また一つ進む

「ところで、先日の借り物競争のお題って、
何だったの?」


『んー、私か期待の後輩をおんぶ…だった
ような。』


「おっ、予想通り。」


「そりゃ、矢巾も泣くわな。」


「美月さんに、一生付いて行きます。」


バスで移動をしながら振り返る体育祭は、つい
この前の話で、大きなイベントが一つ終了し、
ここで一息着きたいところの彼らなのだが、
今は春高予選を 控えた、とても大切な時期。


体育祭の翌週には、久しぶりの県外へ遠征が
待っており、同じ県内の相手には京谷の存在を
まだ見せたくない彼らには、都合の良い試合と
なっていた。


大分、このメンバーの練習も馴染んで来て、
大学生との練習試合の時の様な緊張感は無く、
1つ隣の県でも空気は違い、美月はその新鮮さ
に胸を踊らせていると、その反対に及川達は
心配事があるのか、憂鬱気味にため息を吐く。


その心配事が的中するのは、到着して間もなく
の出来事で、女子慣れをしていないその学校
では、美月の笑顔が酷く眩しく見えたか、正に
及川は一目惚れというものを目にするのだった。


『ありがとうございます、助かります。』


洗い場からお湯が出る等の、自分学校には無い
恵まれた設備に感動してみたり、いつもと勝手
が違う美月は、ドリンクを作って戻ってきた際
に、丁寧に案内をしてくれた他校のその選手に
お礼を言うと、その笑顔を向けられた相手の頬
が、染まった瞬間を及川はすぐに見逃さない。


及川は間髪入れず、2人の間を割くように入る
と、わざとらしく彼女の手に持つドリンクの
入ったカゴを奪い、彼女に好意の目を向けた
相手を牽制をする。


『ん、どうしましたか?』


「あの、もしよかったら…」


「どうもー、ウチのマネージャーがお世話に
なりましたっ。」


県は違えど、どうも彼女の前に現れるタイプと
いうものは、似たり寄ったりなのか、向こうも
ある程度のレベルが備わっているせいか、自信
がある人間が多く、美月の隙あらばアプローチ
をかける輩は何人か現れた。


その度に、彼らを追い払おうと及川が美月の前に
立ちはだかって、彼女に近寄らせまいと目の奥
は笑っていない笑顔を見せ、その無言の圧力に
怯んだ相手は、その場からは素直に身を引く。


「ほら、美月がぽやぽやしてるから。
今、絶対にナンパされそうだったよ!」


『うーん、そんなわけないと思うけど。』


「いつもチャラチャラしている及川にだけは、
言われたくねーな。」


「お前が普段と立場が逆転して、美月に
調子狂わされてるのは、見ていて痛快。」


「岩ちゃんとマッキーは、一言余計!」


『それよりも、ここの学校お湯出たんだけど、
凄くない!?冬とか快適だよね。』


「こらこら、美月は話を逸らさないでよ。」


今回は他県の遠征なので、自分のファンがこの
場にはいないからなのか、せっかく堂々と彼女
と普段よりも多くスキンシップが取れるはず
なのに、油断も隙もないこの状況が、及川は
とにかく気に入らない。


それに全く気がついていない美月は、そのまま
無自覚に黙々と作業をこなし、その後も必要
以上に声を掛けられてはいたのだが、嫌な顔
1つ見せずに笑顔で答えているのだった。


誰にでも親切なところが美月のいい所なのは、
及川もきちんとわかっていて、自分だって彼女
の好きな部分でもあるのだが、だからこそ残り
の時間が限られている焦りもあり、自分だけに
向けて欲しいと考えてしまうのか、彼には耐え
切れない。


「今は宮城よりもマシなんだから、そこまで
ピリピリしなくても良くないか?
牛島とかいるわけでもねえし。」


「止めて、今からウシワカの名前とか聞きたく
無いんだけど。」


横から口を出す花巻と岩泉はまだ美月が何も
意識しているのがわかって、今は余裕がある
のか、松川は春高予選の頬が大変だろうと、
数週間後の事が目に浮かび、眉間に皺を寄せた。


「及川さん達見てると、いつも通りの空気に
してくれるから、助かるよな。」


「そんなこと思うのは、金田一だけじゃない?」


最初は公式の試合でも顔を合わせない学校との
ゲームに、顔を強ばらせていた金田一もお馴染みの空気で緊張は溶けたのか、寧ろ何処か冷静
になり、国見は及川と心中は同じ模様。



「美月さん、ボトル洗う時は俺も手伝います。」


『英も体感してみる?お湯、最高だったよ。』


「あの、えーっと…そうですね。」


『嘘だよ。お湯といえど、手を冷やしたら
いけないから、私に任せてね。』


美月はそう言って国見の手を取って、たまたま
冷たくなっていた彼の手を温めようとして、
彼女は自分の手を上から重ねるので、彼の手
は一気に熱を感じた。


温めてくれているのは、自分の手のはずなのに
それだけですぐに心も温かく感じて、彼はお礼
を言いながら目を細めていると、すかさず及川
が指摘をする。


「ちょっと、国見ちゃんばっかりケアするのは
ずるいって!」


『徹も冷たくなっちゃったの?貸して。
ごめん、国見。セッター優先させて。』


「はい、俺はもう大丈夫です。」


「え、待って。いや…うん、ありがとう。」


「自分で言っておいて、何照れてんだよ。」


適当に美月にあしらわれると思っていた及川は、
まさか彼女が国見に謝るとそのまま素直に自分
の手を取り、心配をして摩ってくれるとは思わ
なかったのか、お礼を一言発しただけで、急に
無言になる彼を見て、2人の横にいた岩泉は
苛立ちを見せ、及川に軽く足蹴りをした。


『この後のご褒美は何がいいかなぁ。
パフェ食べるのもありかもだよね。』


「今日はいつもより強気じゃねーか。」


『だって、今日は調整に利用させて貰うん
ですよね、皆さん?』


「そうだね。」


美月の頭の中は、既にもう1つ先のことを考えて
いて、美月の言葉に笑顔で答えると、岩泉も
及川を肯定してしっかりと頷き、彼女は2人の
背中をコートへと押し出していく。


「美月、及川がサーブミスったらパフェ奢る
らしいぞ。」


「じゃあ、俺はパンケーキで宜しく。」


「しょっぱいもん食いてえから、俺は定食な。」


「何でだよ!!!」


『そっかそっか。じゃあ徹はきっと成功する
から、残念ながら自分達で払わなきゃだね。』


「それ、逆にプレッシャー!」


そして練習試合開始の合図が掛かれば、彼女は
楽しみながら試行錯誤した組み合わせを確認
し、未だ上手く噛み合わない彼らではあるが、
可能性を見つけ出せているからなのか、不安な
表情は全く見せないでいた。


「不安定で使い所はまだ悩むだろうが、これは
攻撃としてはいい方向だな。」


「油断したら怪我をしそうで、まだまだ
ヒヤヒヤですけどね。」


『流れはいい方向に向かっていて、何より
です。』


京谷を加えての新しい攻撃スタイルに対して、
入畑と溝口が前向きな意見を述べるので、彼女
は口元がニヤつきそうになるのを我慢して、
試合のデータを取るのと並行して、手応えが
あったものをノートの端にメモ書きで書き込む。


そして仲間達の様子を見守りながら、喜びが
声にも出ていたのか、彼女が皆へ送る声援が、
いつもよりも張って聞こえていた。


『て、接触!怪我はしてないよね!?』






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