意地悪な彼

美月が彼に会うのは二度目。

高校生に名札なんて物はある訳が無いので、
誰だったかを美月は必死に思い出そうとする。


この見慣れない制服は確か伊達工で、この笑顔
も一回見覚えがある。
そうだ、番号は6番だと彼女の記憶がどんどん
と鮮明になっていく。


『確か、二口君…?』


「え、俺の名前知ってるんですか。
めっちゃ嬉しいんですけど。」


インターハイ予選と同じ表情で美月に笑い
かけている二口は、自分の名前を彼女が発する
とは思わず、ポケットに手を突っ込んだまま、
彼女の顔をよく見ようと屈み込む。


このへらっとした態度も、会話すらした事の
無い他校の異性に平然と声をかけてくる軽さも
自分の身近にいる人物とどうしても重なって
しまい、彼女は眉間に皺を寄せ、ため息を
吐いた。


2階から試合を見下ろしていた時には視界が
小さくて、気が付かなかったが、よく見れば、
背丈も毎日会っている幼なじみと同じ様な気が
してならない。


部活終わりに1人で立ち寄った本屋で、月バリ
を買おうとして、今回も牛島がばっちり載って
いるという知らせを聞いて、いつもとは違う駅
まで行って本を買ってみれば、今回は思わぬ
人物と遭遇してしまう。


今回は上手く嘘をついて及川達にはバレずに
スムーズに買うのが美月の予定となって
いたはずなのに。


本を取り、いつものように他の雑誌を手に
取っていると、「あ。」とこちらに向けられた
声を及川と勘違いをして、つい目線を向けて
しまったことが、今回の彼女の失態とも言える
だろう。


笑顔の裏に何かを隠している気がして、花巻が
以前、声をかけてきても反応するなと美月に
忠告を入れていた事も思い出し、彼女は二口
から一歩下がって、少しだけ彼を警戒する。


「あら、何で逃げるんです?」


『な、何となく…です。』


「そういえば、名前を聞いてなかったですよね?」


『名乗る程の者では無いです。』


「名前、美月って呼ばれてました?」


『分かっていらっしゃるんでしたら、
聞かないでくださいな。』


「わざわざ、敬語使わなくていいっスよ。
学年も一個上ですよね、おねーさん?」


『君、ちょっと意地悪なタイプでしょ。』


何か企む顔を疑うように彼女が顔を顰めれば、
二口は「心外だなー。」と変わらぬ笑顔を彼女に
見せ、どことなく楽しそうにしているので、
美月は彼に馬鹿にされている気がして、
少しだけ気に入らなかった。


その一方、二口は美月に無視されるかと
思いきや、彼女からちゃんと反応が返ってくる
ので、加虐心を煽られて、ちょっとばかり彼女
を困らせるのが楽しくなってきていた。


やっぱりまじまじと見たら可愛いし、スタイル
もバッチリと自分好みで良し。
青城の仲間達が必死に輩に近づかせない様に
するのも納得。
コロコロと表情を変えていくのが、見ていて
本当に面白い。


彼女の様子をまじまじと見れば見る程、色々な
感想が二口の頭の中を過って、ハマりそうに
なる自分がいた。


「そっちの主将よりはマシですよ。」


『あ、ちょっと…それは否定出来ない
かもです。』


二口は皮肉混ざりでそう言ってみると、身内を
馬鹿にしないで!と怒り出すかと思いきや、
そこはさっぱりと手を挙げて、スンッと怒って
いた顔が冷静な顔になり、彼の言葉を認める
美月の予想外の反応に目を丸くして、
吹き出した。


突然笑い出す二口に美月は戸惑って、何が彼
のツボに入ったのかわからず、きょとんとした
顔で首を傾げる。


「そこは、怒るとこじゃねーの?」


『え、間違っては無いんだもん。』


「本性をわかってるってコトか。」


『そう、昔からよーく知ってる。』


知ってるから…と言葉を続ける彼女の姿は一変
して、その姿に二口も言葉を失って、でも彼女
から目が離せなかった。


『ウチの主将は、怖いくらい強い。』


まっすぐ彼を見てそう言い切った彼女は、先程
のあたふたする姿とは一変して、凛として彼の
目の前に立っている。

その表情の鋭さには美しさも混ざって、二口は
言葉が出ないまま固唾を飲んだ。


「及川に妬けてくるな。」


美月のよく知った声が聞こえて振り返れば、
予想もしなかった人物が彼女の真後ろにいて、
彼女は驚いて目を丸くするも、その人物は至っ
て冷静な様だった。


『え、若利君…?』


二口もここで彼に会うとは思わず、あからさまに
嫌そうな顔をして、牛島の方向を見た。


「げっ、そっちとも知り合いかよ。」


牛島は二口が誰かを把握していない様で、美月が
伊達工の選手と補足を入れれば、理解したよう
に頷くも、彼はあまり興味を示していない様
だった。


二口はその悔しさを紛らわす為に、電話鳴って
るけど?と彼女に嘘をついて、美月にスマホ
を取り出させ、ひょいっとそれを奪えば、
意図も簡単に連絡先をゲットしてしまう。


「美月さん、油断し過ぎでしょ。
てか、ロックかけろよ、危ねーなコレ。
あ、これ俺の番号なんで。」


『えっ…いつの間に!?』


逃げるみっともない姿を見せたくないという、
プライドがあるのか、余裕がある素振りを美月に
見せながら、おねーさん、気に入ったから
また会いましょーねと、二口は軽く手を
振った。


彼女から去って、美月は突然の嵐が去って
ぽかんと口を開けたまま、彼が離れるのを
見届けた。


『最近の若い子は凄いね。』


「俺達もまだ若いのではないか?」


牛島の正論に美月はそうだったねと笑って
見せれば、牛島も彼女に優しく微笑みかける。


『ところで、若利君は何故ここに?』


「ああ、気になる参考書がここにあると
聞いたんだ。」


美月の寄った本屋は白鳥沢から近く、彼も
部活終わりに寮の門限まではまだ時間があると
立ち寄ったらしく、彼の言う参考書というもの
は、バレーに関するものだったようで、ちらっ
とその本を美月へ見せると、彼女は
なるほどと目を輝かせてそれを見ていた。


「美月は何故ここへ。ここから
家までは距離があるんじゃないのか?」


『うーん、それが色々訳があって。』


何も考えずに、若利君載ってるって聞いた
から、ここに来たんだよーっと答えてしまい、
彼女ははっと我に返って後悔をし、一気に
顔が赤くなる。


すると牛島は表情は動かさないが、彼女の言動
には少し驚いて固まる様子を一瞬だけ見せ、
そうか。と声を漏らした。


「わざわざ、美月が買いに来てくれるのは、
喜ばしい事だな。」


彼も以前のインターハイの時同様、彼女が
怖がらないようにと膝を曲げて、彼女と同じ
目線になって、笑いかけて話し始める。


美月はそれもまた重なって恥ずかしく
なり、
牛島の手を引きながら会計はまだ だよね?と
周りから注目される事を恐れて、場所を移動
しようとした。


『牛島君、更に有名人だね。』


「そうなのか?生活スタイルは至って
変わりはないが…。」


結局、駅まで送ると言われてしまい、並んで2人
で歩けば、話の内容は購入理由の世界ユース
選抜メンバーに入った事になってしまう。


「本当はお前に直接言いたかった。」


『そんなそんな、わざわざ私なんかに手間
取らなくても大丈夫だよ。』


互いに忙しい生活を過ごしている為か、時々
連絡は取るものの、なかなかゆっくりと話す
ことは無かった。

だからなのか、2人で並ぶ牛島は嬉しそうな
様子を見せ、美月も友人として話が出来る
事を喜んでいた。


『あ、でもあって直接言えるのは、私は
ラッキーなのかもだね。』


若利君、おめでとう。とふんわりと笑う美月は、
牛島から見ても愛しく感じて、思わず彼女を
抱き留める。


やっぱり、お前が欲しくなる。


牛島の声は自分の心の中だけで囁いて、美月は
彼がそんな行動を取るとは思わなくて、
声が裏返りながら、彼の名前を呼んでいた。


「直接言われるほど、嬉しいものは
無いな。」


そう言って抱きしめる力が少し増し、美月も
手持ち無沙汰になる手を彼の腰元へと置いた。


『あ、そろそろ行かなきゃ。』


彼らの心の距離がまた1歩だけ近づいて、
そして、体は1歩離れていく。

牛島は名残惜しそうに、彼女がホームへと
書ける姿を黙ってそのまま見届けた。








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