ちゃんと祝って

いよいよ、待ちに待った夏休みが始まった。
それと同時に学校に着けば周りの女子に囲まれ、
お祝いの言葉やプレゼントを受け取って、
本日は自分がまた一つ大人の階段を登れた
ことを実感する。


及川はそんなイベントを朝から迎えてしまう為、
残念ながら岩泉のようなサプライズを部員に
されることも無く、 美月は慣れたように及川
にエコバッグを渡して、岩泉とその集団を邪魔
しないように静かに補講へと向かう彼女の背中
は相変わらず真っ直ぐで、彼を振り返ることは
悲しくも無かった。


「という訳でこれ御祝いな。」


まだ美月からお祝いの言葉すら貰うことなく、
先に及川は1人寂しく部室へ入ってみると、
誕生日だからと松川と花巻が綺麗にラッピング
されたものを及川へ渡してきたので、彼はそれ
をお礼を言いながら開けてみる。


「いやいやいや、君達は誕生日来てないから
まだ買っちゃダメでしょ。」


どこで手に入れたのか、受け取った本人は
なんとなくで自分も入手先は知っているが、
そこには予想通りピンクなDVDが出てきた。

またそうやってと文句混ざりの冗談を言って、
笑いながらも及川は有難く受け取り、そのまま
鞄に閉まっていた。

今この場にいるのは後輩だけなので、別に
気まずい訳でもなく、後輩達もまたかと
呆れた様子で、おめでとうございますと
お祝いの言葉だけは及川に送る。


それにありがとうと彼は素直に笑顔でお礼を
言い、彼らは美月達より一足先に練習を始めた。


『ごめんね、準備ありがとう。』


補講が終われば、急ぎ足で岩泉と美月が到着し、
岩泉はアップを始め、美月はこの前早退をした
1年生の顔色を気にして近寄った。


『よかった、顔色良くなってるね。
この前はキツいこと言ってごめんね。』


申し訳なさそうにお詫びの印と彼に塩飴を
プレゼントすれば、後輩は必死に彼女の謝罪
に謙遜して、嬉しそうに頬を染める。


待って、俺まだ何も貰ってないのに。


ただ彼女は後輩の体調を心配しているだけ
なのに醜い嫉妬が渦巻いて、及川の心は少し
だけ乱され、ついそれが球にも影響する。


「及川、岩泉戻ってきたら殴られるぞ?」


「ごめーん、つい邪念が。」


それはあからさま過ぎたのか花巻に指摘され、
それを笑顔で取り繕えば、戻ってきた岩泉には
お見通しだった模様で、見事な膝蹴りを彼から
モロに食らってしまう。


美月はそんな及川の心中に気が付かずに、
『及川さん、集中!』と彼女からは、真面目
に厳しい野次が飛んで来ていた。


「もー、美月は人の気も知らないで!」


「マッキー、モノマネ止めてください!」


「知らねーの?美月の方がお前の真似
上手いけど。」


「あー、クオリティ高いですよね。」


「確かに、腹立つくらい似てるな。」


「何で皆知ってんのさっ!!!」


練習中はもちろん、帰りの部室内でも結局
美月は本日も忙しく働いていたせいか、彼を
祝う言葉どころか、会話も少なく終わって
しまい、あろうことか、本日は用事があると
言って、彼らよりも早めに帰ってしまった。


完全に不貞腐れモードの及川を岩泉は、半ば
引き摺るように連れて帰り、松川と花巻は
さすがに彼を可哀想に思ったのか、哀れむ目
で見ながら、それぞれ帰り道で別れた。


「あれ、なんで居るの?」


及川が自宅へ戻り、自室に見覚えのある荷物が
見えたので、母親に確認を取ろうと台所へ
向かうと、 生姜とニンニクの香りと香ばしい
香りが混ざる、なんとも美味しそうな匂いが
そよそよと漂ってくる。


そして、そこには何故か先程大事な用事がある
と言って帰ったはずの美月が、唐揚げを鼻歌
を歌いながら揚げており、及川はそれに驚き、
目が点になっていた。


『何でって、呼ばれたからお手伝いに。』


今あなたのお母ちゃんは出かけてますよーと
言いながら、揚げたての唐揚げの中を半分に
切って確認し、ふーふーとそれを冷ましたら、
ひょいっと及川の口へと放り込む。


『及川さん、いかがでしょうか?』


「…最高に美味しいです。」


嬉しいはずのあーんがこんなに恥ずかしいもの
だったかと考えながら、及川は美月と上手く
目を合わせれず、そんな彼女は恥じらうことも
なく、彼の感想を聞けば満足そうに微笑んで、
仕上がったものを皿へと移す合間に作った
マカロニサラダに手をかけた。


「美月の作ったやつ?」


『徹の好きなものばっかりだよ。来年は
こうゆうの出来るかわからないしね。』


背後からひょっこり顔を覗かせて、美味しそう
なおかずが色々並ぶのを目にすれば、彼女が
黙って早く帰ってしまった理由をわかって
しまい、その嬉しさから腕を伸ばして、
及川は彼女を思い切り抱きしめる。


どうしていつも俺のためにこの子は…



喜びから出た言葉は3文字の単純な言葉で、
「ヤバい。」と言いながら、顔に肩を埋めたら、
『この唐揚げの調合は我ながらヤバいよね。』
と彼女からは相変わらずの返事が返ってくる
ので、及川は声に出して笑ってしまった。


『徹、なんかここ最近で様子が変わったね。
なんかいい事あったの?』


「んー、特に変わらないよ。」


そう、変わらない。と彼が言葉を繰り返す事に
美月は首を傾げるが、すぐに変なのと笑って、
また彼に味見をさせた。


及川の母親が戻ってきた時にはもちろん
誕生日ケーキも持ち帰って来て、そこからは
彼の母親とバトンタッチでしばしの休憩。


『徹、誕生日おめでとう。』


及川の部屋でちゃんとプレゼントを渡され、
お祝いの言葉もちゃんと美月から聞く
ことが出来た。


「今日、美月は泊まってくの?」


『うん。徹のお母さんが泊まりにおいでって。
だから荷物も持ってきた。』


「あー、…そっっかあー。」


2人きりの状態で及川は自分の理性が保てるか、
つい心配をしてしまい、彼は語尾を伸ばして
返事をしながら頭を抱える。

そして、視線を外すためにふと見たスマホには
メッセージが届いていた事に彼は気が付き、
内容を確認しようとそれを開いた。


HAPPY BIRTHDAY

料理サプライズはいかがでしたか?

これから、行きます。


「…これから、行きます???」


花巻、松川、岩泉の順番にメッセージは送ら
れており、何故か美月が料理を作っている
ことまで何故か彼らは把握済み。

彼がそれに目を通して首を傾げていると、
『あとね…』と彼女の言葉の続きを遮って、
玄関のチャイムがピンポンと鳴れば、岩泉の
挨拶だけでは無く、松川と花巻の声も聞こえ、
及川の頭は益々混乱する。


「え、お前らも…なの?」


「岩泉だけじゃなく俺達もお声かかりまして。」


「夜までも2人きりにさせる訳ねーだろ。」


「寂しがり屋の徹の為に来たぞ。」


ニヤニヤ笑う彼らに少しの期待を砕かれた及川
はガックリと足を崩し、彼女との2人きりを少し
でも悩んでしまった自分を後悔してしまう。


『徹、皆にお祝いしてもらって良かったね。』


「あー、嬉しいよクソっ!!!」


しかし、楽しそうに笑う美月を見れば、
こんな誕生日も悪くないと思ってしまい、
しばらくすれば、美月はまた夕飯の手伝い
に戻って、年柄にもなく誕生日の蝋燭の火を
消す所までもを彼は楽しんでしまった。


合宿とはまた違った楽しさに、実はこの計画を
密かに企てたのは岩泉で、「俺の時の返しだ。」
と男気全開の回答が来た時には、及川も彼には
頭が上がらなかった。



「ちなみに、誕生日プレゼント何にしたの?」


『じゃーん!魚のオイカワTシャツ。』


「どこで見つけるんだよ、そんなの。」


『ネットにあった!可愛いから私もお揃い。』


「美月、サイズ大きくねーか?」


『間違えて、徹と同じサイズ買っちゃった。
だから、ハジメも着れるよ?』


「いや、絶対着ねーからな。」


「俺は普通にお揃い嬉しいかも。」


『ハジメと?』「そうじゃなくて。」







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