あなたには敵いません

美月は腕を組んで仁王立ちをし、珍しく不機嫌
そうに眉をひそめ、厳しい顔で一点を見つめて
いた。


そんな彼女から向けらた視線を美月に見つめ
られたら恥ずかしいと、及川が冗談交じりで
手で顔を覆えば『何ふざけてんの?』と普段
よりも低めの声で彼女の目は座ったまま。


普段の温厚な彼女とは違う厳しい一言に及川の
肩がビクッと揺れて、彼女の穏やかな姿しか
知らない周りの空気は一気にピンと張りつめた。

そんな彼女を気にしない振りを見せながら、
部員達は練習を続けるも彼らの背中には冷や汗
が流れており、及川を見に来ていた女子達も
普段とは違う彼女の姿を見て、見てはいけない
ものを見ているこの空気に耐え切れなくなった
のか、次から次へと姿を消していった。


「美月様すみませんでした!」


そしてもちろん及川もそんな彼女に耐えれる訳
が無く、半泣き状態ですぐに謝ったのだった。

 
サーブを打つ際に右足に違和感があり、及川は
何も思わずそのまま練習を続けていると、不覚
にも激痛を感じて膝を抑えたら、美月がそれ
を見逃すことなく、及川の状態の異常をすぐに
察知して、急いで椅子を持って来ると、及川を
座らせ、現在この状況までに至る。


『いつから?』


「先週あたりから…かな?」


すると彼の答えを聞くと、呆れた様にため息を
吐かれ、『どうしていつも無茶するの?』と
普段の温厚な優しい口調の彼女に戻り、及川
も周りもホッと胸を撫で下ろした。


「まだ大した事ないし。」


『嘘つき。痛いんでしょ?』


及川の膝の様子を伺おうと彼女はその場に屈み
こみ、そっと患部に手を添えて、彼女が心配
そうに『ここらへん?』と上目遣いでこちらを
見るので、優しく触れられた部分は熱を持つ。


この状況と角度はヤバいと及川が思っていた所
で美月は立ち上がり『先生に言ってくる!』
と言ってその場を離れ、大丈夫だと言って彼女
を止めるも間に合わずコーチにも病院に行く
よう指示を受け、彼女はそそくさと彼の帰る
準備を始め出した。


『はい、及川君帰りましょうね。』


笑顔で手を上げながら、声を張って他の部員に
『この人帰りまーす!』と伝えると、三年生の
「美月に任せた」の言葉に彼女は返すように
『みんなに任された』と言いながら、体育館
から及川の背中を押して追い出す。


そして及川を部室に連れて行き、素早く持って
きていた自分の荷物と共に及川のロッカーの前
にパイプ椅子を置くとばたりとドアを閉めた。


『着替えにくいでしょ?膝に負担をかけない
ように。』


「美月がいるから着替えにくい。」

追い出されるように部室を後にしたのが気に
入らなかったのか、及川が拗ねたように口を
尖らせ、彼女は何を今更と再び眉間に皺を寄せ
ていたが、わかりましたと言いながら、彼から
背中を向けた。


静かな部室にベルトをつける音がカチャカチャ
と響き、彼女には見られていないとわかっては
いても、2人だけの空間だからなのか、及川は
その音が妙に恥ずかしくなる。


そして、「美月、着替えたけど」と彼が彼女の
方へと振り帰れば、何故か美月もジャージから
プリーツスカートに履き替えており、及川と
目が合っても『ん、終わった?』と言って、
呑気にTシャツを脱いでいる彼女の姿にギョッ
と目を見開き、彼の顔は一気に熱くなった。


「だから、何でそこで着替えるわけっ!?」


『何でって、只の時間短縮。』


今日はブラトップだから全然大丈夫!と言い
ながら、美月は恥ずかしがって隠すどころか、
彼女はえっへんと対策バッチリだと伝える様に
誇らしげに胸を張っている。

揺れるそれを及川はバッチリ見逃さないまま、
「それは完全に下着じゃんお馬鹿!」と声には
出せずに顔を逸らし、何でこっちの方が照れて
いるんだと幼なじみの変わらぬ関係に虚しく
なるのだった。

そして、この前の岩泉をからかった事を彼は
少しだけ同情し反省をした。


『徹、お待たせ。終わったよ。』


「ん。」と声を漏らしながら、彼女の呼び掛けで
振り向くと、『徹、これ。』と彼女が鞄から
何かを取り出す。
それは新しく買ったであろう、白いサポーター
でそれを彼は驚いた顔で受け取った。


「どうしたの、これ。」


『それは御守り。何も大きな異常が
無かったら、これを使ってくださいね。』


「いつから、持ってたのさ。」


『一昨日から。徹が心配だったから、一応
買ってはきてたんだけど…』


勘違いだったら嫌だから様子見してたんだけど
と美月は言葉を続け、自分の異変を一番に気に
かけてくれて、わざわざスポーツショップまで
足を運んで、自分の為に悩んで睨めっこまで
してくれている彼女を思い浮かべると、彼の胸
はぎゅっと締め付けられる。


『明日、飛雄来るでしょ。』


可愛い後輩にかっこいい先輩の姿ちゃんと
見せなきゃと彼女は彼を見透かした目で笑い、
ああ、もうどうしてと色々な気持ちが及川の
中で駆け巡った。


「もー、美月には参りました!
お見通しすぎて及川さん怖いんだけど。」


飛雄は全然可愛くないけどね!とその言葉は
否定しながら、ガタッと椅子が倒れるのと同時
に両手を大きく広げて潰してしまいそうな彼女
を自分の腕の中に閉じこめる。


「ありがとう」と耳元で囁くと、『だって、徹が
いなきゃダメでしょ。』と自分の欲しい言葉が
返ってくるので及川は愛しいこの子を絶対に
誰にも渡してやるもんかと心の中に誓いながら、
彼女の肩に自分の顔を埋めた。



『もしもし。すみません、青葉城西高校まで
タクシーを一台お願いします。』



「及川さんの腕の中でもタクシーを手配する
美月がカッコよすぎて眩しい。」










top