俺だって見てほしい

「岩ちゃん、最近美月が構ってくれなくて、
俺めちゃくちゃ寂しい。」


「…あ?」


そう言って、Tシャツに着替える及川を岩泉は
そんなの知るかよと考えながら言葉に出さず、
冷たい表情で睨むと、及川の言葉を無視して
ロッカーをばたりと閉める。
そんな空気に慣れっこな及川は、彼に構うこと
なく話を続けていた。


「岩ちゃんは生着替え見てるし、
てかクラス一緒だからずっといるし
マッキーはちゃっかりいちゃついてたし
まっつんは一緒に勉強してるじゃん?」


俺だけなんだよー、美月と何もないの!と
及川は両手を上げて、どうしようもない不満を
岩泉へ訴え、彼は勝手に話す彼の話を聞いて
顔を顰めた。


そして、この前の2人きりの光景を鮮明に思い
出してしまった岩泉は、俺を変態みたいに言う
な!と顔を赤くしながら及川の頭を叩くと、
彼は、岩ちゃんまで酷い!と及川は叩かれた所
を押さえながら嘆く。


「中学の時はこんな事無かったのに。」


お互いクラスが違う及川と美月が会える機会が
あるのは、朝一か昼休憩中か部活の時か、
若しくは岩泉と3人で帰る下校の時。


昼休憩に会えるといっても、自分も他の女子に
捕まってしまっていたり、彼女も別の人と一緒
にいたりして絶対取れる時間という訳でもなく、
気がついたら彼女の周りには、及川にとって
邪魔な人間がどんどん増えていた。


岩泉からすれば登下校は一緒なので、これと
いった時間が減った訳では無いと思うのだが、
及川からすれば、北川第一の時の頃の一緒に
いた時と比べてしまうのか、気がつけば自分と
の時間が減った気がして、物足りなさを感じる
ようになっていた。


「不満なら俺じゃなく本人に言えばいいだろ。」


彼のご最もな意見に彼は何も言い返せずにいる
と、まぁそれとお前と美月を2人きりにする
のは別問題だがなと言葉を続けて、そのまま
部室の扉を開けた。


「何さ、岩ちゃん余裕ぶっちゃって。」


自分だって俺と似た焦りがある癖に。


彼女が花巻と一緒にいた時の岩泉の顔を鏡で
見せてやりたいと及川は悪態をつく。


岩泉の場合、俺を見ろ!と言えばスパイクの
フォームを見ろと勘違いされて、気になる所を
彼女に指摘されて、その2人に爆笑しながらも
及川は岩泉があまりにも不憫で、自分と同じ
立場なので少しだけ同情した所なのだが。


本気で自分の気持ちを伝えてしまったら、今の
関係が壊れるのが嫌で、何も言えずにいるのは
お互い様の所。


及川は深くため息をつきながら、今日も練習だ
と体育館へ行ってみると、悩みの種のご本人が、
自分の目の前に現れた。


『どうしたの?ため息なんかついちゃって。』


美月は首を傾げて、及川の顔色を見る。
身長差から上目遣いになってしまうのは、
しょうがないのだが、そんな可愛い目線も他の
メンバーも知っている顔だと考えてしまう
ところが、少し悲しくなってしまう。
これは完全なるただのヤキモチなのだが。
及川は本日2回目のため息を吐いた。


そんな彼の顔を見て美月は『何、なに、どした?』
と困ったように、いつもと違う及川の様子を
伺った。
そして顎に手を当てながら、再度彼の顔をじー
っと不思議そうに彼女は見つめる。


俺をそんなに見つめないでください。
すっごく嬉しいけど。


もしも、この潤った唇にもしかぶりつけると
したら、どうしてやろうかと邪念混ざりで
見つめながらの睨めっこに、及川は負けそうに
なっている所を美月が『あ、なるほど。』と
何か閃いたように手を叩き、おもむろにズボン
のポケットからリップクリームを取りだした。


『んっ…徹、じっとしてね。』


彼女はそう言って、及川の顎を彼女が自分の手
で支えるようにクイッと持つと、それを彼の唇
に当て、ラインを綺麗になぞる様に塗った。


彼女の突然の行動に彼ははぁっ!?と驚いて、
咄嗟に口元を手の甲で覆うと、周りももちろん
2人のやり取りを目撃してしまい、何が起こった
のかと、みんな目が点になって固まっている。


「美月、何してんの!?」


『え、唇が乾燥してるからテンション低いのか
と思って。』


私のリップ塗ってあげただけだよー。と彼女は
平然として、手元のリップを及川に見せるよう
にひらひらと振っていた。


まさかの不意打ちの関節キスだけではなく、
突然の名前呼びまでされて、及川の顔は一気に
かあっと熱くなる。


「ちっ、違うし!!!」


『え、だっていつもと様子違ったし。』


顔が赤いよ、もしかして熱あるの?と彼女は
及川の体調を心配して、両手で及川の頬を包む
と自分の額にコツンと寄せる。
彼女の行動が更に彼に追い討ちをかけた。


長い睫毛が自分の瞳を捉え、そんな至近距離で
彼女を見たら、及川の温度はもちろん上昇する
ばかり。


『えっ、熱くない!?病院行かなきゃ。』


「美月の馬鹿!違うってば。」


及川は自分の鼓動を聞かれる前に、彼女の肩を
掴んで一旦ガバッと距離を取ったと思えば、
今度は逆にむぎゅっと彼女に抱きついてくる
ので、美月は彼の謎の行動に混乱し、何が
なにやら分からないまま、及川にされるがまま
になる。


「美月は色々ずるすぎる。
しかも突然の名前呼びだし。」


『えっ、何がずるいの?意味わかんない。
今日は土曜日だから女の子達いない日の
名前呼びなんていつも通りのことじゃん!』


今日の徹なんか変なのと彼女に言われると、
うるせー!と及川は拗ねながら、彼女の後頭部
にそっと触れる様に手を添えた。


「美月の馬鹿馬鹿。」


『はいはい。』


拗ねた素振りを見せるが、本当は彼女が自分を
ちゃんと気にしてくれるのが嬉しくて、ニヤ
つく口元を上手く誤魔化せているか不安になる。
そんな及川を美月は子供をあやす様に背中を
撫でていた。


長年連れ添った分誰よりも自分の事を考えて
くれているのは、ちゃんとわかっているはず
なのに、盲目になってしまう自分。


そして、こんな近い距離でも顔色一つ変わら
ない彼女に悔しさを抱きながら、美月が大好き
だと伝えると『私も好きだよ』と自分とは
きっと意味合いが違った好きという、何とも
もどかしい彼女からの答えが返る。


このうまく伝わらない気持ちに、及川は本日
3回目の深いため息を吐くのだった。


「美月とゆっくり会話出来ねーて
1週間くらいしか経ってねーのにいちいち
オーバーだな。」


「及川マジ面倒くせーわ。
牧野が男だったら完全に惚れるけど、
あいつ女だったらまじ嫌だわ。
てかもう2人見るの限界になってきた。」


「それな。美月の包容力を少しは
見習って欲しーもんだわ。
あと、関節キスかーらーの…殺す。」


「花巻さん、馴れ馴れしく下の名前で
呼ばないでくださいよ。」


「アイツがサーブ練習ミスったら
面倒くせーと思って見逃してやったら、
調子乗ってってベタベタしやがって。
…ぶっ飛ばすぞ。」




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