不器用な後輩

京谷が練習に加わってから、1週間が経った。
矢巾の怒声が時々聞こえてはくるが、これと
いった大きな衝突は無く、美月もトラブルが
あればすぐ対応出来るように、練習風景を
心配しながら見届けていた。

国見や金田一も調子が特別変わることはなく、
通常通りの練習が行えている事がわかれば、
まずその週を乗り切った事に、とりあえず
彼女は一安心。


9月に入ってからは、昼間の暑さはまだ続いて
いたが、朝は涼しくなったからか動き易く、
夕方も8月程のしんどさは無かったので、
自然と心にも余裕が出来ていた。


『今のところ順調かな。1年生達が大人だから、
合わせるのが上手くて助かる。
…けど、ちょっとだけ成長が寂しいなー。』


「美月、それって喜んでんの?悲しんでるの?」


『どっちも。』


彼女をほんの少しだけ悩ませたその問題児は、
ここにはまだ到着しておらず、平穏に行われて
いる後輩達の練習風景を見届けながら、ぽつり
と言葉を零すと、通りがかりの及川がそれに
反応して、美月と会話を交わした。


体育館の端にあった埃が気になって、掃除を
しながら後輩達を眺めていたのか、彼女は手に
持つモップを支えにして、複雑な表情で哀愁を
漂わせていたので、後輩への愛が強すぎない?
と彼は苦笑いを浮かべ、彼女の近くに置いて
いたドリンクを口にする。


「確かに国見ちゃんなんか冷静すぎて、時々
俺より年下だっけ?て思う時はあるけど。」


『英は、本当に人をよく見てるからね。
あの観察力は、本当に凄いもんね。』


自分が話題に上がった事に国見は気がついた
のか、及川と美月の方向に視線を向けたので、
及川が爽やかな笑顔で手を降れば、顔を顰めて
視線を逸らしたので、彼女は辛辣な後輩の態度
に吹き出した。


「ここでは、主将が中身が1番お子様だよな。」


「マッキーにだけは、言われたくないね。
…て美月は、なるほどって顔しないでよ!」


後輩の反応にいじけている及川を目にした花巻
が2人の話に混ざり、美月は言葉には出して
いなかったが、表情には分かりやすく出ていた
のか、及川が不満そうに彼女の両頬を片手で
挟んだ。


すると、元から簡単に掴めていたが、更にその
質量が減った気がして、及川はその違和感に
眉を顰める。


「なんか美月、ちょっと痩せてない?」


『そう?体重計に久しく乗ってないから、
違いを分かってないんだよね。』


「コイツ朝が涼しくなったからつって、最近
町内を走ってんぞ。」


汗を拭うためにタオルを取りに来た岩泉がそう
補足を入れると、美月は余計な事をと岩泉を
じっとりと彼の目を見れば、何だ文句あんのか
と逆に岩泉に睨み返され、負けてしまった。


彼女が走っている最中に、何度か彼と遭遇を
して、徹がうるさいから内緒にしてねと言った
にも関わらず、とんだ裏切りを受けてしまい、
彼女は口元を歪ませる。


「美月、走るの禁止。」


『ほら、やっぱりそうなる!』


「神経擦り減らしてるの気がついてない癖に、
更に体力削ったらいつか倒れるよ!」


『倒れないように、体力作ってるの!』


「痩せてたら、意味無いでしょ!!!」


『あと、体育祭だって近いし。』


「それも理由になってないからね!」


口煩い主将から逃げるように美月が花巻の背中
に隠れたら、今回ばかりは味方になれねーと、
花巻からも逆に避けられてしまった。

自分のことになると、どうしても無頓着になる
美月に、及川は呆れて言葉が見つからないのか、
この子だけは…と頭を抱えるので、岩泉が
「今更だ、諦めろ。」と冷静に彼の肩を叩いた。


「今日の帰りはファミレスコースか?」


「おう、カロリー摂りに行くぞ。」


「それさ、マッキーと岩ちゃんがただ行きたい
だけじゃん。」


「おっ、帰りにどっか寄る感じ?」


最終的に松川も彼らの会話に加わって、及川は
練習に戻るよ!と手を叩いて、コートに入る。


『新作パフェ食べたいけど、食べ切れるかな。
…おかずだけ食べたら大丈夫か。』


「食うの手伝うから、お前はちゃんと飯を食え
飯を。」


『ですよね。じゃあ、松川に半分こして
貰おっかな。』


「おいコラ、胃腸冷やしたら食欲も減るだろが。
松川、美月甘やかすのナシだからな。」


「だって、岩泉に怒られちまうわ。」


『えー、ダメなの!?』


美月は岩泉に釘を刺され、残念そうな声を上げ
るが、丁度今晩は彼女の母親は不在だった
らしく、ご飯は作らなくて済むのかと呑気に
そこで何を食べるのか考えているので、まだ
食欲がある事に松川も岩泉も安心をして、及川
に呼ばれてコートへと入っていった。


そこに遅れてやってきた京谷が現れて、相変わ
らずのぶっきらぼうな挨拶に矢巾が、彼を睨む
姿が見えた美月は、彼らの練習を中断させるの
を避ける為に、自分が注意するからと合図を
送り、モップを壁に立てかけた。


『京谷。遅いし、声が小さい!』


京谷を特別扱いする気なんて全くない美月は、
彼にずかずかと近寄って、コツンと彼女が軽く
握り拳で小突くと腕を組むが、京谷は美月に
怒り返す素振りも無く、黙って仏頂面で彼女を
見つめていた。


そして彼は彼女へ言葉を全く発することなく、
コンビニでよく見かける、かりゃあげくんと
書かれた温かいその箱を彼女に押し付ける
ので、これどうするの?と彼女は慌てるが、
彼は構わずアップを始めた。


「牧野さんのカロリーを自分が使わせてるって
自覚はあるんだね。アレで補わせてるつもり
なのかな。」


「わかってんなら、時間通りに来いっつーの。」


『ちょっと京谷、これどうすんの!』


2人のやり取りを目にしていた渡と矢巾は、
もう食べちゃえば?と横から口を出した及川に
頷き、とりあえず貰ったそれを仕方なく口に
する美月を見て、そのかりゃあげくんは彼女の
為にわざわざ買って来ていたことに気がついた
のか、呆れた顔で京谷に視線を向ける。


国見も2人の言葉を耳にして、不器用だけど
優しいと言っていた彼女の言葉を思い出し、
なるほどねと小さく言葉を漏らした。


「京谷さんって、美月さんに何だかんだ
優しいですよね。」


すると、国見も思ったことを金田一が口に出し、
矢巾が確実に機嫌を損ねたことに気がついた
国見は、黙っとけよと面倒臭そうに悪態を付き、
冷めた目で金田一を見る。


「美月さんにはかなり迷惑かけてんだから、
気にかけることなんて当たり前だろ。」


顔を歪ませる矢巾の態度に金田一もまずいと
考えたのか、その空気を変えようと、焦って
矢巾にボールを投げ、トスをくださいと手を
挙げた。


「前から気になってたんですけど、それって
どういう…。」


国見は、矢巾の言った言葉が何を指すのかが
気になったが、詳しく彼に聞こうとすれば招集 がかかり、その内容は有耶無耶になってしまう
のだった。




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