心配な後輩

着替えを終えて部室から挨拶をして出て行くと、
その外では、及川達の着替えを待つ美月の姿が
あった。

『英、お疲れ様。』


「お疲れ様です。」


まだ後輩達も着替えていたので、気兼ねしない
ようにと彼女は壁にもたれて及川達を待ち、
先に帰る予定だったはずの国見も彼女がいる
と、練習中の及川達の言葉が気になったのか、
このまま目を離したらまた倒れるのではと、
ついつい心配になり、一緒に並んで立つ。


『ん?お先に帰ったらいいからね。』


「美月さん1人だけじゃ寂しいだろうから、
俺も一緒に待ちます。」


『ふふっ、寂しそうに見えちゃったかな?
ありがと。英は、本当に優しいね。』


後輩の優しい気遣いに、美月は笑いながらお礼
を言って、国見はあなたにだけですと心の中で
思いながら、隣に並ぶ彼女の姿をまじまじと
見つめた。


「本当だ、ちょっとだけ小さくなってる。」


『それって、身長が?』


美月がふざけて、自分の手を頭の上でひらひら
させると、「違いますよ。」と国見に冷静な態度
で返され、彼女もですよね。と眉毛を八の字に
して、少し笑って彼を見た。


『んー。皆がのびのびと練習が出来ているか、
気にし過ぎちゃったかなぁ。
少し動き過ぎたな…って自覚はあります。』


「気にするな…は無理があると思うので、
お願いですから、程々にしてください。」


それに…と言葉を続けようとして、彼は言葉を
飲み込む。


『英?言いたいことは先輩後輩関係無いから、
遠慮なく言ってね。』


「矢巾さんが、美月さんにはかなり迷惑かけて
んだから、気にかけることなんて当たり前
…て言っていたのが、ただ気になってて。」


彼女は国見の様子から、聞かれそうな事を把握
済みだったのか、それとも事情を聞かないと
納得しない国見を分かってなのか。


「前の合宿の人達が、関係してますよね。」


さすがに気になっちゃうよねと、国見に心配を
かけたことを謝りながら、彼女は過去にあった
出来事の説明を始めた。


『京谷ってね、言葉が乱暴だからどうしても
勘違いされちゃう所があるんだよね。』


矢巾達は、京谷と上級者との折り合いの悪さや
当たられる自分達を美月が庇ってくれた事が、
上級生達のセクハラがエスカレートした原因
だと思い込んでおり、その事だけではないが、
自分に迷惑をかけると言った部分はそこにある
と、美月は国見に説明をした。


しかし、美月が受けていたセクハラは、決して
京谷のせいなんかではなく、彼らの学年が入部
する前から時々起きており、彼女がとある先輩
からの告白をきっぱりと断った事がきっかけ
なのだが、新人戦での別のトラブルと全く同じ
タイミングで起きてしまい、運が悪いことに、
それらが重なってしまった。


寧ろ、彼女が上級生のちょっかいに困る姿を
見かけた京谷が、自分を助けてくれたことも
あったので、彼には感謝の気持ちの方が強いの
だが、彼の普段の周りへの態度のせいか、理解
してもらえない部分はあったと彼女は言う。


『矢巾にもちゃんと説明はしたんだけど、彼も色々と積み重なった不満があったみたいで、
なかなか納得してくれなくて。
矢巾の不満ももちろんわかるし…こういう
トラブルは、やっぱり難しいよね。』


矢巾もすごく優しいからと、自分の力が及ばな
かった事を悔やんで笑い、国見も彼女のその
表情を見ながら、黙って彼女の話を聞いた。


早速、気にかけるペース配分をミスっちゃった
と困った様に笑うので、それなら…と国見が
さっぱりとした顔で、彼女の方を見た。


「もう、ほっといたら大丈夫じゃないですか?」


美月さんにとっては終わったことだし。と先日
あった合宿を示すように言いながら、ポケット
に入っていた塩キャラメルを開けて、彼女に口
を開けるよう促し、それを放り込んだ。


「美月さんは、とりあえず美味しいものを
食べちゃいましょう。」


『んむっ。ほんとに美味しい…ってこれは
キャラメル?』


「はい、この前のお返しです。」


自分が聞いた事で、彼女に過去の辛いセクハラ
を思い出させてしまった気がして、教えてくれ
てありがとうございますと言いながら、内心は
聞いた事を詫びて、この前自分が彼女にされて
嬉しかったご褒美のお返しをする。


『ありがとう、英のお陰で元気出た。』


「もう一個、食べちゃいます?」


その甘さで顔が蕩けた美月の表情がたまらなく
愛しく見えて、包装紙を開けて、遠慮する彼女
に構わずに、もう1つも彼女の唇に押し込む。


国見は、ふにっとした柔らかい感触に驚くと、
しばらくその感触の虜になって、ふにふにと
癖になって彼女の唇に触れていると、恥ずかし
さで頬を赤くする彼女の表情で我に返った。


「すみません。俺、今すごく失礼な事を…!」


『あ…、いやっ…、全然大丈夫!!!』


失礼な態度に嫌われていないかと焦り、まとも
に彼女の表情を見れないでいると、後ろからの
冷たい注意が入り、国見は驚いてビクッと肩を
揺らした。


「…ねぇ、何してんの。」


「及川さん、お疲れ様です。」


「国見ちゃん、帰ったんじゃないの?」


『あ、こら及川先輩は後輩威嚇しないの。
今の顔、すっごく怖かったよ!国見は1人だと
寂しいからって、一緒にいてくれたのに。』


「なになに?後輩に妬いちゃってんの?
心が狭い先輩だこと。」


「うわー、ケチ川だケチ川。」


「2人とも煩いよ!」


及川の鋭い視線を庇って怒る彼女を見て、国見
は嫌われなかった事に安心しながら、その後に
着替え終えた、先輩達の茶化す通常通りのやり
取りを黙ったまま見届ける。


すると、その間に今のうちなら大丈夫だよと
手を振りながら、美月は自分を帰してくれる
動作をしてくれていたが、今は本当に美月が
大丈夫なのかまだ少し不安があるのか、彼女と
離れたくない自分がいて、彼女のスカートの裾
をぎゅっと掴み、 彼女のその動作に首を振る。


「今日は、俺もご一緒してもいいですか?」


珍しい、自分から食事に参加したいとのお願い
と、子犬のような眼差しに、彼の仕草が可愛く
てしょうがない彼女は瞬殺されて、緩む口元を
隠すように手を当てながら、もちろん!と震え
ながら答える。


『どうしよう、今日の英がすごく可愛い。
インターハイ予選以来の…きゅん。』


「可愛いは、ちょっと素直に喜べないです。」


「え…嘘でしょ。国見ちゃんが俺たちの飯に
付き合うなんて。」


「何だ国見、お前も来んのか。じゃあ、金田一
も誘うか?」


そして、その催促にびっくりしている人間は
美月だけでなく、及川は驚きの声を上げ、花巻
や松川も無言のまま目を見開きながら彼を見て、
反対に岩泉だけは、国見を気遣ってか、 部室にまだいる金田一に声をかけた。


「よし、それじゃあ行きますか。」


松川の呼び掛けで歩き出し、先に歩く及川達の
後ろで、美月は国見の耳に手を当て、こっそり
と彼に話しかけた。


『聞いてくれて、ありがとね。』


ちょっとスッキリしたよとニッコリはにかむ
笑顔を見れば、国見も彼女が素直な部分を
見せてくれていることに、自分の不安は払拭
され、肩の力が抜けていく。


美月さんが笑ってくれるなら…


練習時とは変わった、彼女の柔らかくなった
笑顔を目にしたら、国見は彼女のサポートを
より一層励むことを決意して、彼女の後ろを
護るように金田一と並んで歩いた。





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