弱る時だってある

いつもは溌剌と動く美月が珍しく、本日は猫背
気味で項垂れるようにモップを手にしてため息を
吐き、そんな彼女の様子を仲間達は不思議そう
に見ていた。


「おい。アレ、大丈夫か。」


「本日、20回目のため息だな。」



「滅多に落ち込まねー人間が落ち込むと
なんか、こっちも調子が狂うよな。」


「あー…牧野さんのあのテンションの理由、
俺わかるかもっス。」


花巻と松川が彼女の様子を伺う会話をしている
と、岩泉と金田一も混ざり、彼女が落ち込む
事情を知っていた金田一が言い辛そうに目を
逸らす。


「牧野さん、最近よく1年の教室で
見るんですけど…。」


そう言って金田一が言葉を続けると、3人は
なるほどなと納得をして、再び彼女を哀れみ
と労いが混ざる目で見ていた。


『潔子の所は後輩ちゃん入ったのにな、
私、頑張りが足りないのかなぁ。』


清水からのメッセージが来てから、かれこれ
一週間以上は過ぎた筈なのに自分はなんの
代わり映えもない事に、彼女は本日21回目の
ため息を吐く。


美月も清水同様、自分の仕事を繋いでくれる
人物を探していた。
1年生の後輩達にも部活をしていない生徒を
教えて貰い、一人一人に声を掛けるも、彼女と
一緒にマネージャーをやりたいという人物は
なかなか現れなかった。


「美月さん、大分落ち込んでますね。
俺は別に美月さん以外のマネージャー
は必要ないです。」


美月さんじゃないと嫌だと主張する国見も
その会話に参加し、彼女を心配しながら言葉を
零し、金田一も俺も牧野さん以外は嫌ですね
と国見と同じ意見を漏らす。


「そうは言っても俺達だって引退もするし、
卒業だってするからな。」


「引き継ぎで仕事覚えてもらうとしたら
今だろうし、美月が焦るのもわからなくも
ねーんだよ。」


「そんな焦らなくとも後輩に任せてくれれば
いいんですけどね。」


「それに、先輩達をまだまだ引退させる気は
ねーっスよ!」


「頼もしいなお前ら。」


「美月ちゃん聞いたら、泣いて喜ぶかもよ?」


岩泉が後輩の成長に少し感動しつつ、花巻も
笑って頼もしい後輩達にそう言い、そんな
会話中の彼らの元へ及川が残って自主練をする
かどうかの確認を取りに来た。


岩泉は自主練をすると言い残すと、便所と
言ってその場から去り、及川はあとの皆は
どうするの?と聞く。


「悪い、今日は俺はパス。」


「俺もちょっと課題の時間作んねーと。」


「俺も今日はすみません。」


「うん、わかった。じゃあ残る3年は俺と
岩ちゃんで、1,2年は金田一と渡って所かな?」


「はい、大丈夫です。」


「じゃあ、美月にそう言っておく…って
あれ、美月は?」


「外に行ったのか?」


先程までモップ掛けをしていた美月の姿は
そこにはなく、しばらく経っても戻ってこない
ので、トイレから戻ってきた岩泉が辺りを
見回している及川を見て、首を傾げた。


「どうした?」


「岩ちゃん、美月見なかった?」


「こっちにはいなかったぞ?倉庫に行った
んじゃねーのかよ。」


「まだ帰ってきてなくてさ。
さっきまで、モップ掛けしてたけど…」


「あれから10分は経ったんじゃねーか?」


松川の言葉に及川がハッと気がついて、花巻の
時間の指摘にまさかねと岩泉と顔を見合わせ、
締め切った倉庫の方へと目を向けると、皆が
苦笑いをした。


彼らの嫌な予感は正に的中。


4人が血相を変えてモップが置いてある倉庫へ
駆けつければ、むわっとした熱気が彼らの元に
向かって流れてきて、その先には何かに耐える
ように蹲っている美月の姿。


「美月!!!」


7月の倉庫は灼熱地獄で、例え10分だとしても
そこは命取り。
及川はすぐに彼女を抱き抱えると、彼女は
『徹…?』と弱々しく彼の名前を呼び、及川は
呆れるように「ビビらすなよ。」と珍しく厳しめ
に彼女を怒った。


『もうやだ。私ホントに役立たず。』


「はいはい、落ち込みモードはもうわかった
から。それ以上何か言ったら及川さんが
チューするよ?」


及川の胸元に顔を埋めて、珍しくぐずぐず言葉
を零す美月に及川がそう言えば、彼女は
ピタリと言葉を止めるので、そんな彼女に少し
納得いかない様子で、及川も黙る。


「うわ、セクハラ発言で黙らせた。」


「・・・・・・・。」


花巻が眉間に皺を寄せてそう言い、岩泉も及川
を蹴飛ばしたい衝動に駆られるが、今は美月を
抱き上げているので、そこは堪えて無言を貫いた。


「…美月、薬は?」


先程の発言は無かったかのように、及川は美月に
そう聞けば、彼女は飲んでないと伝えるように
首を横に降り、彼はため息を吐いた。


及川は岩泉へロッカーにある自分の鞄に
栄養ゼリーと薬があるからと教えて、
この中で1番足が速い彼に持ってくるよう
お願いすると、岩泉はすぐに走って部室
へと向かった。


金田一は自販機へミネラルウォーターを買いに
走り、花巻は密室空間で汗だくになった彼女の
額をタオルで拭って、及川はベンチまで彼女を
運ぶ。


『ごめん、今日薬を忘れてきて。』


「もー、なんで早く言わないの。いつもより
ナイーブだからそうなのかな?とは思っては
いたけど。」


『ごめん。さっきまで大丈夫だったんだけど、
今さっき突然痛くなって。』


「ほらほら、こればっかりはしょうがない事
なんだから謝らない。」


及川が彼女を寝かせるのではなく座らせて水分
をゆっくり取らせると、彼女の腰元にジャージ
を巻いたり、体を冷やす行為を避ける様子を
見て、花巻は何となくその原因を察したのか、
あー。と気まずそうに顔を逸らす。


「え、お前不調の時の薬まで持ってんの?」


「たまたま持ってるだけ!
前に膝の時の薬をそのまま持ってて、痛み止め
がアレと一緒だって美月が前に言ってたから。」


月に一度訪れる不調が時折酷くなる美月は、
今日に限って予防に飲む薬を忘れて、運良く痛み
は練習の終わりかけの先程来るものの、その激痛
に動けずにいた。


妙に落ち込み気味の彼女の仕草に松川や国見も
花巻同様納得するもどことなく触れづらい所
なので、それ以上は聞かなかった。


ただ、及川の用意周到さに気が付く3人が少し
引きながらも彼のお陰で彼女が楽になると思え
ば、そこは感謝しかない。


松川が彼女の隣にしゃがみこむと、腰を何度も
さするように撫で、辛いよなと優しく声をかけ
たら、彼女は少しだけ悲しそうに、でもその
行為に感謝するように彼にお礼を言って微笑んだ。


そして、岩泉が持ってきたぞ!とキャップを
開けて、彼女にゼリーをゆっくり飲ませて、
金田一もタイミング良く戻って来て薬を飲ま
せると、ふぅと彼女は一息ついて、しばらく
休むと先程よりは顔色が良くなった。


「もう、今日はこのままみんな帰ろう。」


「ですね、そう思ってボトルもさっき
俺達で洗いました。」


『ごめんね渡、仕事が中途半端なのに
投げちゃって。』


「謝らないでください。もっと後輩も
頼って欲しいし…。」


「そうそう、美月は謝らないの。」


『んー、だって。』


「ほらほら、美月は俺にチューされたいの?」


彼女が弱音を吐こうとすれば、及川が自分の
口を尖らせて指で口元をアピールし始め、
遂に岩泉が我慢ならなくなり、無言で彼を
思い切り蹴飛ばした。


「ぐべっ、酷いよ岩ちゃん!!!」


「いや、美月の弱音よりお前のその態度
の方がイライラする。」


「サンキュ岩泉。少しスッキリしたわ。」


歩いて帰れる?と松川は彼らを無視して心配
するように彼女に尋ねれば、及川が帰りは
大丈夫と提案して、帰る支度をそそくさと
始め出した。



「お願いしまーす。」


「いや、俺の車は絶対に野郎は乗せねーぞ。
お前らは自力で帰れ。」


溝口の一言に4人は一斉にブーイングを飛ばし、
「そもそもお前ら乗ったら定員オーバーだ!」と
彼は怒鳴り、彼らを追い払いながら美月を
助手席に乗せるとすぐにエンジンを掛けた。


「美月、襲われんなよー!」


「コーチ、手を出したら犯罪っスよ!」


「お前ら轢かれてーのか?」


松川と花巻の野次に溝口は睨み、体を丸めて
申し訳無さそうに隣で謝る美月の頭をクシャッ
と撫で、彼は車を発進させた。


「話は聞いたけど、お前1人が抱え込むこと
じゃねーからな。お前がいなくなった時の
対策はちゃんと考えるよ。」


溝口から出た言葉を辛そうに聞いて、焦んなと
続けて言われた言葉に頷き、彼女は仲間にも
彼にも感謝をしながら、溝口の肩に凭れて瞼を
閉じた。


『溝口さん頼もしすぎです。お嫁さんに
してください。』


「馬鹿、大人を揶揄うな。」



少しだけ回復して余裕が出来た美月は
笑い
ながら溝口に冗談を吐けば、彼は少し照れ
ながらハンドルを切った。




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