この距離を待っていた
『よし、徹。皆のところ戻ろっか。』
「だから何ですぐにそうなるのさ!」
及川と二人きりになった途端、皆のいる場へと
戻ろうとする美月の反応が気に入らなくて、
及川は美月を離さまいと彼女の手をぐっと掴む。
『だから、駄目だって。』
「美月がそう言うと思ってこれ買っておいた
から絶対大丈夫だって。」
そう言って彼が彼女に見せたのは、自分達が
小さい頃に見ていた戦隊モノのヒーローのお面
で、誇らしげにそれを頭に引っ掛けるように
付ける及川の子供っぽい所が可笑しくて、
彼女は思わず吹き出した。
『ちょっと待って、徹君。
色々ある中で、まさかのそれ!?』
「懐かしいっしょ。これなら目立たないって。」
『もう、逆に目立ちそうなのに。』
「いいから、とにかく行くのー!!!」
及川の猛プッシュに根気負けした美月は、彼に
されるがままに手を引かれ、及川はにっこり
笑って、指を絡めて恋人のように手を繋ぎ直す。
『あ、ちょっと!』
「だから、誰も分からないってば。」
堂々としなよ!と彼に怒られて、彼女は仕方
なくといった様子で、はぐれないように彼の
腕に自分の腕を巻き付けて、彼に寄り添う。
すると、自分で言い出したものの、予想外の
行動を取ってくる彼女に、ドキッとしたのか、
彼は少し照れ臭そうに顔を反らして、何処に
行く?と声色を変えないように努力する
ものの、彼の胸の鼓動は早くなっていった。
『徹はなんか食べたの?』
「さっき、岩ちゃんの焼きそばちょっとだけ
貰って、マッキーのクレープも食べた。」
『…徹、ハジメから貰った焼きそば、
絶対ちょっとじゃないよね?』
彼は彼女の問い質しにしばらく沈黙する後に、
ちょっとだよ?目を合わせずに答えるので、
しばらく見ていなかった自分のスマホを確認
をする。
すると、岩泉から焼きそば返せとそしてそれ
だけではなく、花巻からも何か買ってきて
欲しいと催促のメッセージが届いていたので、
彼女は買い出しに行く事を決める。
『ほら、これっ!!!』
「えー、俺の美月との貴重なデートの
時間は皆のおつかいなわけ!?」
『あとから来る予定だったのに、勝手に
食べた徹が悪い!』
汐らしく並んで歩いていた彼女は気がつけば、
グイグイと及川の手を引いて、彼らに頼まれた
物を手早く買って、気がつけば及川の方が彼女
にされるがままの立場逆転で、彼は積極的な美月も悪くないな?と満更でもない模様。
もちろん、彼女は及川への配慮も忘れておらず、
『徹は何がいるの?』と彼が食べたい物も
ちゃんと聞いていたので、彼は妬くことなく、
「唐揚げお願いします。」と言って、彼女が
手に持つ荷物をさりげなく自分が全部持った。
『よく考えたらさ、こうやってちゃんとした
格好で歩くの久しぶりかもね。』
「そうだよ!いっつも制服かジャージ、
若しくはラフな格好じゃん!」
『徹とこういうの、なんか新鮮だ。』
ゆらりと笑う彼女を及川は綺麗だと思った。
本当、他の子がっかりさせちゃったらごめんね
と誤る彼女に、彼はそんな事ないと否定して
首を振る。
「俺も新鮮だし、俺は素直に嬉しい。
美月は凄く綺麗なんだから、恥ずかしがらず
もっと堂々と自信もって欲しい。
他の女の子に本当は自慢だってしたいのに、
ウチの美月はこんなに素敵だよって。」
はっきりと言い切る及川の瞳は真っ直ぐで、
美月もふざけて笑う普段の彼とは違った姿に
ほんのりと頬が赤く染った。
『ありがとう。私も徹だって、本当に格好良い
ことはちゃんと分かってるからね。
すっごく素敵なところは、他の女の子達より
も一応知ってるつもりです。
あっ、でも自慢はしちゃダメだからね。』
上目遣いで、恥ずかしそうに笑う美月の顔を
見て、彼の思考回路は一旦停止した。
それは、今まで味わったことの無い、何とも
いえない甘い表情に及川は動揺して、口を
ポカンと開けている。
はいいいぃ?!!!
今、この子めちゃくちゃ可愛いことを言って
くれたよね!?
滅多に口にしない美月が試合以外の場で
自分を格好良いと言った。素敵だと言った。
しかも異性だと認識した目でこっちを見て。
この出来事は及川にとって衝撃的だった。
浴衣効果は絶大だったのだろうか、それとも
この花火大会の空気が2人をこういう雰囲気に
させたのだろうか。
お面は残念だけどねという彼女の声も届かず、
彼の顔は一気にかあっと熱を持って、ぐるぐる
と及川の頭には憶測が駆け巡っては却下され、
所謂パニック状態に陥っている。
「おかえりーって、おい。明日嵐が来るぞ。」
気がつけば、あれこれと悩む間に既に仲間達の
いた場所へと戻って来ており、普段は絶対に
ありえない腕組みスタイルに嫉妬よりも先に
花巻は驚愕の声を上げる。
そして恥ずかしさに根をあげたのは及川で、
花巻の言葉に怒る様子もなく、つかつかと
唐揚げ片手に三角座りで腰掛け、黙々と食べ
始めるので、お前もかと彼らはかける言葉が
見つからなかった。
美月は彼らが頼んだものをそれぞれ渡し、
よいしょと転ばないようにゆっくりと腰かけ、
すっかり暗くなった空を見上げて、まだか
まだかとそわそわしながら、花火が上がるの
を待った。
「美月、お前もちゃんと食っとけよ?」
後ろから少しずつしか口にしていなかったと
松川の話を聞いた岩泉が、ごく自然に彼女を
包むように背後に座り込んで、彼女達が買って
来ていたフランクフルトを差し出すと、浴衣が
ケチャップで汚れないように、もう片方の手を
彼女の前に置いて、食べさせようとする。
すると、すっかり元気を取り戻した花巻が
彼女がそれを口にするのを目にして、なんか
エロいなと呟いて、松川は先程彼女に貰って
いたスポーツドリンクを口に含んでいた為、
ぶっとそれを花巻の方向へ吹きだす。
『わ、大丈夫?タオルこれ!』
お前、汚ねーよ!と怒り出す花巻に岩泉は
呆れ顔で、自業自得だと厳しい言葉をかけ、
今の発言は気にすんなと美月に言い
ながら、彼女にまた食べさせた。
あまりにも楽しそうな声が聞こえて来るので、
及川も気になって、ちらっと振り返ると、
岩泉の美味しいポジションが先程の自分達の
甘い空気をすっかり霞ませており、及川が
「ちょっと、何してんの!」と怒った声を上げていれば、そのタイミングで花火が打ち上がり、
一発目を見逃す羽目に。
岩泉の肩にもたれて、寛いでいる状態で花火を
眺める姿は残りの3人からすれば、見ていて
決して心地のいい風景ではない。
なので、美月が食べ終えて、岩泉が途中で
トイレと言って離脱すると、その隙に3人が
彼のいた場所を狙って、争奪戦へと発展する。
結局彼らは30分置きに席替えをする事として、
岩泉はトイレで離れたことを後悔しながら、
諦めて別の場所へと腰をかけ、松川は彼女の項でノックダウン、花巻は間違えてお尻に触れて
そのまま羞恥に耐えきれずリタイア。
そして最後に、及川にチャンス到来で、岩泉と
同様、松川と花巻の2人とは違って、彼女も及川
には恥じらいが無かったのかそのままふざけ、
及川に自分の体重を預ける。
先程の余程余程しさは何処へやらと彼は少し
だけがっかりしたが、これはこれでやっぱり
自分の好きな美月なので、及川はそんな彼女
をしっかりと受け止め、彼女のお腹の前で手を
組み、一緒に空を見上げていた。
目の前に広がる大輪の花に見蕩れながら、
『ここに来れてよかったね。』「そうだね。」
と彼は密かに恋人気分を味わいながらも、
時折美月の様子を及川は隣で伺う。
『来年は私達、どこから見てるのかな。』
曇りの無い、綺麗な瞳で彼女は言う。
ああ、そうだ。
美月と過ごせる時間は限られていて、
卒業まで、時間は迫ってるんだ。
彼女がぽつりと呟いた言葉に及川は突然
ぐっと胸が締め付けられ、浮ついた気分が
途端に現実に引き戻されているよな気がして
息が苦しくなる。
でもこの息苦しさは、きちんと受け入れな
ければならない。
彼はゆっくりと息を吸って、その息を深く
吐くと、ぎゅっと彼女を抱きしめる力を強め、
彼女の頬に自分の頬を寄せる。
そして、彼は彼女に告げるのは今だと考えた。
「美月に言わなきゃいけないことがある。」
言えてなかった、大切なこと。
美月に呼びかけるようにそう言った言葉を
耳にした岩泉も驚く様に及川を見ていたが、
そのまま空を見上げて、黙ったままで花火を
じっと見つめる。
そして、花巻や松川も彼を止めることは無く、
同じ様に黙ったまま空を見つめた。
最後に打ち上がる花火を見てからなのか、
及川が耳元で告げた言葉からなのか、
美月は空を見上げたまま目を大きく開くと、
花火、終わっちゃったね…と及川に言葉を
零し、いつもと変わらぬ笑顔を見せた。