夏の醍醐味
彼女の姿を見た瞬間、全員が彼に感謝をした。
「信じてたよ…まっつん!」
「もうお前には頭上がんねーよ。」
及川と花巻が込み上げる感情を抑えながらそう
言うと、今度は美月に可愛い似合ってると褒め、
岩泉はそれを直では見れずにいるのか、少し頬
を赤めながら顔を逸らし、誤魔化すように美月
の浮き輪を足踏みしながら膨らます。
松川は何処か誇らしげにしていて、堂々と彼女
の手を握っていると、及川は感謝しながらも
もちろんそれ以上の事は許さず、直ぐに繋がる
手を解いた。
合宿最終日も穏便に終え、次回の練習試合は
来週となり、夏休みの最後の日曜日は練習も
オフ。
学生最後の楽しみは海で締めようと決めていた
彼らは、バスに乗って近場の海水浴場へ遊びに
来ていた。
更衣室で着替えて、屋根のある休憩スペースを
確保して、レジャーシートを広げていると、
案の定、早速移動中に大学生にナンパされて
いた美月をこの中で1番身長がある松川が牽制
をして、彼女の手を引いてみんなの所へ連れて
行く。
そしてリードされながら彼らの所へ辿り着けば、
御三方は先程の反応を見せるので、相変わらず、
褒めらる事に慣れない彼女は恥ずかしそうに
笑って、自信がなさそうに彼らにお礼を言い、
潮風で揺らめくパレオが、彼らには眩しく
見えた。
『松川が助けてくれたから、助かった。』
「美月。お願いだから、今日こそ一人で
歩いちゃダメだからね?」
「格好、わかってんだろうな?」
『はい、先程思い知らされました。
皆、夏で感覚麻痺しちゃってんだろうね。』
及川と岩泉がそう言って釘を刺せば、彼女は
しっかりと返事をしたものの、いざレジャー
シートに座ると、呑気にカバンから取り出し
た日焼け止めを塗るので、その光景に思わず
花巻からも呆れた声が出る。
「美月、お前なぁ…。」
「今、俺達言ったじゃんか!!!」
パレオをぴらっと捲って大胆にもそこから脚を
覗かせて日焼け止めを伸ばす彼女を目にして、
4人は結局無自覚なその人物にため息を吐く。
「何この、胸は隠して脚隠さず…的な?」
「おい、背中も出てんぞ。」
「ちょっと、ちゃんと塗らないと後で痛い目
見るよ!」
『徹ごめん、届かないから塗って欲しい。』
「あー、くそっ…はいはい!」
花巻と浮き輪を完全に膨らませた岩泉がそう
会話をする先で、及川は美月に自分で塗るのが
難しい箇所を頼まれて、彼は理性と戦う様に
そこを塗り、彼女はそれに対して恥らうどころ
か、髪を上げながら髪を結い始め、不意打ちの
項攻撃に及川の方が音を上げた。
「あー何でそこで…、はいはいそうですか。
ドキドキも無しですか。」
『徹はさっきから何を言ってるの?』
「ああ、あれは病気だほっとけ。」
「ひでーな、岩泉。
でも少しだけスカッとしたわ。」
「んー、相変わらず気持ちいいくらいに
報われないね。」
「まっつん、うるさいよ!」
半ばヤケクソ気味の及川は準備運動をちゃんと
済ませており、がばっと羽織るパーカーを脱ぐ
と、美月の膝にバサッと投げ、彼女の浮き輪
を奪うように担いで、海の方向へと走り出す。
「ふーんだ、美月はまだ泳がせないもんね!」
彼は一瞬足を止めると舌を出してそう言い
ながら振り返り、海辺へと再び飛び出せば、
不運な事に女子から所謂逆ナンというものを
食らって捕まったのか足止めをくらい、彼は
しばらく海には残念ながら入れずにいた。
「あーあ、かっこわり。」
「まぁ絶対落ちは読めたけどな。」
『これ見ちゃうと徹には言われたくないよね。
そして、私の浮き輪…。』
決して仲間達は助ける素振りを見せる事なく、
いつも通りの残念な及川のやり取りを彼らは
のんびり準備運動をしながら笑って見守って、
さすがの美月でもその輪の中には入れそうに
ないので、笑いながらも及川に取られた浮き輪
のことを考えると、少し寂しそうに哀愁漂わせ
て見つめていた。
岩泉と花巻はそんな彼女を少し不憫に思い、
2人共、目を見合わせると考えることは同じ
だったのか、2人は互いの目を見て頷くと、
岩泉は彼女の両脇、花巻は足首を持って2人
で彼女を浅瀬まで運び出す。
『ちょっ、ちょっ、なになに2人とも!』
「まぁまぁまぁ。」
「いーから、いーから。」
この2人が一致団結する時はろくなことが無く、
突然担ぎ込まれた美月は慌てて2人の顔を伺う
が、ニヤけた顔のまま彼らは彼女の質問に答え
ることなく運び込む。
途中、目を丸くする及川の姿が見えたのが最後
で、ゆっくり揺られて彼女も2人の行動の予想
がついて、反射でギュッと目を瞑り息を止めた。
「「それ、3、2、1!!!」」
『きゃー!!!』
カウント終了と共に海へとザブンと放り投げ、
もー!と怒りながら水面から顔を出す彼女を
見て、2人は満足そうに笑いだす。
2人の笑顔を見ると、彼女も釣られて笑い、
松川は楽しそうにムービーに収めていた。
『酷いよ、2人とも!!!』
「サッパリしたろ。」
「お前、リアクションやっぱり面白いわ!
松川、後で送って!」
「おう、任せろ。」
腕を組んでニカッと笑っている岩泉と、その隣
で爆笑する花巻に美月がむっと頬をふくらませ
ていると、彼の後ろにはスマホを防水ポーチに
しまった松川が楽しそうに羽交い締めにして
おり、今度は岩泉が花巻の足を持つ。
そして美月同様に花巻も海へと投げられて、
鼻に水が入ったと騒ぎ立てる花巻に彼女は笑い、
大丈夫?と半分心配もして花巻へ手を差し出し
ていると、花巻はわざと彼女の手を引っ張って
自分の胸元へダイブさせて、包み込んだ。
『ちょっと、花巻!』
「あらあら、照れちゃってかーわいっ。」
突然の抱擁にじたばた動く美月を花巻が揶揄う
と、やっと抜け出した及川が2人を邪魔するよう
に、水しぶきを上げ、2人のいる方へと飛び込ん
で来るので、2人は離れたものの、入ってきた
海水で咳き込みながら、及川に向かって怒り
出す。
「及川コノヤロ!海水飲んだじゃねーか!」
『ちょっと、徹は体格考えて!
あと、私の浮き輪返してください!』
「待って、今海に入ったばっかなのに!」
2人の反応が不服だったのか、彼は膨れっ面を
見せながらも美月をバンザイさせて浮き輪を
ちゃんとはめさせると、その浮き輪の紐を
引っ張りながら、沖の方へと向かおうとして
いると、彼女から一旦ストップの声がかかって
しまうので、彼はその動きを止める。
『あ!徹、ちょっと待って。』
「ん、どうした?」
『これ、ちょっと泳ぐには邪魔かも。』
浅瀬に上がった彼女がパレオを外して、松川が
運んでくれいたビーチサンダルの上に畳んで
乗せると、また浮き輪を被って及川の元へと
駆けっていく。
その下は丈がかなり短めのショートパンツに
なっていたのか、それはそれで彼女に似合って
おり、 2度も美味しい水着に驚かされ、3人は 目を丸くして、一斉に松川の方向を向いた。
「松川、侮れねぇ。」
「才能開花させすぎなんじゃねーの?」
露出が高いその格好に岩泉は少し不満そうに
彼女を見たが、海の中に入ってしまえば誰かの
目には入らない気がして、気がつけば浮き輪を
引っ張るのは岩泉に変わっており、ずんずんと
沖の方へと向かっていく。
『え、ハジメ待って待って。』
「うるせぇ、いいから行くぞ。」
「え、岩ちゃん。俺が先に引っ張ってたのに。」
「岩泉もホントわっかりやすいのな。」
美月が待ったをかけても、岩泉は彼女の声で
止まる事もなく、人目を避けるように進み、
不器用な彼を3人は面白がりながらも、2人を
いい雰囲気にはさせたくないと、じわじわと
その後にはしっかりとついて行くのだった。
『ハジメ、絶対に離さないでね!』
「ハジメ、離しても俺たちがいるからな!」
「ヤラシイ事しようとしても無駄だぞ!」
「岩ちゃん、無駄な抵抗はやめなよ!」
「お前らうるせーよ、ついてくんな!」