まだ残って練習をしていたのだった。


「サーブ教えてください。」


影山は美月が見ても天才だと思った。


牛島の桁違いの強さとはまた違った彼の才能は、
美月から見ても輝いて見えた。

美月がシューズを履いてドアを開けると、
ボールを握った無邪気な笑顔を見せる影山の
姿を見て、及川の彼へと向ける眼差しは鋭く、
それを見た美月の背中からは冷たい汗
が流れた。

そして、敵わない人間が目の前に立たれた時の 辛さは、美月が誰よりも知っている。


駄目だよ飛雄、踏み込んであげないで。


及川が手を振りかざした時、美月が影山を
庇うように駆け出して抱きつけば、岩泉がその 手を止めていたところで、彼女はハッと目を
覚ました。


『…さっきのは、夢?』


時間を確認しようとアラームを見ると、それは
予定よりも2時間も早い起床で、昨日はお風呂に
入って横になってからの記憶が無いので、
そのまま眠ってしまった模様。

二度寝しようと思っていたが、次に起きる自信
が無い美月は、ゆっくりとベッドから
そのまま起き上がった。


余裕を持って炊飯器をセットしていた美月は、
早めにおにぎりを準備したら、支度を済ませて
も時間が大幅に余ってしまうことに気がつく。


『んー、少し走るかな。』


重たい夢を見てしまった美月は試合には絶対に
持ち込まないように少し気分を変えようと、
髪を一つに纏めたら、ジャージに着替えて、
腕時計を付け、玄関から勢い良く飛び出した。


まだ少し冷たい空気が心地いい。


『6人で強い方が強い。』


先程見ていた夢の続きを思い出しながら、
岩泉が及川に向けて言った言葉を美月は
ふと思い出すように口ずさむ。


その時にいた、実際の美月は飛雄に駆け寄る
勇気もなく黙ってただ見ているだけだった。


及川の悔しさがよく分かっている分、足が
竦んでいて、そのまま動けずに影山と鉢合わせ
たら、彼に手持ちのおにぎりを渡して知らない
ふりをしながら誤魔化し、隠れる様に止める
岩泉達の姿をずっと黙って見ているだけの
ただの情けない自分。


「テメーの実力=チームの出来だと
思い上がってんならぶん殴るぞ。」


岩泉が吐き捨てる言葉に彼女は自分にも言われ
ているような気がして、その時の彼女は及川に
も岩泉にもかける言葉が見つからなかった事を
今でも鮮明に胸の中に残っていた。


『夢の中で飛び出せたって事は、
今は変われたって事なんだよね?』


「…お前はさっきから何をぶつぶつ
言っているんだ?」


突然、隣から声がするので目を向けると、
怪訝な顔で美月の顔を見る岩泉がおり、
彼女は驚いて思わず声が裏返った。

彼も同じくジャージ姿でランニング中だった
のか、片方の耳にはイヤホンが刺さっている。


「お前がこんな時間に走るの珍しいな。」


『早く目が覚めちゃって落ち着かなくて。
あ、おにぎりは作ってるからご安心を。』


「おぅ、ありがてぇ。」



嬉しそうに笑う岩泉の顔を見たら、少し気持ち
が楽になるので、美月は走りながらも、
一旦ふーっと息を整える。


瞼を伏せて、深呼吸と共に浮かび上がる過去の 光景は、岩泉の言葉に自分の傲慢さを痛感して
涙を流していた自分の姿。


啜り泣く音で、美月の存在に気がついた
岩泉は、自分のせいで彼女を泣かせてしまった
と彼女を見て取り乱す。


そして、及川に頭突きをして鼻血を出した所を
美月が目撃して、それに怯えて泣いて
しまった
と思い込んで、岩泉が袖口で彼女の涙を脱ぐっ
て、涙をポロポロ流す美月に及川は俺は
大丈夫!と安心させる言葉をかけて、2人が
戸惑って、オロオロとしていたのは少しだけ
笑える所なのだが。

その後は美月も及川も吹っ切れて、
彼女はやり切った笑顔で最後を迎え、及川は
岩泉と共に悔し涙で次に向けて一歩進んだ。


当時のかっこ悪かった自分を思い出し、顔を
顰めると、岩泉が彼女を心配して「ペースが
しんどいか?」と聞いてきたので、彼女は首を
横に振った。


『今日、飛雄と徹とハジメが夢に出た。
…ちょっとだけ、いい夢ではなかったん
ですけどねー。』


「こっちが聞いても全然嬉しくねえ
組み合わせだな。」


『でも、ハジメの顔を見たら元気出た。』


彼女が満面の笑みを見せると、岩泉の口角も
上がって、彼女の頭をくしゃりと撫でた。
彼女から顔を逸らすが、岩泉の顔は耳まで
赤くなっていた。


「何を見たのかは知らねーけど、今のお前は
十分強いから大丈夫だ。」



ペースあげていいか?と彼が尋ねると、彼女は
もちろん!と彼に合わせるように加速する。
2人の息はぴったり合うので、走る姿はすれ違う
人間が振り返る程に似合っていた。


目が覚めて外の景色に目を向けた時にたまたま
通りがかった姿を見かけて、及川が恨めしそう
に2人を見下ろした。


「あーっ、2人とも朝からずるーい!」


「クソ川、てめー窓から大声出すな!
近所迷惑になるだろーが。」


『いや、ハジメも声抑えてね。』






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