王者との戦い
「なぁ、松川。」
「ん?」
「アレ見て、異様な光景。」
バスの中に入れば、普段だったら避ける及川の
隣には珍しく今日だけは美月が座っており、
でも2人共会話は交わすことはなく、及川は
窓際の遠くを見つめ、美月は美月で隣の及川の
手を皆にするように、手に取っていつも通り
のマッサージを施していた。
さらに珍しいのは、岩泉が妬いてそれを怒る
こともなく、ただ後ろに座って腕を組みながら
音楽を聴きながら目を伏せている。
そして、その空気を汲み取るように女子達の
歓声も本日は全く聞こえてこなかったのが
尚更2人を驚かせた。
「3名様共に気合い十分…ってトコ
なんだろうけど。」
「お前ら、後輩が固まるから止めろ!」
強い所と、特に白鳥沢と当たりそうになる度に
毎度の如く、3人は決まったようなこの空気。
3年間連れ添った仲間でもこの3人のピリつい
た空気は圧倒されそうになるので、後輩から
したら卒倒レベル。
後輩のためにも花巻が空気を変え、後輩達も
安心したようにバスへと乗り込んだ。
会場に着けば、皆それぞれいつも通り、状態は
いたって普通で、会場に入れば互いの学校の
応援が負けず劣らず、声を張り合ってぶつかり
合う音が響く。
自分達に向けられた歓声も及川に向けられて
いる黄色い声も普段通りのはずなのに、どこか
違う気がして、美月はゆっくりと深呼吸
をして、平常心と唱えながら、この独特な空気
に目を伏せた。
白鳥沢にも知り合いが多い美月は、向こうの
選手の方が後から歓声と共に中に入れば、
一昨日会場で会った五色と目が合った。
美月は五色に会釈して微笑めば、向こうは
それを見れば直ぐに目をキラキラと輝かせ、
それを見た国見が何かを察して五色を睨む
ように見れば、自然と五色も国見と目が合い、
互いに火花を散らすように見つめ合う。
そして、その間に天童も彼女を見つければ、
彼女を知っているご様子で、嬉しそうに
「美月ちゃん発見!」とふらりと
近寄りそうになるも、今度は松川が何か?
と訴えるよう彼女の前へと立てば、天童
を牽制する。
天童はそんな彼に妨げられると、「おー、
怖っ。」と言いながら降参するように両手を
上げ、それ以上彼女に近寄ることはなかった。
「相変わらず、青城はガードが固いコト。」
「無理ねーよ。あんな可愛い子がマネージャー
にいたら、うちもきっと同じ感じじゃねーか?」
天童が戻りながら大平に話せば、大平は呆れた
ように頭を掻き、面倒なことはしてくれるなよ
と天童だけでは無く、五色の方にも目を向ける。
「なっ、俺まだ何も…!」
「…お前、前科があるもんなー。てか、
今も向こうの13番と睨み合ってただろ。」
「瀬見さんまで!」
「初対面の女の子口説こうとするなんて、
本当に工も隅に置けないよねー。」
「五色、お前は余計な事するなよ。
彼女は牛島さんの…」
「本当に白布、そうゆう所真面目だな。」
「…実は賢二郎のタイプだったりして。」
「なっ、違いますよ!!!」
「ムキになるところが怪しいよねー。」
ホント、青城が羨ましいよと言いながら、
五色、天童、白布、瀬見が美月の話をしながら
彼女をちらりと見れば、妙な視線を感じて、
彼女の肩はビクッと跳ねた。
『私、今日試合出ないよね?』
「いや、出ねーよ。落ち着け。」
花巻が美月が突拍子も無いことを言い出す
のでそれに大丈夫か?と驚き、彼女はなんか
寒気が…と言いながら、顔を顰めて自分の腕を
撫で始めるので、途端に皆が彼女の様子に慌て
出す。
『おかしいな。思いの外、今日は落ち着いてる
と思ってたのに。』
「え、美月どうしたの、大丈夫?
…って、向こうのヤツらめっちゃ美月
のこと見てんじゃん。」
「うわ、疚しさ剥き出し。」
及川も彼女を心配して見れば、彼女を見て
ニヤついた顔を見せる天童とその他の選手を
見て顔を歪ませる。
花巻に関しては、そこまで美月を見るか?
と少々引き気味だった。
寒気の原因は確実にそれなので、さすがの
美月でも、強豪校の選手から注目を浴びて
しまえば、そのオーラに少し圧倒されて
しまっても無理はない。
しかもそれが敵意とは違って好意を向けられて いることが尚更厄介なのであった。
そして彼女に視線を向けているのは、彼らだけ では無く、もっと知った人物も彼女の方を
見ていた。
若利君。
声に出せば、及川や岩泉達に気づかれてしまう
ので、名前を呼ぶ声は美月の心の中にだけ
留めておく。
でも、彼女の彼に向ける目は誤魔化すことは
出来ておらず、彼女の優しい蕩けた目を見れば、
彼らには言葉に出さなくとも、十分に伝わって
いた。
「美月。」
『今日は勝ちに来たもんね。』
及川に名前を呼ばれると、彼女は彼がかけよう
とした言葉を遮るように、昨日かららしくない
やと、ふにゃっと一旦顔の力を弛めたら、
岩泉を呼んで彼に自分の背中を差し出した。
『エース、お願いします。』
「おう。」
岩泉は美月の背中に喝を入れるように、
手加減無しでバシッと音を立てて叩けば、
周りはそれに驚くものの、当の本人はスッキリ
した顔で背筋をピンと伸ばし、その顔つきは
集中力を増して一変する。
「岩ちゃん、もう少し優しくして!
美月が折れちゃう!!!」
「いや、美月がこうしろって。」
『よっし、気合い入った!』
憧れの人物といえど今は敵同士。
負けないよと口角上げて、牛島に向けて強く
言い放てば、そのまま相手に背を向ける。
その姿は勇ましく、及川と岩泉から見れば満点
をあげたくなる態度。
花巻と松川も言うねーとニヤニヤ笑いながら
彼女とタッチを交わした。
「やはり、美月を見ると欲しくなる。」
彼女のその行動を目にした牛島は、クスリと
笑うと彼女に向けるその目は敵に向けるもの
ではなく、好意を寄せる人間に向ける眼差し
だった。
「誰がお前なんかにやるもんか。」
及川は牛島の言葉を聞き逃すことなく、彼を
睨みながら言葉を零し、互いに主将が呼ばれる
ので相手の元へと及川は歩き出した。
「今日こそ凹ましてやるから、
覚悟しといてよ、ウシワカちゃん。」
「その呼び方をやめろ、及川。」
主将同士が互いに並び、コインを落として先攻
後攻が決まれば、譲れない戦いが、またここ
でも一つ始まろうとしていた。
「信じてるよ、お前ら。」
彼女は今日この試合で、喉が枯れそうになる
くらいにめいっぱいの応援をした。
応援をして、相手の隙を狙って、掻き集めた
情報で探って、抗っても王者には適うものが
無くて、その先に繋がる道は儚く牛島に脆く
壊された。
25対22、25対23と決して大きく差をつけ
られた訳では無いが、セットを取り返すこと
無く、試合は幕を閉じた。
だが、脆く壊されようともそこからまた
足掻こうと彼らはまた進み始める。