鉄壁を崩す
伊達工との試合は、25対19と、1セット目は
見事に勝ち取り、2セット目も調子をそのまま
にと願ったが、やはり一筋縄ではいかない。
向こうの3年生は引退して、安定感はまだ無さ
そうだが、青根と二口が前衛に回った際の壁
は、冷静に対応してもそれなりに厄介で、守備
も攻撃も怯まない姿勢は、やはり強豪。
『ハジメ、ナイスキー!』
こちらがリードはしているが、点差は2点まで
しかまだ付かせて貰えず、岩泉がスパイクを
打つと、二口がそれを取り返し、花巻が2枚の
ブロックを上手くフェイントでかわして、2点
差はとりあえず保っていた。
『花巻、いい位置!』
美月はまだ焦らず、心の中にまだ余裕が見える
のは、慌ただしく動く、ぎこちない動きを見せ
るセッターに目を追われるからなのか。
『1年生の子だっけ、頑張って上げてるね。』
必死にボールを上げる新しいセッターに感心を
していると、二口は高く上がり過ぎたトスを
打ち辛そうに跳んで、ネットに引っ掛かかると
そのままアウト。
顔を顰めている二口を彼女もさすがに不憫に
思うのだが、どうもそこのセッターには、何故
か視線を奪われていた。
「美月さんのあの顔、犬とか猫とか、可愛い
生き物を見ている時と近しいような…。」
「あー、確かに。美月さんが気にかけちゃい
そうなタイプだよな。あのセッター。」
国見と矢巾は、試合を見ながら彼女の何かを
察していたのか、ひそひそと会話をしながら、
ふと気になった美月の様子を気にすると、その
嫌な予感は正しく的中。
「…ナイスキャッチ!」
黄金川のトスが割れてしまい、青根の指にも
当たることなく、伊達工サイドのベンチに飛び、
監督がボールを見事にストンと両手で受け取る
と、そこには沈黙の間が出来上がった。
「ズンマゼン!!!校庭100周してお詫びし
ますっ!!!」
「そこはトス練しろよ!!!」
涙混ざりの声が聞こえ、頭を下げる黄金川の姿
が目に入ったら、彼の行動や聞こえた発言が、
美月のツボに見事に入ってしまったのか、溝口の
ジャージの袖をぐっと掴んで、顔を伏せて口元
を緩ませる。
『駄目だ、セッター君が可愛い。』
「美月、お前な…。」
五色とはまたタイプが違うが、この手の真っ直
ぐ系にはどうしても弱く、彼を愛でたいという
気持ちが、彼女の中にむくむくと湧いて来る。
溝口も美月の反応に呆れていると、青城の流れ
を着る作戦か、1回目のタイムアウトを取られ、
美月は急いで皆にドリンクを配って回った。
「…牧野さん?」
背後からピリッと張り詰めた声が聞こえてきて、
それが及川のものだと分かると、彼女は姿勢を
正し、笑顔で誤魔化そうとしたら、彼の両手は
美月の頬をむぎゅっと押し潰した。
「セッターが可愛いって、もちろんそれは、
俺の事だよね?」
『違う…わないです、及川さんです。』
「美月、汗拭いて欲しいなー。」
「うわぁー、力で捩じ伏せてるよこの人。」
「そこまでせんでも。」
胸を押えて、黄金川を愛でる目を向けていた
のは、もちろん及川達にもバレバレで、笑顔の
中に黒いオーラを纏った及川が、美月は恐ろし
かったのか、彼の言葉を肯定すると、仲間達は
その嫉妬深さに少し引いていた。
「よそ見すんなよ。」
『はい、わかってます。』
岩泉にも釘を刺され、タイムアウト終了の合図
が鳴って、試合が再開されれば、流れは乱され
ることなく、黄金川のツーアタック。
渡は綺麗に拾い上げたのだが、その後の岩泉の
攻撃も向こうのリベロに阻止をされ、そのあと
の攻撃を及川が取ってしまい、渡が攻撃に向け
てのトスを上げた。
周りは誰が攻撃をするのか注目する中、及川が
そのまま助走をつけ、美月も彼が狙うコースが
しっかり入ると確信し、ぐっと握り拳を作って
喜ぼうとしたその瞬間。
『え、嘘でしょ!?』
2枚だったはずの壁は、黄金川という名のもう
1枚の大きな壁に補強をされて、彼の手が及川
のボールをシャットアウト。
予測不可能だったその新しい鉄壁に、及川も
美月も目を丸くさせていた。
『徹、ドンマイ!
…今のは入ると思ったんだけどなぁ。』
「また面倒くさいチームと当たったもんだ。」
「正直、スカッとしたな。」
「確かに。」
「聞こえてっから。」
得点は自分達がリードをしたまま、あと2点で
20点を迎えようとしていて、及川のサービス
エースで、また1つもぎ取った。
そこから差をつけようとすれば、そこは抵抗を
され、セッターの体格から、打点の高い攻撃を
受けると、敵だと分かっていても、悔しいが、
その攻撃が、見ていて気持ち良い。
『黄金川君だから、なせる技なんだよね。』
両者共に接戦を繰り広げ、冷静に隙を狙った
及川がツーアタックを決め、いよいよ青城は
マッチポイントに。
「落ち着いて、まずは1本切ってこー。」
まだ粘りを見せる伊達工は、なかなか最後の点
取らせることなく、再び3枚の大きな壁は前衛
に、それを意識した及川のトスが打ちづらい
のか、岩泉の表情が僅かに動いたのを美月は
捉えた。
徹。今のは、まずいかも。
彼の攻撃がワンタッチからのフォロー、そして
黄金川の強打のツーアタックを喰らい、彼女の
嫌な予感は当たり、岩泉は及川に声をかけて
いた。
「いつも通りでいい、俺に勝負させろ。」
「…ウィッス。」
岩泉のギラついた鋭い表情と言葉に、及川の肩
はぎくりと跳ね、ブリキ兵の如く、ぎこちない
敬礼をして、彼の命令に従う。
「さっきの及川は、ブロックに捕まらないよう、
トスをネットから離したんですね。」
「岩泉はお気に召さなかったみたいだなぁ。」
「まあ、打ち辛くはなりますもんね。」
『彼の性分に合わないやり方ですもんね。
私も怒られるだろうなって、思いました。』
入畑と溝口の会話に困った顔で美月は笑う間に、
コートは次の金田一の攻撃で、勝利を決めたい と願ったが叶わず、作並が諦めずそれを受け
止めて、ネットを越す前に、黄金川が高い位置
で繋いで、青根が攻撃を仕掛ける。
『渡、ナイスレシーブ!!!』
何とか上がったボールは、及川がフォローを
して、その攻撃は岩泉へと繋がった。
駆け出す彼の目の前には、意地でも止めようと
する、3枚の大きな壁。
岩泉の高さでは、弾かれてしまいそうなその場
に、彼は臆することなく、駆け出していく。
美月にはそれが、眩しく、そして輝いて見えて
いた。
今まで通してずっと見て来た、彼女の中で彼の
1番好きな部分だと確信して、めいいっぱいの
声援を彼に送る。
『ハジメー!!!』
「締めが甘いぜ、1年坊主。」
その壁は叩き崩されて、黄金川の手の隙間から、
真ん中を抜き、地面にボールが叩きつけられる
音と共に、一気に歓声は沸いた。
『どうだ、ウチのエースは。』
真っ向勝負に挑んで勝った、頼もしいエースが
誇らしく、松川や花巻達にもみくちゃにされた
後に振り返った彼は、満足そうに美月に笑顔を
向け、握り拳を彼女に突き出した。
美月もそれに答えて、ぐっと握った自分の拳を
彼に向かって笑顔で突き返すのだった。