連絡事項
中間テストが終わり、互いに協力をした成果が
出て優秀な点数をとった彼らには、特にこれと
いったご褒美もなく、ゆっくりと羽を伸ばす暇
もなく、インターハイ予選に向けて忙しい日々
が始まった。
『よし、回らなくちゃ。』
ミーティング等、レギュラー陣には普段と違う
項目が追加され、美月は連絡事項を伝えに回る
のもマネージャーの仕事だと、2年は他のチーム
メイトにお願いをして、まずは教室の近い1年
の所へ向かう。
『あ、五色君!』
「美月さん、お疲れ様です。」
廊下でばったりと五色に会うと、彼は自分の教室
の前に美月が現れた事に胸を弾ませ、すぐに彼女
に駆け寄った。
彼の様子を見た通りがかりの生徒は、五色に犬
のしっぽが付いた幻覚が見える人の姿もいたり。
『良かった、すぐに会えた。』
「自分に会いに来てくれたんですか!?」
『うん、今日の練習前の連絡事項なんだけど。』
「ああ、やっぱりそっちか。」
キラキラと目を輝かせた後に、大事な予定を彼女
が伝えていると、耳にはしっかり入れてはいるが
しょんぼりと肩を落とし、何処かつまらなそう。
コロコロと表情が変わる後輩を美月は面白がり、
クスクスと笑った後に寂しそうにこちらを見る
五色の肩をポンと叩いた。
『今日は難しいけど、また昼休憩にのんびり
ジュース飲みながらお話しようね。』
「はい、待ってます!」
出来るだけコンディションは万全でいて欲しい。
先輩に囲まれる中、彼にも話せない事はあるの
だろうと考える美月は彼に悩みでもあるのかと
勘違いをして励ます言葉を掛けると、ひらひら
と彼に手を降って、今度は3年生のいる教室へ
向かっていった。
彼女の背中を見送る五色は、その笑顔と嬉しい
約束をした後だからか、2人でのんびりとベンチ
で過ごす癒しの休憩時間を想像して再び期待で
目を輝かせ、彼女の笑顔をまた見たいと放課後
の練習を待ち遠しく感じる。
「オアシスが去った…。」
「バレー部の先輩、なかなかにおっかなそう
だもんな。ほら、ブロック凄いあの人とか。」
「おっかない事はねえけど…。」
ポツリと吐いた五色の独り言にクラスメイトも
同意して、美月はそんな二人の会話で出ていた、
おっかないというイメージを持たれている先輩
一人の元に辿り着く。
「美月ちゃん、わざわざご苦労様。」
『いえ、これもお仕事ですから。天童先輩は
今日は先輩方とご一緒じゃないのですね?』
「本来はクラスが違うからねー。上級生の教室
なんて気を遣うでしょ。皆が何処にいるか見当
がつくから、一緒に行こうか?」
『いいんですか?先輩方にはちゃんと確認を
取りたかったので助かります。』
「お易い御用だって。ちょうど暇してたし。」
周りのイメージとは違い、後輩に世話焼きをする
天童はそう言って彼女と並び、他のメンバーが
いるはずの場所を案内した。
『今度から覚えておけば動きもスムーズかな。』
「本当にキミは勉強熱心なこと。」
いかに効率良く動けるかを考える美月に天童は
感心し、たまには手を抜いたっていいのにとも
言葉を続ける彼は、真面目過ぎる彼女を不思議
に思った。
『結構、この仕事楽しいですよ?』
「そっか、楽しんでるんなら良かった。
嫌気が刺して美月ちゃんが辞めますってなったら
皆落ち込むだろうから、安心な返答だよ。」
『ふふっ、皆さんのお役に立てているなら
嬉しいです。』
悪戯の多い先輩からの褒め言葉は胸が擽ったく
なるのか、少し照れ臭そうに微笑む美月は彼に
小さくお礼の声を伝える。
何だかんだ、優しい所があるんだよなと天童を
見上げ、彼女のその視線とぶつかると天童は
どうしたの?と首を傾げた。
「先輩の優しさが物足りない?歩くの心細いなら
手でも握ろうか?」
『天童先輩は、心を読まないでください!
…てゆうか、もう握ってるじゃないですか!』
「美月ちゃんの手ってちっちゃいねー。」
『先輩、無視しないでください!』
彼の手から逃れようとすれば、予想よりも握る力は強く、上手いこと指を絡ませ、逃げる隙を
与えない彼は満足した様子で美月の手を監察し、
そのリアクションを楽しんでいた。
通りがかりの彼のクラスメイトがその子は?と
美月を誰かと尋ねるので、可愛い妹だよとサラッ
と返す天童に、彼女は更に慌てて、ぱくぱくと
口を動かす美月は困惑する。
『…何で妹って答えちゃったんですか?』
「面白いかなーって。…彼女の方が良かった?」
『先輩も有名人だから、大騒ぎになっちゃう
じゃないですか!』
「大丈夫大丈夫、向こうも本気だとは思って
ないって。」
『だとしても…。』
「もう、そこまでにしとけ?」
美月の嘆く声を上げたのは、瀬見や大平がいる
場に到着した時で、やっとそこで天童の大きな
手から解放された彼女は、瀬見に助けを求めて
いた。
『瀬見先輩か大平先輩がお兄ちゃんなら大歓迎
です。天童先輩は意地悪ばっかりで。』
「うんうん、妹も落ち着きなさい。」
「そっか…お兄ちゃんか。」
「英太君、小さく傷付いちゃってるね。」
「お前のせいだろ!」
先程、五色に向けた先輩らしさは何処へやら。
すっかり天童に遊ばれて、しくしくと顔を手で
覆う美月を大平が宥め、本来の伝達事項へ話題
を戻す彼はすっかりとそのやり取りにも慣れて
いる模様で、牛島や山形には自分から伝えとく
からと優しくフォローも忘れない。
大平の前で天童への不満をちゃっかりと吐く横
で、瀬見がお兄ちゃんというポジション止まり
に地味にダメージを受けていると、それを見た
他人事の天童は瀬見の肩をポンと叩き、哀れみ
の目を向けていた。
「じゃあ、お兄ちゃんが嫌ならやっぱり彼氏?」
『そうじゃなくて!』
「俺って、美月ちゃんのタイプじゃないのか。
それはそれでショックだなー。」
『いや、そういう意味で言ったんでもなくて。』
「だから、後輩を困らせるな!」
シクシクとわざとらしい泣き真似をして彼女を
揶揄う天童に再び瀬見が注意して、お兄ちゃん
みたいですと感謝で輝くその視線に瀬見の心境
は複雑になる。
「嬉しいような、虚しいような。」
飛んだとばっちりをくらってしまったと、練習
でも彼女がふと視界に入る瀬見は一息吐いて、
その後も「よっ、お兄ちゃん!」と呑気に揶揄う
天童を鋭く見る。
「美月、おかえり。」
『ただいま。賢二郎も太一達に伝えてくれて
ありがとね。助かっちゃった。』
「別に大した用事じゃ…って、お前ちょっと
顔が疲れてる?」
教室から戻って、白布の指摘に困った笑顔を返す
美月は、賑やかな先輩達の会話から抜け出した
後で、机に座った後は大丈夫だと白布に答えて
別れる時に瀬見から貰ったお菓子を一口齧る。
「また、何か貰ったのか?」
『うん、お兄ちゃん。』
「お兄ちゃん?」
美月に兄貴なんかいたっけ?と疑問を抱く白布の
謎は、放課後の練習の時に判明して、彼もまた
哀愁漂う瀬見の様子を見て哀れみの目を向ける。
「少し餌付けし過ぎなんじゃないですか?
…お義兄ちゃん。」
「お前を弟にした予定は無いし、妹だとしても
お前にはやりたくない。」
瀬見と白布の会話を今度は川西や牛島達が不思議
に思い、一連の流れを知っている天童はまたそれ
を茶化して、合間に賑やかな練習になる。
「どちらかといえば、俺からしたらお姉さんって
気がしますけど。」
『ふふっ、五色君みたいな可愛い弟いたら
楽しいだろうね。』
「…五色?」
「ひいっ!!!」
インターハイ予選までもう少し、忙しく働く彼女
はまたぐるぐると駆け回る日々は続く模様だ。
『今度は皆に、誰の妹でもないって伝えた方が
良いのかな。』