その終わりには
海を満喫したその日は夕方には帰宅をして、
遊び疲れの倦怠感から一眠りした後に目から
覚めると、及川のスマホには1件メッセージが
届いていた。
「美月…?」
半分寝ぼけながら美月に電話を掛けてみると、
時刻は既に夜の8時で、掠れた声で彼女の名前
を呼ぶと、美月はごめん、起こしたねと笑い
ながら返した。
『徹、疲れてなかったらウチ来れたりする?』
「うん、大丈夫。どうしたの?課題ならもう
ちゃんと終わってるよ。」
『…もしそれで終わってなかったら、ハジメ
と一緒にこれから説教タイムだったよ。』
待ってるねと言われて電話は切られ、何となく
寝汗の臭いが気になったので、彼はシャツだけ
着替えて、ジャージのポケットにスマホと財布
を入れると、サンダルを履いてと至って格好は
軽装備で、ほんの少しだけ、胸を躍らせながら
彼女の家へと向かう。
美月の部屋の明かりが消えていたので彼は、
不思議に思っていると、足音で気がついた
彼女は徹こっちこっち!と庭の方から手招き
をして及川を呼ぶので、彼は首をかしげながら
庭の方へと回った。
「美月、何してんの?」
『じゃーん、これこれ!』
彼女が嬉しそうに掲げていたのは、線香花火。
どこで買ってきたのか、何故か敢えてそれだけ
を準備して、一緒にやろうと笑うので、及川は
彼女に付き合ってしゃがみ込んだ。
「わざわざ、買ってくれてたの?」
『夏らしい事といえば、これもかなと…。』
「美月、ナイス。」
休みの締め括りにふさわしいそれを見た瞬間、
及川からはその言葉が出て、何よりも夏休みの
本当の最後を彼女と過ごせた事が嬉し過ぎた
彼は、口元が緩みそうになっていた。
『とりあえず、やってみます?』
「ですねですねー。」
2人でニヤリと笑って見合わせて、とりあえず
1つ目を蝋燭で灯した火で点火して、どんどん
丸くなった先から火花がパチパチと散り始め、
思わず久しぶりのその光景にお!と喜びの
声が上がる。
「懐かしいなー、いつぶり?」
『えーっと…中1の家族皆で海でバーベキュー
以来?』
「最近はロケット花火とかそっち系ばっか
だもんなー。」
『男子は好きだよねー。』
クスクス体を揺らして美月が笑うと、残念な
ことに火の玉はぽとりと落ちてしまい、呆気
なく終わってしまった。
それを見て及川も可笑しくなって笑うと、彼も
ぽとりと落としてしまい、互いのシュールな
終わり方に笑いあった。
「なんか早くない?!こんなに早いっけ?」
『これは、集中しないと長続きしないよ
徹君。』
続けて2本目、3本目と挑戦をするが、なかなか
2人は長く続かず、でもその呆気なさが笑えて、
逆に楽しんでいた。
ただ及川が気になっていたのは、隣でしゃがみ
こむ彼女の距離で、どんどん1歩ずつ離れている
気がして、気の所為だろうと思いながらも彼が
1歩進めばまた1歩離れるので、やはりそれは
気の所為では無かったようで、及川はすぐに
それを指摘した。
「ちょっと、何で少しずつ離れるのさ!」
口を尖らせる及川に美月は目を泳がせて、
『…え、やっぱりバレた?』と笑ってみせる
ので、 彼は「あからさますぎ!」と彼女に怒り
出す。
『なんか、ふと考えちゃってね?来年は
みんな離れ離れになるだろうから、少しずつ
慣れてかなきゃなっーて、思って。』
「…で、今?」
『だって、もう半年は切ったんだよ?
私は、徹とハジメと一緒にいるのが当たり前
になり過ぎた…。』
少しだけ寂しそうに笑う美月の表情を見て、
彼はハッとして、先月彼女に告げてしまった
言葉をふと思い出す。
練習に集中している時は、まだ先のことだと
頭からは抜けそうになるが、それは確かに
あと僅かになろうとしているのは現実だ。
『徹が1学期最後のミーティングで思い出を
作りたいって言ってたの、この事かと思ったら
気づいてあげれなかったなって…鈍い幼馴染
でごめんね?』
これが少しでも思い出作りになるようにと準備
されたものだと気がついて、彼はどこがだよ!
と直ぐに彼女の言葉を否定して、彼女を後ろ
から包まずにはいられなかった。
「美月、全然そんな事ないよ。すごく嬉しい。」
腕の中で軽く跳ねた美月を逃がさないように
ぎゅっと閉じ込めて、ありがとうと彼女に伝え
ると、彼女は喜んでくれたならよかったと嬉し
そうに返事をする。
『徹、まだまだあるよ!』
「うん、そうだね続きやろっか。」
でもと言いながら、及川が美月の腕を解くこと
は無く、今もその距離はピタリとひっつこうと
する。
彼女の後ろから手を回して火をつけることも、
及川にはわけない行為なので、彼が彼女から
離れることは無かった。
「ゆーっくり慣れればいいんだからさ、
いきなり離れなくてもいいんだよ?」
そう言いながら及川が顔を覗き込めば、その
近すぎる距離は、さすがに互いに意識をして
しまうのか、美月の瞳はゆらりと揺れた。
ほんのりと照らす明かりからみた彼女があまり
にも綺麗に見えて、及川もこのままその唇に
引き寄せられそうになってしまう。
ゆっくり慣れるんじゃない、その逆だ。
俺は出来るだけ、彼女の傍に今はいたい。
「美月…。」
徹、それはさすがに近いよ?と困った顔で笑う
美月の瞳を及川は逃さなかった。
ああ、このまま。ゆっくり目を伏せる及川に
驚いて、美月は一旦目を丸くさせるが、その
距離には耐えきれず、瞼をぎゅっと閉じた。
「…そう言いながらお前が耐えれない!とか
言い出して、絶対うるせえから今すぐ離れろ。」
聞き慣れた声に美月の方が驚いて、反射で
勢いよく立ち上がると、鼻をぶつけた及川は
痛みでぽとりと線香花火は落ちて消え、鼻を
押さえながら蹲った。
『は、は、ハジメ、いらっしゃい!』
「悪い、あれから二度寝した。」
立ち上がった美月は動揺を隠せないままに、
裏返った声で彼の方へと近寄ると、岩泉には
背中に腕を回され、彼の胸元へ顔を押し付け
られるので、彼女は岩泉の顔を伺うように彼
の名前を呼んだ。
「…それは、さすがにさせねーよ。」
岩泉のその言葉は及川に向けたもので、彼は
鼻を押さえながら、岩泉に言葉は返さずに彼
をただじっと見た。
「いつからいたの?」
「お前が美月に近寄る時から。
入りずれえだろ、クソ川。」
「そう言いながら、いい所で邪魔した癖に。」
「当たり前だボゲェ。」
そう言いながら彼には軽くど突かれ、及川は
笑いながら岩泉にも1本渡して、最後になる
その線香花火に火を灯す。
勝負だ。と突然張り合う2人を美月はよく分か
ってないままに、とりあえず元の空気に戻った
ことには安心したのか、美月もじゃあ私もと
しゃがみ込んで、最後のその灯りを無垢な笑顔
で見つめるのだった。
「これ終わったらさ、この後どうする?」
「早く落とした方がコンビニでなんか奢る。」
『あー止めて、喋ったら落っことしそう!』