あと一歩の勇気
岩泉を揶揄うように追い払ってみたものの、
いざ美月と隣に並んでみれば、いつもとは
違う雰囲気の彼女にどこか照れ臭さがあり、
気を緩めたら、つい顔の筋肉も緩みそうになる
ので、彼はそれを必死に堪えた。
『どうしたの?その顰めっ面。』
「あー、うん…気にするな。てか、焼きそば
の前になんか食ったの?」
『型抜きに夢中で実は何も食べてません。』
店選びの参考に花巻が尋ねたら、恥ずかしそう
に答える美月が持つ手元には、お菓子が入った
詰め合わせの袋があり、花巻は小学生かよと
それを目にしてブッと吹き出す。
『あ!花巻も馬鹿にしてっ。』
「いや、悪い悪い。すげーと思うよ?
あれクリアしたの。」
怒り出す彼女のご機嫌取りに連れていくのは、
もちろん甘党の自分も食べたかったクレープ
で、食べ切れるか悩む彼女に食えなかったら
手伝うからな。と髪のセットを崩さないように
ポンと軽く美月の頭に手を置けば、彼女は
嬉しそうに微笑んだ。
『じゃあ、アイスのせにしようかな!』
「いーじゃん、じゃあ俺はチョコにしよ。」
彼らは1つずつ頼み、アイスを乗せられると
歩いて食べるには難しい代物なので、近くに
あったベンチが丁度空いていた為、そこに2人
は並んで腰かけた。
「幸せそうに食ってんのな。」『花巻こそ。』
1口食べたら2人は同じような顔をして、気が
合う2人は互いを見て笑い合う。
花巻が一口食うか?と彼女に差し出せば、美月も
いいの?と嬉しそうに花巻を見るので、遠慮
すんなと彼は彼女に自分のものを食べさせた。
パクリと花巻のクレープに齧り付いた美月の
姿は、彼にとってはそれはもう破壊力抜群。
「あ、これはヤバい。」松川と同じく餌付けに
ハマりそうで、彼女を見てほんのり頬を染めた。
『美味しいね、花巻も私の食べる?』
「食えなくなったら貰うからいーよ。」
『上手に食べられる自信がないから、
アイスがあるうちに!』
今度は美月がそう言って花巻の目の前で、
あーんと彼に差し出すので、色々と込み上げる
気持ちがある中、彼女のクレープを口にした。
「うま。こっちのがシュークリームに近いな。」
『バニラアイスとクリームだもんね。』
嬉しそうに頬張る彼女を見れば、先程の緊張は
何だったんだと思いたくなるくらい、花巻の力
は抜けて行く。
彼女といるとこんなに楽なのかと彼は愛しそう
に目を細めた。
『ん?なんか付いてる…って、あはっ。』
食べている美月をじっと見ていたせいか、視線
を感じた彼女が花巻を伺うように覗き込むと、
彼女が花巻の顔を見て笑いだして、彼女の指が
彼の頬へとそのまま伸びる。
そして、優しく口元に付いたクリームを拭い、
ペロッとそれを舐めとったのだった。
「ちょっ、お前、言えよ!!」
『えー?前に自分だってしたじゃん。』
不意打ちの彼女の行動に恥ずかしさから、花巻
は手の甲を唇に宛ててそれを隠すと、彼女は
意識していなかったようで、花巻も子供みたい
と無邪気に笑っていた。
「勘違いするから、止めとけって言ったのは
お前の癖に。」
頭の中で浮かんだ言葉がそのまま出てしまい、
楽しくゆらゆらと揺らしていた美月の足が
ぴたりとその言葉に止まってしまう。
『あ…その、ごめん。』
今、彼女も意識したのか、顔を紅潮させると、
目のやり場に困るのか、顔を伏せた。
その仕草に花巻には理性が保てず、彼女を片手で
自分の方へ向かせ、美月も彼と目が合えば、
少し潤ませた瞳はゆらりと揺れ、花巻の気持ち
は余計に掻き立てられる。
なんでそんな顔見せんだよ。
意識すればいいだろ、わざわざ謝んな。
「美月…」
親指の腹で彼女の頬をすうっと撫で、彼女の
名前を呼ぶと、自然と美月も目を伏せて、
あと僅かで唇が触れる距離まで近づいた。
ここまで来たらもう止まらない。
まだ気持ちも伝えてないのに、ごめん。
高揚感と罪悪感が混ざる気持ちで、彼が
決心した時には既に一歩遅かった。
「はいっ、残念そこまで。」
よく知ってる声がしたのと同時に、シャッと
彼女の唇を遮るように団扇が花巻の目の前に
差し込まれ、目の前の景色は花柄のみになる。
いつの間に?とそんな疑問が一瞬、花巻の頭に
浮かぶが、彼女の背中に刺さっていた団扇の柄と同じものだったことに気が付き、彼は松川の
瞬発力を今だけは憎んだ。
「30分経ったんで、花巻君は残念ながら
ここまで。」
『もしかして、クリームでもついてたかな?』
先程の妙に甘い空気を消そうとしてへらっと
笑う美月を見たら、花巻の力はへなへなと
完全に抜け切って、ガクッと肩を落とした所に
松川は容赦なくバシバシと彼の背中を叩いて、
交代の合図を送る。
「俺も戻って食うわ。」
ヤケ食い気味に1個食べ終えたら立ち上がり、
美月もある程度食べていることに気がついて、
ひょいっとそれを奪い取れば、岩泉達がいる
であろう方向へと歩き出し、その背中には
哀愁が漂う。
『あっ、花巻…。』
「多分、大丈夫だから。」
松川にはそう言って手を引かれ、すぐに人混み
で見失ってしまったので、後ろ髪を引かれながらも彼女は諦めて松川に誘導され、ゆっくりと
歩き出した。
彼はこっちを見てと言わんばかりに、くいっと
彼女の腰を自分に寄せて、にっこりと微笑えむ
のだった。
余裕を見せている素振りを見せながらも松川は
先日の事件以来の初めての2人きりの場面の為、
実は彼の中ではいっぱいいっぱい。
彼は次に振る話題に悩みながら歩いていると、
自然と脂汗が流れていたのか、美月はその汗
を目にしたや、急いで鞄からハンカチを取り出し、彼の汗を拭い、団扇で彼に向けてパタパタ
と風を送るように仰いだ。
『日が落ちてきても、まだまだ暑いね。
しんどくない?大丈夫?』
松川の汗の量に心配して、顔色伺う彼女の動作
は練習中の時と変わらずで、そんな汗をかく程
に、自分に余裕がない事が何処か情けなく、
そして可笑しくなり、松川はくすっと笑うと
ありがとうと美月にお礼を言った。
「汗ヤバいよね。美月ちゃんが綺麗だから
動揺しちゃってんのかな。」
『えー、私のせい?』
自然体な彼女を見れば、彼も段々と余裕が出て
きて、素直な意見を吐いてみると、美月も松川
は冗談を言っていると思い込んで、呆れ半分と
いった様子で彼に笑顔を向ける。
彼女が途中で買った氷でしっかりと冷やされた
スポーツドリンクを首に当てられたら、気持ち
がよくて、彼の心も穏やかに変わった。
そこからはいつもと変わりのない2人で、目に
入ったフライドポテトを2人で食べてみたり、
ふと気になった串焼きやたこ焼きも松川が
買っては、変わらず彼女の前でいつもの癖で
1口おすそ分け。
やっぱりこの餌付けは譲れねーなと幸せそうに
口にする彼女を見れば、自分も胸が温まるの
だった。
「美月、ソース付いてる。」
『ん、ホント?どこ?』
口の端にソースが着いていると彼は指摘して、
本当はこのまま彼女の唇に触れたいが、先程の
花巻とのやり取りで少し戸惑った表情を見て
しまった彼は、まだその勇気は出てこない。
ああ、意気地無し。
でも俺は美月を困らせたいわけじゃない。
ただ、幸せそうに笑う美月が見たいんだ。
迷っている間に時間の終わりを告げられる様に
及川は彼らの前へと現れ、彼女は自分で気が
付くと、指で唇の端を拭って時間切れ。
松川は自分達を見る及川の目を見たら思う。
彼女の周りを取り巻く恋敵は、自分だけが見て
いたいと誰もが考えている事なのだろうが、
自分も彼女を譲る気は、これっぽっちもない。
彼女を振り向かせるにはまだしばらく時間が
かかりそうだが、その次に彼の頭に浮かぶ言葉
は負けないという強い意志。
その意志を及川に伝えるようにポンと及川の肩
を叩き、彼はその場から去って行くのだった。