本番までのカウントダウン

『矢巾お願い、私と付き合って!』


「えっ、えぇ!?俺なんかで良いんですか?!」


「残念ながら、間の言葉が抜けてるわ。」


両手を合わせてお願いをする美月に戸惑い、
彼女からてっきり愛の告白を受けたと勘違いを
する矢巾は、花巻の冷静な指摘を聞いて、それ
もそうかと肩を落とした。


京谷に自主練を付き合って欲しいと頼まれた
ものの、自分が出来ることはパスをするくらい
で、トスを上げることは出来ても、彼の為に
なるとは言い切れない。


土壇場でのセッター経験はあったとしても、
及川や影山のような的確な位置に調節する実力
はさすがに持ち合わせていない彼女は、やはり
お願い出来るのは矢巾だと考えたのか、彼に
頭を下げていた。


「美月さんに頼まれたら断れないの、知って
ますよね?」


『矢巾の優しさには、本当に感謝してる。』


今日は少しだけ早めに上がろうとしていたの
だが、彼女に言われたらもう少し…と時計を
確認して、手に持つボトルをまた隅へ置く。


今度お礼するね!と満面笑顔で彼の背中を押し
て、コートまで誘導すると、お礼という響き
だけで鼻の下を伸ばして、彼女のされるがまま
となっていた。


「て、練習相手はお前かよ!」


彼女から、スパイクを打つ人物が誰なのかまで
は聞かされていなかった矢巾は、その後に現れ
る京谷の姿を見て、顔を歪ませる。


しかし、行くよーと彼女から笑顔でボールを
上げられたら、反射でそれを受けるしかなく
て、しばらく彼は練習に付き合わされる形と
なっていた。


「うわあ、天然お立て騙し上手。」


「まあ、アイツらの為にもなるわけだし。」


同じく、別のコートで練習をする先輩達はそれ
を呑気に観察をしていて、及川が付けた長った
らしい呼び方に松川がそう言葉を返す。


珍しい組み合わせの自主練習は、他の部員達に
も刺激になっていたのか、途中からそのネット
を挟んだ向こう側には渡が身構えており、鋭い
攻撃をする京谷のボールを受け止めようとする。
美月は、3人を見たらまた満足そうに笑顔を
見せるのだった。


「美月、寒くねーの?」


外気に合わせて上を羽織っていても、冷たい水
を扱えばすぐに体は冷えてきて、今回は花巻が
ぎゅーっと後ろから、美月に抱きついていた。


『んー。』


彼女はなぜ皆同じ行動を?と疑問が浮かびなが
らも、そんな謎のブームは毎度の事なので、
気に留めること無く返事は適当で、彼女は黙々
とボトルを洗い上げていく。


「今日はおでんコース?それとも肉まん?」


しかし、背後から美味しそうな誘惑の声が耳に
届くと、美味しそうなそれが頭に浮かんでしまったのか、家まで我慢しようと頑張っていた
のに正直な体はぐぅーっと恥ずかしい音を聞か
せた。

その音は花巻にも聞こえてきたのか、くすくす
と笑い始めたので、彼女は彼の反応に眉間に皺
を寄せた。


『も〜、せっかく我慢してるのに!』


「美月はやっぱ、分かりやすいな!」


それじゃあ、燃焼しとく?と言いながら、彼は
彼女のお腹に手を伸ばそうとするので、そこに
触れられるのはアウトなのか、ペチンと叩いて
それは阻止。


そして、背後に引っ付いたままの彼をずるずる
と引き摺りながら片付けは続け、最終的に花巻
は邪魔してやるな!と岩泉に怒られていた。


「本日も終了…っと。」


キュッキュッとマジックが擦れる音が部屋には
響き、部室の壁に掛けられていたカレンダーに
は、着々とバッテンマークが印されて、春高
代表決定戦と書かれた文字は、段々と迫って
きた。


「あと10日か…。」


今のメンバーなら絶対にいける、早く試したい。


頭の中にはそう過って、カレンダーに赤い丸で
強調された文字を及川が真剣な顔でじっと見つめている。

後輩達は先に帰って姿は無く、いつの間にやら
部室に入ってきた美月が、そろりそろりと及川
に静かに近寄って、彼の襟の中にすっかり冷え
た自分の手を悪戯心から突っ込んだ。


『徹、隙あり!』


「ぎゃっ!ちょっと、美月!?」


及川の悲鳴を聞いた彼女は、彼の反応が面白か
ったのか、けらけらとお腹を抱えて笑い、そこ
に一緒にいた岩泉達はわざと黙っていたのか、
見事に引っかかったなと他人事でスマホを眺め
ていた。


「お前らは、グルなの!?」


「いんや、お前が気が付かなかっただけ。」


『一応、ノックはしたよー。』


「てか、美月の手が冷たかった!」


触れた彼女の手の温度が心配になったのか、
ヒラヒラと振っていた美月の手を掴んで、ぎゅっ
と握り、じんわりと練習で温まった自分の体温
で、熱を送る。


『まだ水仕事残ってて、先程終わらせてきた
もので。』


「それな、氷かと思うよな?」


『まだまだ序の口ですよ。冬なんてもっと
凄いもの。』


「想像しただけで、手が裂けそう!」


「ほんと、いつもありがとう。」


及川の嘆く声と松川の感謝の声を聞くと、少し
照れ臭そうに笑って、優しく摩ってくれた及川
の温もりを受け止める。


「この前、こうしてくれたの凄く良かったから
これ、お返しね。」


『そんな事したっけ?』


「ほら、練習試合の時!」


「じゃあ、俺の温もりもお裾分け。」


「それなら、俺も。」


美月の背後には大きな影が出来て、腕が伸びて
来たと思えば、及川の手の上から花巻が重ねて、
今度は及川の背後には松川が現れて、さらに
その上から手を重ねる。


「やめろ!マッキーのごつい手の感触で、美月の
柔らかい手の感覚がわからなくなる!」


「いっぱい味わってね、と、お、る。」


「及川、何でお前少しいい匂いするの?」


「止めて!まっつんは耳元で喋らないで!」


語尾にハートマークを付けながら、花巻は及川
目掛けてウインクをして、及川の耳元からは
松川の囁く声が聞こえてきたのか、彼の背筋は
ぞわぞわっと寒気がして、鳥肌が立つ。


「一気に体が冷えるじゃん。」


「この大事な時期に風邪引いたらぶっ飛ばす
からな!」


「岩ちゃん、それはあんまり過ぎる!」


「美月、及川の風邪伝染んねーようにしないと。」


『わっ、花巻!』


ギャーギャーと騒ぎ始める及川を岩泉は腕を
組み、呆れた顔で眺めていて、美月だけは呑気
に笑っていた。


「ちょっと、マッキー美月にベタベタ
引っ付かないでよ!」


「最初にベタベタしたのはお前じゃん。」


室内が賑やかなのは、まだしばらく続く模様
で、見回りに来た教師がさっさと帰れ!と
怒り出すのも時間の問題。


『皆のお陰で、温まっちゃった。』


美月は手だけでなく、心の中もほんのりと
温まっている気がして、彼らの為に残りの時間
も出来る限りを尽くそうと、改めて決意をする
のだった。




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