こっちだって心配
美月と分かり合えた翌日から、すっかり調子を
取り戻した及川は、コンディションも万全で、
万全過ぎて、周りからは顔が煩いと思われる
程だった。
「今日もなかなか暑いな。」
『もう、だから何でみんな暑いのに引っ付いて
くるのー。』
彼女の頭に顎を乗せてちょっかいを出すのが、
今の彼らの中のブームなのか、ドリンクを飲む
松川が、今度は美月に抱きついて、彼女のお腹
へと手を回すので、美月はまたそれを解いて
彼の頭にタオルを乗せ、わしゃわしゃと大型犬
を扱うように彼の頭の汗を拭いた。
すると、それを羨ましく思う花巻がじりじりと
催促する様に近づくので、仕方なく彼の頭にも
バサッと掛けて、わしゃわしゃと拭いていく。
すると、悪ノリした及川や岩泉もふざけて並び
始めるので、彼女は途中でもう!とタオルを
彼らの肩にかけて、放棄した。
『キリがない!!!』
美月の嘆きに及川と岩泉は笑い出し、彼女も
一緒になって笑ってまたタオルに手をかけ、
及川と岩泉にも同じ様にちゃんとわしゃわしゃ
と拭いてあげて、彼女はひと仕事終えた顔で
腕を組んだ。
先日の少しピリついた空気が戻ったことに、
後輩も彼らのこのやり取りを見て、安心する
のだった。
「美月さんもやっといつも通りだね。」
「美月さんは、前からいつも通りだろ?」
何となく、元気な振りをしているように見えて
いた国見は、彼女も調子を取り戻した様に
見えて、少しホッとしていた。
大好きな先輩が辛そうな姿を隠して、元気に
振る舞う姿はやっぱり、見ていて辛い。
国見も彼女から先程受け取ったタオルで汗を
拭って、金田一にそう話しかけると、鈍い彼
からは、よく分かっていないようだった。
国見はそれに溜息を吐けば、金田一は何だよ
と彼をじろりと国見を見て、国見も何でも
ないと言いながら、同じ視線を彼に返した。
昨日及川の話をしたというのに、何でこうも
彼は少し鈍感なのだろうと呆れてしまう。
自分の大好きな人もまぁ、鈍感過ぎなのだか。
「あ、美月ごめん。そういえば狂犬ちゃん、
1次予選終わったあとから練習参加すること
になったから。」
『あ、そうなんだ。うん、了解。』
及川から京谷との練習再開が試合後と聞いて、
少し気持ちに余裕が出来た彼女はノートと共に
置いてあるスケジュールを持ってきて、それに
日付を書き加えていた。
隣にいた花巻がそれをチラ見すると、とある
人物の誕生日の記載もあったが、その言葉を
聞いたら、やっとご機嫌が戻る目の前にいる
人物が不機嫌になってしまうので、さすがに
面倒臭いのか、見て見ぬふりをする。
そして、いよいよ来週に迫る一次予選と書か
れた文字を見て、彼も「近づいてきたな。」と
言葉を漏らした。
「…ぶえっくショイ!!」
突然、大きなクシャミをする及川に驚いて、
美月の肩は跳ねて、汗で冷えたのかな?と
彼女が大きめのタオルをベンチから持ってくる
前に、岩泉が先に怒声と共に及川に拳を振り
上げ、及川の悲鳴が聞こえてきた。
「この大切な時期に風邪なんて引いたら殴る
って、何度も言ってるだろうが。」
「風邪じゃないんだから殴んないで!
…もうクシャミなんて、女の子達に噂され
てるだけなんだから、いちいち心配してくれ
なくていいんだからね。」
及川の言葉に苛立つ岩泉が殴ると、及川の悲鳴
が聞こえ、心配していた美月も呆れてタオル
を片付けようとしたら、「美月は心配して!」
と言う我儘具合に、花巻も後輩たちも呆れるの
だった。
「バカにつける薬なんてねーんだから、
及川なんてほっとけ美月。」
「マッキー酷い!」
『…っくしゅん!』
「え、お前も?大丈夫??」
突然、彼女も手で口元を押さえてくしゃみを
すれば松川も彼女の心配をし、及川がふざけて
「あの時のあれで移った?」と昨日の二人の間
には抱擁しか起きていないのに、それっぽい
ことを言ってみて、それを耳にした岩泉は及川 を睨み、再度彼へと拳を振り落とす。
「お前、美月にも移してんじゃねーか!」
「痛い、痛い!たまたまだよ岩ちゃん!!!」
「美月さんも汗かいてるのに拭かないから。」
『英、ありがとね。』
先輩達のお馴染みのやり取りの横で、再度
くしゅん!とくしゃみをする美月に見兼ねた
国見が、タオルを持ってきたらわしゃわしゃと
彼女の汗を拭き取るので、花巻と松川はどっち
が大人なんだかと苦笑いを浮かべる。
国見は及川が彼女と仲良しアピールをするのは
いつも通りだとわかってはいても、今日ばかり
は彼の心も苛立たせていたのであろう。
「寒くないですか?」なんて、汗をかく程の暑さ
のはずなのに、煩い先輩の目を盗んでぎゅっと
国見が彼女を抱きしめたら、自分は無意識に
抱きしめる時があるというのに、後輩からの
抱擁は慣れない様子で、顔を赤くして大丈夫
だから!と胸を押しのけて、離れようとする。
『え、ちょっと。英はいつからそんなに
逞しくなってたの?!』
「俺も一応男なんですよ、先輩?」
彼女が離れようとしたことに少しムッとなった
のか、わざと抱きしめる力を強めたら、国見の
体格の良さに戸惑う彼女が面白くなり、つい
先輩にも関わらず、国見も彼女を揶揄いたく
なって、つい遊んでしまっていた。
国見から見れば、小さくて華奢で脆くて、
でも優しく芯は強い、大好きな大好きな先輩。
美月さん、もっと俺を男としてみてください。
中学の時のとはもう違います。
この前だってちゃんと言ったじゃないですか。
もっと後輩も頼ってください。
言いたい言葉は彼の中には溢れ出てくるが、
全部伝える勇気はまだ無くて、自分の心の中
へと閉じ込める。
「国見、お前ずりーぞ!!」
もちろん、そんな抱擁を矢巾は許す訳がなく、
べりっと2人を引き剥がし、矢巾が「コイツは
気をつけてくださいね!」と注意をしながらも
どさくさに紛れて、矢巾も彼女にベタベタと
していたので、国見は悪態を着いた。
『こらこら、喧嘩しないの!』
美月は矢巾を宥めるように、彼のタオルで
汗を拭ってあげると、彼の鼻の下が嬉しそう
に少し伸びて、国見からすればそれも気に
入らない。
そのまま、練習再開の合図が聞こえて美月も
タオルを全部回収したら、それを全部洗濯機に
持って行こうとして、その場からは姿を消して
いた。
『英、こっちこっち…!』
そして、いつの間に戻ってきたのか彼女は国見
を呼んで手招きをして、先輩達が見てないこと
を確認すると、彼女の方へと近寄った。
『昨日から心配かけて、ごめんね?』
ハグしてくれた時に気付いちゃった、遅く
なってごめんと付け足して、小さい包み紙に
入ったそれを1つ彼に渡すと、それを見た彼が
驚いて彼女を見るのだった。
「え、塩キャラメル?」
国見の言葉に美月は慌てて、しーっ!と言い
ながら、人差し指を立て、『残り1個なの!』
と皆には内緒にしたいのか、小さい声で彼に
告げて、彼も見つからないようにすぐに自分の
口の中へと放り込む。
「あ、美味しい。」
ぽつりと国見の呟いた言葉に美月は嬉しそう
に微笑んだ。
この人は、どうして恋心は鈍いくせに、
こういう心配をかけてしまった時の勘は
良いのだろうか。
甘くてしょっぱくて、胸が暖かくなるのは
彼女と一緒にいる時に感じてしまう味と
重なって、彼は優しく彼女に微笑みを返す。
「美月さん大好きです。」
相変わらず、鈍い彼女は『私も大好きだよ。』
といつも通りの後輩を愛でる瞳で微笑んで、
また彼の背中を頑張れ!と押すのだった。