渡しはしない

『ブロック最高!スカってした。』

タオルを渡しながら美月は後輩達の頭を
思い切り撫で、岩泉とは握り拳をコツンと
ぶつけた。


『渡も取りやすかったね。』


「はい、いい方向へ変わって来てますね。」


『このまま徹のサーブだし、このまま向こうに
取らせたとしても日向君は後衛に回るから
こっちの流れ!』


生き生きと話す彼女に周りも少し安心した
のか、花巻がぐりぐりと彼女の頬を両手で
撫で回し始めた。


『にゅっ!?どうしたの花巻!』


「やーっと、美月の顔が戻ったから
安心したわ。」


変な声が出ちゃった!と彼女が恥ずかしそうに
慌てると、松川もそれを見てプッと吹き出し、 さっきのタイムアウトの時、顔が怖かったぞと
花巻が指摘をするので、美月は罰が悪そう
にごめんと謝った。


「必死になってんのも嬉しいけど程々に」


「縦の皺増えんぞ?」

美月は止めてーと花巻の手首を掴んで、
逃げるように花巻から離れようとすると、
松川には肩を叩かれ、岩泉には額をトンと
彼の指で突かれる。


『気をつけます。』


岩泉が触れた部分を押さえた美月は困った様
に笑いながら、タイムアウト終了が近づく前に
及川の元へと行き、彼の手を引いた。


「美月の笑顔見たらいいのが打てそう。」


『もう一本!』と彼女が背中を押して、及川は
コートへと戻る。
及川の次のサーブも綺麗に入るも、金田一が
タッチネットを取られ、日向は後衛へと
回った。


そして、交代の合図が聞こえると、美月は
ピンチサーバーの姿を見て、ギョッと目を
見開いた。


『み、み、溝口さん。私、彼を試合で見たこと
ないんですけど、彼は確か、1年生で合って
ましたよね?』


「多分、初試合じゃねーか?」


『…ですよね?』


カタカタと手を震わせながら登場する12番山口
の姿を見たらこっちまで緊張すると、さっき
までの敵に向ける視線とはうって変わって、美月はつい、保護者目線で彼を見てしまう。


『向こうのコーチ鬼すぎません?』


「どんな手を使ってでも、この流れを変えた
いんだろ。」


向こうのチームメイトのナイスサーブ!と応援
する声を聞きながら、流れは譲りたくないと
いう気持ち半分、少しだけ応援したくなる
気持ちも彼女は混ざってしまう。


サーブ合図と共にボールを上げ、彼が飛び
上がると2人は彼のフォームを見て目を
見開いた。

ジャンフロ!!?


皆が同じように驚くもそれはネットは越えずに
パサッと引っかかって落ちてゆく。

入らなかった事に安心をするが、彼の悔しさが
痛い程伝わった美月は、『次、絶対に上手く
いく。』と山口の方向を見て、言葉を零した。


「烏野のセッターといい、まだ隠れた武器
があるのか。」


『もし、次があるとしたら。彼はマズい…
ですね。』


点数はこちらが2桁になるも、烏野の空気が
変わった事に美月はすぐに気がついた。


『英、ナイスカバー!』


あのサーブから、烏野の集中力は高まり、下手 をすれば失点になるような攻撃を仕掛けられ、 こちらが攻撃を仕掛けるも粘られ、点を返され
てしまう。


使えるものは片っ端から使うように向こうが
追い上げるもこちらだって、彼らに譲るわけに
はいかない。


負けてたまるか!


攻撃を受ける岩泉の顔もグッと引き締まり、
それを破るように地面にむかって思い切り
叩きつける。


『ハジメ、ナイスキー!』


先にマッチポイントを迎え、皆が歓喜の声を
上げれば、相手のコートから「野郎どもビビる
なー!」と一括する声があがり、美月は思わず
驚いて、ビクッと肩が跳ねる。


「前のめりで行くぜ。」と手を広げるその声の
主の西谷の姿に、美月は『カッコイイじゃん。』
とニヤつくように笑いを見せた。

じわじわと迫ってくる脅威。

上手く受けれなくとも触って落とそうとしない
相手に美月は敬意を表しながらも、自分の
仲間へ叩き落せと指示を出す。


『飛雄は、どこまで楽しませてくれるの?』


影山は飛び上がり、及川の手には触らせない
ように、片手だけを使うワンハンドトスで後ろ の日向へと攻撃を繋ぐ。

こんな高度な試合に混ざったら、どれだけ
楽しいだろうかと美月は時折体を疼かせ
ながら、悔しさを噛み締める。


相手の粘りから同点に持っていかれ、監督が
流れを切るようにタイムアウトを取った。


『落ち着いていこうね。』


「焦んなよ!」


「声出していくぞ!」


美月は一人一人に声を掛けながら、自分は
先程とは違って、気持ちが落ち着いていること
に安心をする。


「国見ちゃん、イケるね?」


及川が彼にそう聞けば、ハイと国見は返事を
し、美月も国見に駆け寄って、彼の肩へ
ポンと優しく自分の手を乗せる。


『英、お願いね、頼んだよ。』


「美月さんのその言葉、最高ですね。」


彼女が少し驚いて、名前…と呟けば、フェアに
行きましょうと彼は彼女にニッコリと微笑む。

ちゃんと稼ぎますからと見せる後輩の背中は
頼もしくて、気がつけば成長している彼の背中
を美月は嬉しく思いながら見届けた。


『あぁ、おしいっ。』


金田一の攻撃をブロックに止められ、そのまま
日向の速攻を何度と止めても拾っても、彼は
止まることなく、攻撃を打ち続けた。

「もう1回!」


端から来ても、正面から来ても、渡は幾度と
なくそのボールにリベロの意地を見せるように
食らいついた。


『渡、ナイスレシーブ!』


だが、日向は体勢を立て直すのが速く、金田一
をブロックすれば、すぐにボールめがけて
走っていき、もう1回と飛び出している。


「上がるってわかってて、フリーにしてやる
理由はねーよ!」


岩泉が日向の前について、彼を阻もうと
すれば、僅かな疲労から彼の飛躍力は先程より
も低くなっており、彼の手はボールを掠めて、
岩泉の手を越えて、柔らかく落ちてゆく。

それは渡の手も届かず、ついに烏野に逆転
されてしまい、美月は冷静を取り繕うよう
に髪を結び直した。


「落ち着いていこう、取り返す。」


次のサーブで、花巻が捉えると及川は直ぐに
岩泉の攻撃へと持っていき、それは直ぐに
取り返す。


そして及川のサーブの番が来て、巻き返せると
意気込みながらも美月は一瞬振り上げる前
に見せた、表情に少し違和感を感じていた。

彼の目はここにいない誰かを見ている。


及川が頭に浮かぶのは1番倒したい相手、
そして、初めて美月が彼を見た時の目を
輝かせた時のあの表情。


もう、誰にも邪魔なんてさせない


勝つのは俺達だ
もっと高い舞台へ行く
この1本でアドバンテージを取り戻す


美月のその嫌な予感は当たるように西谷の
ジャッジでそれは避けられ、及川のサーブは
アウトラインへと外れてしまった。


徹から少しだけ邪念が見えた気が


だがそれも岩泉が一点を決め、これでチャラ
な!と後輩の憧れのまなざしを受けながら
取り返してくれたので、美月は言葉にはせず、
この流れを見守ることに決めた。


気がつけば30点台まで持ち込まれ、両者からの
疲労が見えながらも互いに負けたくないとゆう
意思は強く、譲らないラリーは続く。


1周周り、再び及川のサーブが来れば、美月は
先程の彼の違和感をふと思い出し、彼女が岩泉
を見れば、幼なじみの考える事はお見通と
いったご様子で、彼女の目を見ると頷いた。


「お前、試合中にウシワカの顔がチラついて
んならぶっ飛ばすからな。」


釘を刺すように言った岩泉の言葉に及川の肩が
ギクッと跳ね、岩泉が顎をクイッと動かして
美月の方を見るように促せば、じっとりと
した目で彼女は及川の姿を頬杖付いて見ている
ので、彼は更に冷や汗を流した。


「目の前の相手が見えてない奴が、その先の
相手を倒せるかよ。」


岩泉の鋭い目をした一言に、彼は一本取られた
といったように不敵な笑みを見せながら
「そうだね。」と彼に答える。


ちゃんと俺を見ててね、美月。


彼の表情が変わったことに気がつけば、岩泉の
言葉以外ににそれ以上のものは何も無いと
思い、美月は『1本!』と及川に呼びかける
ように叫べば及川が上げるボールを黙って
見ていた。




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