夏休み前の戯れ
「美月、何か練習邪魔するヤツ出たんだって?」
「うちらで良いようにしておいたから、
安心して練習しな。」
穏やかな昼休憩を過している際、思い出す様に
クラスメイトが親指立てて、やりきった顔で
彼女へと爽やかな笑顔を向けるので、彼女が
真顔で岩泉の顔を見れば、「俺は何も言って
ねーぞ」と顔を歪ませ、再度美月は彼女達の
方へと視線を戻す。
『誰から聞いたの?』
「美月のこと大好きだって後輩がウチらに
相談してきたけど?匿名希望って言ってた
からそこは伏せとくわ。」
『えー、誰???』
「そこは相手の為にひ、み、つ。」
友人は律儀にそこだけは守るからと伝言した
犯人の名前は言わず、彼女の事を大好きな後輩
というフレーズだけで、美月から教科書を
借りようとその場に今一緒にいた花巻と彼の
付き添いで同じ場にいた松川はは国見かと
すぐに判断をした。
きっと、彼女達を何かで釣って言いくるめ
たんだろうと2人は目だけで会話をし、頷く。
「お前ら、だからどいつもこいつも物騒
なんだって!」
震えながら叫び出す及川を冷たい目で見る
彼女達は彼が以前松川と一緒にいる際にいた
言い争いをした2人とはまた違う2人。
人が変わっても向けられるその鋭い視線に恐れ、
「女の子がそんな怖いことしちゃダメだよ?」と
彼が爽やかに作り笑顔を作って見せても、
美月と岩泉のクラスの女子は決して頬を赤く
染める訳でもく、辛辣な態度を取る。
「アンタがしっかりしないからでしょ。」
「もうやっぱ、ヘタレ川とか無理。
てか、なにさりげなく遊びにきてんの?」
「ここに来ちゃ悪いの!?
そして、みんな呼び方が揃いも揃って鬼!
あと俺、一応岩ちゃんの友達だから、ここに
立ってくるさ!わかる?と、も、だ、ち!」
「こんなうるせーの、俺は知らん。」
「酷いよ、岩ちゃん!!!!」
肝心の友人は及川の嘆きを無視して、花巻と
腕相撲をしていた。
美月から教科書を借りに来た人間は、腕相撲
が何故か恒例となるのか、向かいにいた花巻
の腕を倒し、「やっぱ、勝てねー!」と悔しそう
に敗者は頭を掻き毟る。
「マッキーは許されてるの?」と及川が彼女達
に尋ねれば、「変態はそもそも規格外」と冷静に
言葉を吐かれ、松川はそれを聞けば笑いを堪え
きれずに吹き出した。
「どうも、変態ですけど?」と開き直った態度が
どこか楽しそうに見えて、不覚にも及川は彼に
悔しさを感じてしまった。
「てか、明日から夏休みかー。」
「美月に会う時間減るのは寂しいわ。」
『補講あるからまた会うじゃん。』
そう言って彼女が笑いながらも彼女も少しだけ
寂しさが湧いてくるのは、彼らは先程終業式を
迎え、まもなく明日から夏休みを迎えるから
なのか。
だが、その寂しさも春高予選の練習や受験生の
3年生には遠慮なく勉強の波が押し寄せて来る
ので、すぐにそれは掻き消されてしまうのだが。
友人の1人は寂しさを取り繕うように美月の
髪を手に取って弄び、気が付けば彼女の長い髪
を綺麗に編み込んでいた。
「美月、ゴムちょーだい。」
『はい。』
「美月、ゴム持ってんの?オカモト?サガミ?」
『ん?100円ショップかな?』
「エロ巻、何バカ言ってんの。」
「マッキー、そのピンクな脳みそ何とか
なんないの?」
「髪色まんまじゃねーか。てか、美月。
お前、無視っていう選択肢もあんだぞ?」
『ん?ゴムどこで買ったかの話でしょ?』
「あー…もう、そうだな。」
花巻がニヤニヤと笑いながら冗談を吐けば、
美月はわかっていない様子で首を傾げて彼に
そう答え、岩泉が注意しても鈍感な彼女は更に
頭にはクエスチョンマークが浮かぶので、
岩泉もそれ以上は言葉に出せなかった。
彼女の純粋さに耐えきれなくなった友人の1人
は無言で手元にある団扇で彼の後頭部を叩き、
もう1人は彼女の髪を纏めながら鋭く睨む。
「いでっ、わかるお前らはこっち側だからな。」
「うるさい。美月が穢れるから、それ以上は
何も言わないで。」
そして、及川はくだらないとため息を吐き
ながら花巻の言葉に呆れ、松川は我関せずと
いった様子で編まれていく美月の髪の毛を
ただ楽しそうに見ていた。
髪の毛に夢中の松川は彼らの会話も完全に無視
して、綺麗に一つに編み込まれた美月の髪型
が自分のお気に召したのか、「可愛いじゃん。」
と素直な感想を彼女に吐き、美月も鏡で
自分の姿を見せられて、嬉しそうに自分の
結われた髪に触れる。
「美月、似合ってるよ。」
『すごーい!さすがに自分では出来ないや。』
「そう?こんなの意外と簡単よ。」
「へー。ねぇ、それ俺でも出来る?」
松川はヘアアレンジに興味があるのか、美月の
髪の毛をまじまじと見てその友人に尋ねる
ので、彼女もやってみる?と1回結んだものを
ゆるりと解く。
そして松川が彼女の髪に触れ、友人の指示通り
指を動かして難しそうな顔を見せながらも、
コツを掴んだのか、そこから捗るように髪の毛
の束を掴んでは上手く纏めてを繰り返した。
彼女もされるがままに大人しく出来上がりを
待って、時折彼の指が触れるのが心地良い
のか、穏やかな表情でそれを受け入れる。
「やるじゃん、さすが彼氏。」
「もういつでも出来るわ。」
再び鏡で見せてもらった美月は、その仕上がり
に驚いて、尊敬の眼差しで松川を見るので、
彼は少し誇らしげな顔で笑って見せた。
『すごーい!今度からお願いしようかな。』
「まっつん、怖いなー。」
「アイツ。美月の髪の毛に触りたいから
覚えたな。」
「クソっ、さすがに真似できねーわ。」
友人達から冗談混じりの高評価を頂けば、
他のライバル達は悔しそうに松川を見る。
だが、この現状彼女の髪の毛に触れることが
許される人物は彼か岩泉だけなので、手先の
器用差を求められるこの作業は、岩泉には
無理難題だった。
『花火の時も松川にしてもらおっかな。』
「そしたら、彼氏が楽しみないじゃん。
私に任せなさいよ。」
『え、でも彼氏さんとデートでしょ?』
「その代わり浴衣の着方教えてくれたら
助かる。」
『よし、その話乗った。』
彼女達はマイペースに彼らそっちのけで会話を
始め、美月が浴衣を着ることも着せる事も
出来ていたことに驚き、彼女達の会話を同じ
顔をして彼らは見ていた。
「美月さ、着れるってことは脱がせれる?
…ってこと?」
「そゆことになるよ…な。マジかよ。
そこを知ってしまったら、理性が。」
「安心しとけ。そんな状況に持ってこうとする
奴がいるもんなら、全力でぶっ飛ばす。」
「いや、岩ちゃんこそ何だかんだ危ないのに。」
彼女達が和気藹々と会話する横で、男達は
聞こえないように小さく会話をすれば、
彼らは考えることは同じなのか一斉に黙り
そしてまた念には念を押す様に、抜け駆け
禁止の誓いを立てる。
花火大会まであと3日。
一学期終了まであと3時間。
「あとは、美月に本当の春が来ればなー。」
『もう夏来ちゃいましたもんね。』
「またそうやって他人事なんだから。」
タイミングよく聞こえたセミの鳴き声と共に
それぞれが思い思いに夏を感じて、
美月はこの穏やかな空間も気が付けばあと
僅かなのだと改めて実感をして、目を伏せた。