神聖すぎて寛げるか
ある程度の経験は済ましたつもりだが、家族以外
の女子の部屋に入るのは、自分の記憶の中を遡っ
てもこれがきっと初めてだろう。
部屋はふんわりと甘い香りが充満し、綺麗に整頓
された本棚、きちんとハンガーに掛けられた
ジャージ、可愛く並べてあるぬいぐるみ。
『美月、部屋も綺麗にしてんのな。』
花巻にとってはどれも慣れない景色で、緊張から
だろうか何処か落ち着かず、自然と体もそわそわ と動かしながら、キョロキョロと辺りを見回した。
本日ほど自分の強運が喜ばしい事はない。
何故彼がこの場所にいるかといえば、以前約束
をしていた期末テストの対策を花巻、松川と
一緒に行う予定となっていたのだが、松川が
珍しく風邪をひき、その予定は2人きりに。
彼女もやりたかった科目の教科書を家に置いて
きたということで、花巻はこの家に招かれ、
そして部屋に通されたのであった。
家には彼女の母親がいて、及川や岩泉が遊びに
来る事で慣れているからなのか、花巻を連れて きても驚かれる事も無く、挨拶しても快く返し
て貰えたので、そこだけは緊張せずに済み、
花巻も少しホッとしていた。
美月の足音が聞こえてきて、ガチャリと彼女
が部屋のドアを開けば、グラスに入れた麦茶を
一緒に運んで来ていたので、花巻は急いで彼女
から受け取る。
「悪い、気を使わせちまって」
『そんなそんな、お茶1杯で。』
彼女の部屋は勉強机では無く、少し大きめの
ローテーブルが部屋の真ん中にあり、麦茶は
そこに置くと、カランと氷がグラスにあたる
音が響いた。
彼女の部屋がどんなものかは前から気になって
はいたが、いざ入ってみるとどこに目を向ける
のが正解か分からず、花巻はとりあえず目の
やり場に困る。
妙な沈黙とぎこちない花巻の様子美月は彼を
見て面白くなったのか、プッと吹き出したら、 ケラケラとお腹を抱えて笑い出した。
「なっ、そんな笑うなよ!!!」
『だって花巻が、借りてきた猫みたいだから
可笑しくて…!』
「…女子の部屋初めてなんだよ。」
顔を真っ赤にして怒る花巻に美月は目尻に
浮かべた笑い涙をごめんごめんと言いながら
拭って、とりあえず麦茶を飲んで下さいと彼に
差し出した。
好きな女子の部屋にいる訳だから、花巻が緊張
をしないわけが無い。
彼は恥ずかしさを誤魔化すように彼女から顔を
逸らして麦茶を一口飲み込みながら、未だに
笑いながら肩を揺らす彼女を軽く押せば、
ほんの少しだけ花巻の緊張が解れた気がした。
「及川も岩泉もここに来るわけ?」
所々に及川や岩泉の私物であろう、美月の部屋
には似つかわしくない、漫画や雑誌が本棚に
置いてあり、そこから彼らが頻繁に来ている
事は花巻から見れば、すぐに分かった。
『お互い行くし向こうも来る感じかな?
徹なんてよくここで寝てるし。』
「うわ、マジかよ。」
ポンポンと彼女が叩く場所はベッドで花巻から
見れば神聖な場所に見える為、及川がそこで横
になる姿を想像すれば、少しだけ苛立つ気持ち
が芽生える。
『だから花巻も気にせず、寛いだら
いいからね。』
彼女がそう言ってクッションを渡せば、花巻に
とってはその甘い香りだけで、充分くらりと
来そうになるのだが、ありがとなと平然を装い
ながら、彼女から受け取った。
『それじゃあ、始めよっか。』
「そうだな。」
ここからは本題の勉強に入る模様で、テーブル
にノートと教科書を広げて、美月がテストに
出そうな怪しい箇所を花巻の教科書に付箋を
貼れば、そこからはしばし2人は集中。
時々分からない所があれば、美月は彼の隣で
分かりやすく説明をして、美月も教える事で
自分の復習にもちゃんとなっていた。
「ああ、なるほどな!」
『そういう事。』
問題が解決すれば、少し気持ちもスッキリ
して、試合で得点を獲た時みたいに互いに
嬉しそうに微笑む。
松川が彼女との勉強を継続出来ている理由が
彼にはよくわかり、今度から自分も絶対に
混ざってやろうと、花巻は心の中で密かに
決めていた。
『ちょっと休憩する?』
「お?もうこんな時間か。」
気がつけばかなり集中していた様で、2時間程
経っており、花巻は美月と一緒にいると
こんなに早いものかと驚いてしまう。
んーっと美月が腕を伸ばせば、下ろした際に
ぶつかるので、そこで美月との距離がかなり
近かった事を花巻はやっと実感した。
長い睫毛、大きな瞳、小さな唇。
やっぱお前、可愛いんだよな。
改めて美月をまじまじと見れば見る程、
花巻は見蕩れていた。
黙ったままでいる花巻を見て、美月は首を
傾げながらにっこりと微笑むので、すっかり
緊張が解けていた花巻は、ついこの空気に
いつも通りの彼女へ悪戯をしたいスイッチが
入ってしまい、彼女の頬に自分の手が触れて
いた。
『ん!?何なに、どしたの?!』
「んー?ちょっとゴミが…。」
嘘、美月に触りたくなっただけ。
もうゴミ取れたよね?両手に頬を包まれていた
美月は、顔を赤く染めて、花巻から
目を逸らすので、その時の異性だと認識して
くれる彼女の瞳が岩泉や及川には見せない、
自分だけのもののような気がして、彼はその
表情が大好きだった。
「美月、熱でもあるのか?」
『…何で?』
「顔が真っ赤。」
彼は悪戯に拍車をかけるように、わざとらしく
自分の額と美月の額をコツンとぶつければ、
花巻にされると彼女は慌てて手を滑らせた。
危ねぇ!と花巻が咄嗟に手を差し出し、後頭部
の強打の回避は間に合うも、2人の体勢は床ドン
に近い状態で、互いに固まって見つめあう形に。
「悪い、大丈夫か!?」
『私は全然大丈夫!』
やり過ぎたことに少し反省しながら、でも潤ま
せた目を泳がせる彼女を見れば、ああ、やっぱ
好きだなと花巻は再認識。
及川達は上手く自分をコントロールしている
だろうけど、そんな高度な技、俺には無理だ。
このまま食っちゃってもいいですか?
「美月…。」
彼女の唇にわずかあと数センチで、近づきそう
な距離で彼女の名前を呼べば、ガチャリとドア
が開かれ、その姿を目にすれば、花巻は目を
見開いた。
「花巻。何で、お前がここにいる?」
「いやお前ら、それ俺の台詞だわ。」
「随分と楽しそうなことしてるじゃん。」
『あ、ハジメと徹いらっしゃい。』
美月の反応を見て、連絡無しにここに来るの
が当たり前になっている、2人の彼女との距離感
に花巻はマジかよと苦笑いを見せる。
岩泉と及川から見れば、美月は花巻に押し
倒されている状態なので、2人は物凄い形相で
花巻を見下ろし、美月はきょとんとした顔で
2人を見ているが、被さっていた花巻の額からは
冷たい汗が流れた。
「違う、これは…あのな。」
『ごめん、私が転んだの。』
すぐさま花巻が体を起こして彼女の身体から
バッと離れれば、美月も大騒ぎにならない
ようにか、そこでは何事も無かったかのように 装って、耳まで真っ赤に染めながらも、2人の
麦茶を取りに部屋から出た。
「岩泉レーダー、ホントすげーわ。」
「…マッキー。」
一気に気が抜けたら彼は雪崩込み、2人から
咎められるのを予測して、殴られるの覚悟で
花巻は身構える。
だが、予想とは全く違った2人の対応で、及川は
ガッと彼の肩を掴んで暫く黙ると、「今回は
チャラ。」と小声で言えば、岩泉も眉間に皺を
寄せ、目では何かを訴えているので、花巻も
二人を見て察したようだった。
「…なるほど、お前らでも危なかった事が
あったワケね。」
3人それぞれ意味深な笑みを浮かべ、それ以上の
話は広げないように、お互い黙りを決める。
『違う違う、花巻はチームメイトだから
私なんかに…しないから。落ち着け私。』
美月もさすがに幼なじみとは違うからなのか、
胸の鼓動が激しかったので、麦茶を注ぎながら、
自分を落ち着かせようと呼吸を整える。
美月がお茶を持ってくれば、彼らは団結力が
生じた不思議な空気を漂わせているので、彼女
は3人に首を傾げたが、それは少しいつも通り
の空気に戻った気がして、彼女は少し安心して にっこりと笑顔を見せていた。
『今日これからお母さん夜にいない
みたいで、ご飯どうする?食べて帰る?』
「「「食べて帰ります!!!!」」」
『ごめん、簡単に焼きそばでもいい?』
「「「もちろん!!!」」」
「いや、及川お前は帰れ。」
「え!?そこはマッキーじゃなくて!?」
『あ、そば足りないかも。』