緊張の初体験

『烏野も伊達工も残ったんだね。』


一次予選には出場しない彼らはいつも通りの
練習を済ませ、二口と影山と清水から連絡が
来ていた美月がスマホから来たメールを見て
ぽつりと零せば、「それ、どこ情報?」と目を
光らせた及川の表情にビクッと肩を揺らした。


『とっ友達…!ほら潔子とか。』


その視線を避けるように、それぞれに返事を
送りながら、美月がそう答えれば彼はふーん
と言いながら彼女を怪しむように見るが、
にこにこ笑って誤魔化そうとするので、彼は
諦めて、まぁいいけど。と言いながら、汗を
かいたシャツから別のシャツへと着替えた。

「なぁ、今日ラーメン食って帰らね?」

「おっ、いーね!」

着替え終えていた花巻がそう提案をして、
周りは彼に乗ってラーメン屋に行く気満々に。
もちろん美月にもどうするか尋ねると、
いつもは同じく乗り気の彼女が申し訳無さそう
に両手を合わせ、お誘いを断るのだった。


『今日は、親戚が泊まりに来るからパス。』


「あ、そうなんだ。残念。」


「じゃあ、俺達も今日は美月の家にお邪魔
したらダメだね。」


『うん、ごめんね。』


そう言って彼女は途中まで彼らと一緒に帰り、
そのまま自宅まで着くと、上手く演じれた自分
を褒めながら、玄関で膝を着くのだった。

とある人物とのメッセージのやり取りを確認
すると、彼女はすぐにキッチンに向かって、
作業に取り掛かるのだった。



翌日、紛れるにはどちらの服装がマシなのか、
彼女はジャージともう1つの服を並べ、2つの
服を見比べて、睨めっこを始める。


『徹のファンの子って皆すごいよねー。』


ふと彼女は及川のファンを思い出したのか、
思わず及川の視線を得る為に皆が可愛く見え、
試合があれば綺麗な服を身に纏った彼女達を
思い出し、尊敬の意を込めながら遠い目を
する。

そう言いながら、髪の毛を今日だけは緩く巻き、
何処から借りたのか白鳥沢の制服に袖を通し、
美月が意気込むのも無理はない。


本日、月曜日でもあったからか、彼女は生まれ
て初めて差し入れという物を持って行こうと
していたのだ。


そのきっかけは、牛島に花火大会の時のお詫びをしようとメールを送った所から話は始まる。

ふと美月が彼の誕生日が近いことを思い出し
た彼女は、お詫びも兼ねて誕生日プレゼントを
渡したいと考えた彼女は、せっかくなら迷惑にならない彼の喜ぶものを確認してから用意を
しようと彼に聞けば、予想外も予想外で牛島に
手作りプリンを催促されてしまった。

それは、時は遡って中学時代に及川が牛島に
彼女のプリンが美味しいと自慢をしていた
らしく、彼は以前からその味が気になって
いたのだ。

保冷剤をしっかり入れたプリンを可愛い小さめ
のクーラーバッグに入れて、自転車に乗って駅
まで行くと、今度は白鳥沢行きのバスを探して
乗り換える。

他校の学校に乗り込むのは、以前写真部の友人
にモデルを頼まれた時以来で、そこの被服部の
女子と仲良くなった彼女は、相談をすれば、
せっかくなら彼を驚かせてみたいとその女子は
言い出して、まさかの白鳥沢の制服を着ること
になってしまった。
お盆休みと夏休みが重なったからこそ出来た
サプライズ。
普段と違う服装に、少しだけ胸を弾ませた。

『恥ずかしいかなと思ったけど、これは
これで目立たないからアリかも!』


お盆休みのはずなのに白鳥沢のレギュラー陣
は、みんな実家に帰省はせずに、練習をする
と連絡があったので、彼女はそこにもまず
驚いたが、さすがは人気強豪校。
自分の通うギャラリーとその量は変わらずで、
改めて彼らの人気を思い知らされるのだった。

普段こちら側にいることの方が少ない彼女は
気兼ねしたのか、他のバレー選手に言付けて
さっとプリンは置いて帰るだけにしようと心に
決める。

『見られても負けませんってことかな。
悔しいけど、カッコイイじゃん。』

せっかくだから、練習風景をだけは目に収めて
おこうと、彼女もギャラリーに紛れて眺めて
みると、インターハイ予選以来の光景に胸を
弾ませた。

牛島だけでは無い、他のメンバーの動きにも
釘付けになって、つい見入ってしまうと不覚
にも瀬見と目が合ってしまった。


「んん?アレ、あの子どっかで見た事ある…
まさか、美月?」


「瀬見さん、ついに暑さで頭でもやられたん
じゃないですか。うちの制服ですよ?」


「賢二郎、もう少し言葉をオブラートに包めよ。」


美月は白布と会話をしている瀬見に焦り、
また女子達の中に姿を消して、身を隠した。
まずい、ここままだとやはりバレてしまうと
考えた彼女は、このままひっそり手渡して
帰ろうと、背を向けたその時だった。

「きゃっ!!!!」

『危ない!!!』

牛島のスパイクがネット越しの天童の手を弾き、
勢いつけてそれは2階まで飛んで、ギャラリー
の女子の方向に向かったので、美月はつい、
いつもの癖でぶつかりそうになった女子の手を
庇うように引いて、自分が前に出て慣れたよう
にその球を弾き飛ばした。


「え、美月ちゃん…?」


『…しまった、つい。』


美月の背後には守ってもらって頬を染める女子
の姿と、目が合うその先にはぱちぱちと瞬きを
しながら固まる牛島の姿。
彼女の中で救いだったのは、そこに鷲匠の姿が
無かったことだった。


「美月さん、結婚してください!!!」


「だから、お前はどうしてそこまで話が
ぶっ飛ぶんだ。」


すっかりレギュラー陣に捕まってしまった美月
は、普段見ることの無いふんわりとした髪型に
自分の学校の制服を身に纏う彼女を見たから
か、興奮気味の五色に肩をガシッと捕まれて、
突然の求婚に困り顔で笑っていると、白布は
五色を睨みながら、物怖じしない彼の腕を
圧力をかけて解いた。


「借りてきたにしても、お前そんな目立つ生徒
はウチにはいねーぞ?」


『瀬見君、それは絶対に嘘だ。白鳥沢だって、
可愛い子多かったもん。』


「美月ちゃん断トツで可愛いし、
あそこの誰よりも足が綺麗だったよ?」


『ええっ!!!』


「お前もどこ見てんだよ!!!」


瀬見の言葉に戸惑うように自分の身なりを確認
すれば、天童がサラリとそう言い退けるので、
瀬見まで顔を真っ赤にしながら怒るのだが、
天童は顔色変えることなく、「エロいよねー。」
とニヤけて笑う。

天童の言葉に白布も五色も静かになって、
ゴクリと喉を鳴らすので、大平は苦笑いを
浮かべていた。


『スカートの丈は身長的にしょうがなくて!』


天童のその言葉に更に恥ずかしそうにスカート
を押さえていると、それが不服だった牛島は
ベンチに置いていたジャージを彼女の腰へと
巻いて袖を結んだ。


「風邪をひいたら大変だ。」


『若利君、ありがとう。』


そのまま彼女の手を引いて、体育館から連れ
出し、それについて行きそうになった五色を
先輩達は押さえ込んだ。

2人きりになったら、少しだけ美月の緊張も
解れて、牛島も花火大会の時の彼女から戻った
事に安心をしたのか、優しく微笑んだ。


「すっかり、元気になった様で何よりだ。」


『その節は、大変お世話になりました。』


深々と牛島に頭を下げながら、肝心の差し入れ
という名の誕生日プレゼントを渡しそびれて
いた美月はハッと我に返り、急いでそれを
牛島に渡すと彼はそれを受け取らず、彼の反応
に不安になった彼女の眉は八の字になった。

「せっかくなら…。」

彼はそう言って巻いていたジャージを解いて、
自分の肩に掛けると、もう一度頼むと催促を
するので、受け取らない訳では無かった彼に
混乱していると、牛島は身を屈めて微笑んだ。


「その姿で美月にちゃんと祝って欲しい。」


自分の学校の制服を着てくれていた事が相当
嬉しかったのか、そう言ってお願いをされる
ので、彼女はコクコクと深く頷いて、彼に
プリンを差し出した。


『誕生日おめでとう、若利君。
…これ、つまらないものですが。』


「つまらない物なわけが無いだろう。」


美月の言葉を聞けば満足そうに受け取って、
そう言ってまた彼女を自分の元へと引き寄せる。

その姿は自分の物になってくれた様な気がして
浮かれてしまい、彼女の額に思わず唇を寄せる。

『待って待って!ファンサービスが過ぎるよ。』

彼女はパニックで目をぐるぐる回しながら、
彼の胸に顔を埋めるのだった。


「で、プリンはみんな分なんですね。
本当に気が利く人ですよね、美月さん。」


「みんなで楽しく食べて欲しいんだと。」


「優しさが味にまで湧き出ています。」


「本当に美味しいな。」


「ホント、なんで白鳥沢じゃなくて青城の
マネージャーなんだろ。
制服姿の美月ちゃん、可愛いかったなー。」


「若利が嬉しそうだから何でもいいや。」






top