2日目の緊迫

「いや、デケェな…。」


「岩泉、それ贅沢な文句だって知ってるか?」


バスの車内で、美月の作ったおにぎりを眺めて、
岩泉が一言零すと、彼らの前に座っていた花巻
が、羨む顔でそれを見つめる。


『気合い入れて、大きく作り過ぎちゃった。』


ついつい張り切ってしまったことを恥ずかし
そうにして、同じサイズのそれを美月も岩泉の
隣に座って齧って、物欲しそうに見る花巻の
視線が気になったのか、申し訳無さそうな顔
で、彼女は彼に差し出した。


『ゴメン、1口齧っちゃったけど…花巻も
欲しかった?』


「寧ろ、それが欲しいんだわ。」


「仕方ねーな、これ食えよ。」


「あっ…ちょっ、それわざとだろ!!!
お前の齧ったやつは、いらねーよ!」


花巻が欲しがる理由を分かっていた岩泉は、
美月のおにぎりも齧り、せっかくの関節キス
を台無しにされてしまった花巻は、嘆き声を
上げる。


『徹もごめん、大きかったかな。』


「ううん、丁度いい。ありがとう、美月。」


「俺にも寄越せ!!!」


「ちょっとマッキー!!何でよりによって
大事な具のところを食べちゃうわけ!!?」


幸せそうに及川が、彼女の作ったおにぎりを
口にしていると、花巻から情け容赦なく大きく
齧られ、そこで怒り出した騒がしい空間には、
溝口の怒鳴り声が響いて、いつも通りの緊迫感
なんて一切無い空気に、美月は安心をする。


彼女がのんびりとした時間を過ごせるのも、
今はこの時だけ。
岩泉はおにぎりを食べ終えた美月を確認をして、
休めるうちに休んどけと、普段よりも早起きを
した美月が心配だったのか、自分の肩に彼女を
寄り添わせようとした。


『だめだめ、ハジメの肩が痺れちゃう。』


「そんなに、ヤワじゃねーよ。」


『私は大丈夫、今は眠れそうにないし。』


寧ろ、美月は何かしていないと落ち着かないと
いった模様で、おもむろに岩泉の手を持って、
やんわりとお馴染みのマッサージを始め、
美月に優しく触れられたら、気持ちが落ち着く
彼は、もちろんそれをすんなり受け入る。


逆に彼女に体を寄せて、その心地良さに体を
休めていると、それを気に入らないと言った
様子の松川は、顔を顰めて、わざとらしく咳を
して、2人の邪魔をするのだった。


『松川、乾燥する?のど飴いるかな?』


「ん、大丈夫みたい。ありがとね。」


2日目も万全の状態で会場に赴き、準々決勝は
先に烏野と和久南、そして白鳥沢と白水館との
試合があった為、ゆっくりと準備を始めた。


美月はアップを済ませている仲間達の荷物番を
して、観客席で試合を観戦していると、及川と
岩泉が先に戻って来たので、今の状況を2人に
知らせようとノートに視線を向けた。


すると、目を離した隙にコートから鈍い、嫌な
音が聞こえてきて、倒れ込んでいる選手を目に
して、そのユニフォームの色を確認した瞬間、
青ざめる。


『えっ、嘘。』


「…なんだ?」


「ー接触した。」


自分の鞄を漁ってジャージを取り出していた
岩泉も見ていなかったのか、顔を上げてその音
に驚き、及川だけはその瞬間を目にしており、
2人に烏野の田中と澤村が激突したと状況を
伝え、それを聞いた美月は澤村が心配になり、
視線をそこから離せずにいた。


「けっこうな勢いで顔を打ったように見えた
けど。」


「え、まじか。」


『自分で起き上がったから、意識はあるよう
だけど…。結構な量の血が出てる。』


澤村が意識の確認をされた後に、出血が見え、
それが何とも痛々しく、清水の立場を考えると
決して他人事に思えない彼女は、言葉を詰まら
せて、とにかく無事を祈る。


「主将君、場合によってはこの試合、無理な
もう可能性があるね。…監督次第だけど。」


「脳震盪起こしてたら、怖ぇからな。」


「脳震盪起こしたのに、そのまま試合続行したら
夜になって、意識不明って話も聞いたしね。
軽いボールと訳が違う。」


「まあボールも当たり所によるけど。」


『そんな怖い事、絶対にあって欲しくない。
今後の事を考えたら、試合はこのまま出れない
のはしょうがないよ。彼は悔しいだろうけど。』


美月はそう言って手すりをぎゅっお握り締め、
及川の冷静な今後の疑問を黙って聞きながら、 澤村が医務室に向かう姿を見届ける。


『私、ちょっとそろそろ行かなきゃ。』


そして、自分達の試合に向けての作業が待って
いた彼女は、髪の毛を結び直して、そこからは
席を外し、とにかく今は目の前のやるべき仕事
に集中。
余計なことは考えず、作業を終えれば、そこからは、烏野の無事を祈った。


「美月ちゃん、今日はよろしく。」


『うん、怪我が無いことを願って、いい試合
しようね。』


美月は、通りがかった際にたまたますれ違った
二口ともそれ以上の会話は無く、サブアリーナ
で同じく調整をしている時も、これから敵同士
になる2人は、目が合うことはなかった。


「前の試合、白鳥沢があと5点です。」


「行くか。」


「うす。」


ユニフォームに着替え、試合の点数を確認して
くれていたそれぞれの部員から、白鳥沢の試合
が終わりを迎えると伝達があると、美月は
気持ちを落ち着かせる為に、深呼吸をする。


「美月、大丈夫?友達が心配だよね。」


『ん、私は大丈夫。潔子は、冷静だったし。
もう、今は自分のチームの心配しなきゃ。』


花巻と及川が烏野の話を出したら、美月の心境
を心配したのか、松川が彼女にそう声をかけ、
いつもと変わらぬ凛とした姿を見せるので、
彼もそれに安心をして、目を細める。


「…しァす。」


「まぁまぁ、そんな気張んないで。
君達には、来年があるでしょ?」


「関係ねぇっすよ。立場とかそういうの。
コートに入ったら関係ない。」


「だよね、知ってる。」


飄々とした態度を取る及川と反して、以前だと
二口もどちらかといえば、及川に近い態度を
取っていたはずだが、いつになく戦闘剥き出し
の表情が、普段と違って見えて、意外な一面に
美月はまた驚かされる。


『二口君、あんな格好良い顔もするんだね。』


「こら、美月ちゃんはよそ見禁止。」


『花巻さん、首の筋痛めそう…。』


「何か格好良いとか聞こえたけど、それって
及川さんのこと?」


「お前のその自信、本当に分けて欲しいわ。」


ぽつりと吐いた言葉は、花巻の耳にしっかりと
入っていたのか、ぐりっと首を二口を見ない
ようにと回されて、都合のいい部分だけを聞き
取っていた及川が、嬉しそうな顔をして、仲間
の元へと近寄っていく。


『うん、皆の格好良い所見せてね。』


顔が強ばる後輩の緊張もいつも通りに解して、
試合開始のホイッスルが鳴れば、皆の眼差しも
鋭く変わり、両者の応援が負けず劣らず響く中、
試合は始まった。








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