到着前のリラックス
ランニング後に軽くシャワーを浴びた美月から、
ふんわりと心地いい甘さの香りがするので、
昨日と同じくバスの席は争奪戦となっていた。
「岩ちゃんは、朝から美月と仲良く
走ってたから抜きで!」
「あ?別にそれは関係ねーだろ。」
「ご近所の特権フル活用してよく言うわ。
岩泉が普通に羨ましいし腹立つから
俺は及川に賛成ー。」
『私、徹君の隣は嫌でーす。』
花巻が挙手しながらそう言えば、美月も
花巻に乗るように隣でそう言って笑顔で挙手を
する。
「美月に言われたら地味に傷つくから
そんなハッキリ言わないでよ!」
「俺が壁になるからこっちおいで。」
『え、それはすごくありがたい。』
小さな論争をしていると、松川が彼女の背中を
押して、バスの中へと上手く誘導をする。
松川のさりげないエスコートに皆が呆気に取ら
れるが、すぐに嫉妬から下唇を噛み締めた。
しぶしぶ、その後ろに花巻と及川が座り、
岩泉も不機嫌そうに更に1つ後ろに座ると、
バスはそのまま発車した。
「美月、お願いアレやって。」
窓際に座る松川が手を差し出すと、松川の
そのお願いが聞こえた3年生達は、皆が舌打ち
をしたり悪態を着くので、前に座る金田一は
何事かと首を傾げる。
「松川さん、何をお願いしたんだ?」
「さぁ、何だろ?」
金田一の隣にいる国見に問いかけるも彼にも
わからず、首を傾げる。
気になる2人はちらっと後ろを振り返り、彼ら
の様子を覗き見すると、美月は『ん。』と
差し出す松川の手をとり、自分のポーチから
少量のハンドクリームを取りだし、掌で彼の
手を撫で回し始めた。
「あれは、マッサージか?」
「みたいだね。」
ふと国見は、昨日緊張がすると嘘をついて彼女 の隣に座った時のことを思い出す。
そういえば彼女が優しく摩ってくれていた際
に、緊張は嘘だと言えど、その手つきがすごく
心地よくてリラックスしていた事に気が付く。
「確かにあれは癖になるかも。」
執拗以上に先輩が彼女の隣を狙う理由に納得を
した国見は、思い出すようにふと隣にいる
金田一の手を握ってしまい、「何してんだよ!」 と驚いた金田一に跳ね除けられ、彼も我に返る と自分自身に引いていた。
『松川君、お加減はいかがですか?』
「牧野さん、いい感じだわー。」
松川の手をふにふにと慣れた手つきで美月が
撫でるので、後ろにいる人間も彼らを羨まし
そうに顔を覗かせる。
『松川、指も長くて綺麗だよね。
男の人の大きい手っていいよね。』
ここの筋とか、血管とかと指で松川の手を
なぞりながら丁寧に説明をすると、触っている 相手が美月だからなのか、彼はそのわずかな
刺激に少し背筋がぞくっとする。
「美月は手フェチ?」
『そうかも』とへらりと笑う彼女に松川は
心の奥まで擽られる。
『女の子、結構好きな子多いと思うよ?
手が綺麗な人ってモテるイメージ。』
徹だって綺麗な手をしているし、と彼の方へ
目線を向けて微笑むと、褒められた及川は満更
でもない顔で、口元の緩みが隠しきれないで
いる。
彼女の話は聞いた周りの反応は静まり返り、
それぞれ自分の手の甲を真剣に見つめていた。
溝口までも釣られて、神妙な顔で自分の手を
広げて見ている始末。
監督は横で呆れたように咳払いをすると、
彼の肩はびくりと跳ねていた。
松川はもう片方の手も差し出して、彼女から
そのまま同じ様にマッサージを受け、楽しそう
に自分の手に触れる彼女を見ながら、彼は
リラックス気分を味わった。
「美月ありがと。今日は調子いい
気がするわ。」
『お気に召したならよかった。』
満足そうに膝に乗せたポーチをしまおうとする
前に、今度は俺も!と後ろにいる花巻も彼女へ
手を差し出した。
「松川、場所変わろうぜ。」
「もちろん断る。」
『そのまま、ここでやってあげるから。
松川ごめん、狭くなる?』
「いや、大丈夫。」
彼女が座りやすいように松川が位置をずらし、
彼女もよいしょっと動けば、松川と美月の
膝と膝が少しぶつかりながら花巻と斜めに
向かい合う。
花巻の手を取り、先程と同様にハンドクリーム
を手にとって花巻の手を撫で回し始めた。
さりげなく美味しい思いをあやかろうとする
花巻を見て、隣にいた及川は「あ。」と声を
漏らした。
「おー、テクニシャン。」
「マッキー、言い方。」
『花巻も大きいよね。』
少し太いのもアリだよねと零しながら丁寧に
マッサージをする美月の自分よりも小さい手
に目を向けると、花巻は途端に堪らなくなる。
「…そのワードそそるわ。
あ、ここ。もうちょっと擦って欲しい。」
『んっ、こんな感じ?』
「そーそー、あー最高。」
『気持ちいい?』と美月の口元は弧を描いた
まま小さく首を傾げれば、途端に4人が目を
見開き静かになる。
あ、その顔はアウトです。
しばらく黙った後に、隣にいた松川は
「終了ー。」と彼女の手首を掴んで、隣にいた
及川も無言のまま手首を掴み花巻の手から
離すと、花巻の手に残ったクリームを松川は
彼女の手の甲に塗りつけた。
「マッキー、言い方がいちいちお下品。
あのさ、狙って言わないでくれる?」
「え、怒るってコトはそっちの方向で
考えたわけだろ?仲間じゃん。」
「花巻、ぶっ飛ばす。」
「岩ちゃん、その顔は何人か殺ってる!」
「消毒、消毒ー。」
「馬鹿、止めろ及川!美月が触った
ところをわざわざお前が触るな!
人をバイ菌のように言いやがって。」
美月に届かない声の大きさで花巻と及川と
岩泉がひそひそと会話をすれば、松川はその音
をかき消すように声を張って、彼女の手を撫で
回す。
『すごい、松川もマッサージ上手!
人にされるの、やっぱり気持ちいいね。』
「…今度、違う所もしてやろうか?」
『本当?お願いしようかな。』
「ちょっと、まっつん!!!」
「お前、ホント油断も隙もねーな!!!」
先輩達の会話を聞きながら、前にいる1年生
2人はいたたまれず苦笑い。
「牧野さんて、卒業生からの
セクハラが多かった聞いていたけど。」
「今もたいがい…てとこだよな。」
後ろの景色に2人は顔を引き攣らせながら、
早く会場に到着することを心から願っていた。