守れない悔しさ

合宿初日から美月に寄ってくるOBの姿を見て、
後輩達も彼女がバス移動の時から乗り気では
無い事に納得をした。

その中でも特に厄介なのは、彼女達の1つ上
らしく、美月が作業の合間に彼女の名前を呼び、
耳打ちをする元先輩が向ける目は、見ている
こちらも気分が悪くなる程悪質的で、3年生と
いる時の彼女の反応とは全く違っていた。

国見と金田一がその光景を見て顔を顰めると、
矢巾は悔しそうに慣れろと彼らに言い聞かせた。


「美月さん、2年間凄く我慢したんですね。」

「及川さん達もさすがに先輩達に逆らえないし、
美月さん可愛かったから。」


過去の彼女を矢巾が説明しながら、それに…と
言葉を続けそうになって、やっぱり何でもない
と矢巾はセクハラが酷かったことだけを伝えて、
後輩達は心配そうに彼女を見つめる。

国見は、そのOBの1人が彼女の背中に馴れ馴れ
しく触れている事ですら気に入らないのに、
彼が美月の耳元に近寄りながら、妙な手の動き
を見せた後に、明らかに彼女の様子がおかしい
ので、彼女に用事がある素振りを見せながら、
国見は金田一にも声をかけて、その男が離れた
後に気にかけるように近寄った。


「美月さん、大丈夫ですか?」


『あ、国見…!』


下の名前で読んでくれていた彼女が、余所余所
しく苗字で呼んで、困った顔で顔を赤くして
胸元を押さえていたので、彼はそれで彼女に
何が起こったのかを察したのか、すぐに国見が
金田一を引っ張って彼女を端に連れて行き、
壁になる様に彼女の前に立った。


「…ホック、外されたんです? あの人達、
タチが悪すぎでしょ。
ほらほら、金田一も顔は逸らして。」


「えっ!…ホ、ホック!!?」


「金田一、ちょっとうるさい。
恥ずかしいのは美月さんなんだから。」


2人のその会話を聞いて顔を真っ赤にして動揺
する金田一に、国見は大きな声出さないでよ?
と彼を静かにさせようと脇を肘で軽く突いた。


『よかった、抜け出せそうに無くて…』


申し訳無さそうにする彼女に、国見はここなら
絶対に見えないからと安心させて、彼女は彼ら
に謝りながら手早く元に戻した。


『ごめんね、ちょっと油断した。
昔から悪ふざけが過ぎる先輩なの。』


「セクハラの度合いがおかしすぎですよ…。」


『金田一も怒ってくれて、ありがとうね。
でも、ここは絶対に穏便にして欲しい。
私は、もう大丈夫だから。』


金田一もありえない悪戯に怒りが湧いたのか、
そう言って美月の心配をすると、彼女は何度
もありがとうと言って、彼らに練習に戻るよう
促し、コーチ達の方向へ駆けて行った。


「国見ちゃんも金田一も美月のサポート
ありがとね。ほんと、助かった。」


「俺らからも礼を言わせてくれ。」


元の場所に戻ると、及川達も彼女の様子には
気がついたのか、岩泉も罰が悪そうに2人に
お礼を言うので、彼らはペコリと頭を下げて、
それ以上は何も口にしなかった。


「あー、くそ。初っ端からやられたか。」


一日の練習スケジュールを終え、自主練に突入
すると、岩泉が気に食わないといった表情で
美月の様子を伺い、負けず嫌いな彼女は平気
な訳がなく、彼女も悔しそうにモップで鬱憤を
晴らす様にゴシゴシ床を磨いていた。


花巻がおー、やってるやってるといつも通りの
飄々とした態度で彼女に声をかけ、ムッとした
不機嫌そうな顔を花巻に向けると、やられたな
と松川が一言彼女に向けて、それに笑って嫌な
気分を流そうとしてくれる花巻を見たら、彼女
の気分は少し軽くなった気がした。


「さっき国見から聞いたけど、早速洗礼を
受けたんだって?」


「俺らより相変わらずやる事がガキだな。」


『しーっ、聞こえちゃう!』


人差し指を美月が立ててそう注意すると、
ああ悪ぃと松川が顔を顰めるが、反省をして
いる表情では無かった。

それに困った様に彼女は笑っていると、松川は
でも…と言葉を繋いで、申し訳無さそうに彼女
を見る。

「そんなあの人達から、守れない弱い俺らは
もっとガキなんだけどな。」


悲しそうな松川の表情を見ると、彼女の胸も
苦しくなって、仕方ないよと眉を八の字にして
答えるしか出来ない。


『やっぱり、あくまで先輩だもん。』


「悔しいが、経験分プレイも向こうがやっぱ
上だしな。」


花巻がポケットに突っ込んで、不服そうにそう
言い出すので、彼女はそのマイナス思考な言葉
には納得がいかないのか、また怒ったように
口を尖らせた。


『だから吸収するために来たんだろうが、
ボゲェ。』


「まだ岩泉の真似する元気はあるんだな。」


「ブッ!似てるし。」


「あ?似てねーよ。」


3人の会話を耳にしていたのか、吹き出した
花巻にそう言うと、仏頂面で美月の額を指で
弾くが、辛い思いさせるなと小さい声で労いの
言葉を掛けてくるので、彼女は少し赤くなった
額を手で押さえて微笑んだ。

岩泉は彼女を守れない悔しさを胸に残すが、
今は自分達の為に頑張って耐えてくれている
彼女の時間を無駄にしない様に、練習に励む
しかないと自分に言い聞かせ、グッと握り拳
を堪えるように作る。

そんな岩泉の気持ちを彼女も汲み取ったのか、
怒らないのと宥めるように彼の拳を手に取り、
それを撫でながら優しく解した。


「1つ言っておくけど、レベル高いプレイをして
いるのは、あの人達じゃないんだけどね。」


及川がボールを片手にくるくると回しながら、
にっこり笑ってそう言えば、だから、しーっ!
と美月はその失言にまた焦る様に人差し指を
立てるが、大丈夫だって!と及川は軽く笑い
飛ばした。

及川のその反応を見て辺りを見回すと、厄介な
先輩達は自主練には参加しておらず、そこには
いなかった。

そして大学生達も早めに切り上げ、残るのは
自分達の学校のみとなり、そこでやっといつも
の空気が戻った気がした。


「もうここにはいないし。」


『あ、そーなんだ。なんだーー。』


彼女の肩の荷は下りたのか、ほっとした顔を
見せてため息を吐き、花巻がひょいっと彼女の
モップを取上げると、及川はボールを彼女に
パスをした。


「美月は今のうちにモヤモヤは飛ばし
ちゃいなさい。」


『及川君、いつものお願いします!』


「はいはい、どーぞ!」


美月はそう言って及川に向けてボールを投げ、
彼は慣れた手つきで、彼女の大好きな高さと
タイミングでトスを上げれば、彼女はニヤリと
笑って、駆けて跳ぶ。

バシィィンっと床に打つそれは、時折彼女が
打つものの比じゃないくらいに力強く、その音
で後輩も驚いて、彼女の方に視線を向けた。


『ふふっ。今のは先輩の股間めがけて思い切り
打ち込んだイメージ。』


語尾にはハートマークを付けながら、ピース
サインを及川に向けてさらっと爽やかな笑顔で
そう言い切ると、彼女からじわじわと黒い
オーラが纏うのが目に見えて、あ…うん。と
思わぬ彼女の発言に言葉を詰まらせていた。


「美月さ、やっぱり平気そうに見えても
ストレス半端なかったんだね。」


「うーわ、今の想像したら…死にそう。」


その威力に圧倒され、松川と花巻は自分で想像
をしてしまったのか、青ざめた顔できゅっと
自分の大事な所を両手で押え、岩泉は「お前、
股間とか言うな…。」と呆れた顔で彼女を見る。


「え、牧野さん笑ってるのに目が笑ってない。」


「いや、俺もあんな美月さんは初めて見た。」


後輩達も普段の穏やかな彼女から見えない迫力
に、少し怯えた様子で彼女を心配し、国見だけ
は「本当にすればいいのに。」と平然とした顔で
彼女を見ていた。



「健気な美月は、アイスを溝口君からまた
奢ってもらおうね。」


「美月さん、今日ボトル俺達で洗います!」


『それは私の仕事だからダーメっ!』


「牧野さん、俺の太腿また揉みます?」


『…金田一、覚悟ーー!!!』


「待って、なんでそこだけは素直なんスか!」


「美月、疲れてんの?俺のおっぱいも揉む?」


『花巻のはイヤ!どうせなら渡がいいっ!!!』


「えっ、ちょっと…待ってください!!!」


「おい、誰かこいつ止めろ…。」




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