テスト対策
仕事量は減り、いつもより忙しくないその週は、
テンションもあまり上がらない週。
しとしとと降り始める雨音を横で耳に入れ、今日
は洗濯物の心配はしなくて済むと前向きに気持ち
を向ける美月は、目の前の黒板をしっかり見つめ
ていた。
中間テストはあと3日すれば始まり、今回の試験
範囲は少し苦手な分野も混ざっている為、何と
なく億劫な気分になってしまう。
そして、問題集と睨めっこを決めた放課後。
この度は席替えで後ろの席になった美月は帰る
支度をしていた彼の背中をトントンと指先で
ノックして、自分を悩ませている化学の数式を
彼に尋ねた。
『賢二郎、今日はもう帰っちゃう?』
「分かったから、そんな目で見るなよ。」
割に冷たい口調で美月に返す白布は、冷静な態度
を装っているが内心は彼女の弱ったその声に、
めっぽう弱い。
白布は深く一息吐くとくるっと向きを変えて、
彼女の解く問題を確認すると、丁寧に応用も
活かせるように、美月が理解するまで彼は彼女
に付き合った。
『ありがとう、やっとここで理解が出来た。
ごめんね、引き留めちゃって…。賢二郎の
お陰で最大難関もバッチリだね。』
「美月は、本当に化学が苦手だよな。数式を当て
はめるのは数学と同じだろうに。」
『うーん、どうしてもこればっかりは相性が
悪いみたいで。でもね、賢二郎の説明を受けて
いると大丈夫になっていくよ!』
不思議だねと微笑む美月に白布も目を細め、彼女
に「貸しかな」と言ってしまうのは、素直に喜べ
無い性格が故。
彼女達のクラスメイトもそんな2人を微笑ましく
見届けているところに、冷たい咳払いが上から
降ってきて、同時に見上げた時には川西がつまら
なそうに2人を見下ろしていた。
「お前ら、そこで勉強会するなら教えてくれよ。
美月、これノート助かったわ。」
『ノート、確かに受け取りました。ちょっと
分からないところがあったから、私が賢二郎を
呼び止めちゃっただけだよ?』
「ふーん、いいよな…クラスが一緒だと。」
『私は同じ寮にある2人が羨ましいけどな。
ほら、困ったら相談とかすぐ出来るし。』
「そうきたか。」
向かい合って問題を解いている最中、真剣に会話
をしている2人の間に川西の入る隙は無く、それ
と同時に白布が頼もしくも見える。
2人のやり取りを見ていると、川西の口からは
正直な気持ちがぽつりと出ていた。
しかし美月の口からは、逆に自分を羨む返事が
返ってきて、予想外の彼女の反応に返す言葉を
探す川西の視界にはむずむずと緩む口元を必死
に誤魔化す白布が目に入る。
「素直に喜ばない所が尚更腹立つ。」
「何の事だよ。」
素直じゃない白布を川西は呆れた様子で視線を
送り、白布はその目が気に入らないのか、逆に
冷たい視線を送り返した。
美月には、そんな目線の送り合いが仲が良く見え
ているのか、くすくすと楽しそうに笑い、一段落
着いた教科書を整えると、そのまま鞄にしまい始めた。
「美月、帰るのか?」
『ううん、このまま図書館に場所を変えよう
かと。』
「それなら、俺も一緒に寄ってから帰るかな。」
「じゃあ、俺も。」
「仲良しさんかよ。」
結局流れで3人は図書館で勉強会が延長となり、
部活の無いこの時間も変わらないメンバーで
過ごしている事に気がついてしまう川西の一言に、美月は楽しそうに笑い出した。
『確かに!私達、何だかんだ仲良しだね。』
「寮に戻ってもどうせ顔合わすのに。」
「その台詞、そっくりそのまま返すわ。」
『やっぱり楽しそうで羨ましくなるな。』
「美月も来るか?」
「いや、無理だろ。」
図書館までは賑やかに会話を広げるが、その部屋
に一歩入れば、彼らは揃って会話を止める。
閑静なその空間で空いている席を探し、やはり
考えている事が同じ人間は多く、並んで席には
座れなかった。
「(…賢二郎お前、たまには譲れよ。)」
「(は?何でだよ。)」
「(普段、ずっと一緒じゃねーか!てか、俺は
困ったら美月に教わってんだって!)」
空いた席を確認すると、そこは2つと別で離れて
1つ空いた席があり、ひそひそとどちらがどう
座るかを言い争う2人は、静かにじゃんけんを
した。
美月に見えないように手早く行った結果、白布
が負けてしまい、不服そうに先に一人座る彼は
ムスッとした表情に変わり、それに構わず川西
はそこが空いていると彼女の背を押し誘導する。
滅多に無い隣同士での勉強に胸を弾ませて、
もちろんテスト対策の為に来ているので、彼女
にいつも教えて貰っている教科を出す。
たまには自分も役に立つものをと、彼女の勉強
予定の教科をチラッと横目で確認すれば、彼女
は徹底的に克服したいのか、先程白布に教えて
貰っていた化学を取り出したので、彼はそこで
何かを諦めたようだった。
返した分とは別にあった美月の貸してくれた
ノートは重要なポイントが分かり易く、彼女に
尋ねる部分は全く無かった。
川西はそれに感動を覚えて固まっていると、美月
の方が心配になってしまったのか、小さなメモに
『読みにくい?』と書かれたメッセージを差し
出され、彼はすぐにそのメモに違うと否定の言葉
を書き加えた。
「寧ろ分かりやすいからありがたい。」
『なら、よかった。気になるところあったら
遠慮なく言ってね。』
会話は出来ない代わりに筆談で会話をして、手紙
を送り合っている気分になる川西は段々とそれ
も楽しくなり、胸が擽られる。
やっぱり、美月と同じクラスは楽しそうだなんて
考えてみたりもして、普段は言い慣れていない
メッセージも手書きだと自然と言葉に表せた。
「いつも、ありがとな。」
『・・・!!?』
不意打ちの感謝の言葉に美月は驚いて一旦動きが
止まったが、川西は自分が普段言わない言葉だ
と気がついておらず、何食わぬ顔をしている。
『太一はやっぱり優しいね。』
彼女の返事も普段は言い出せない一言で、その紙を受け取った川西も目を見開き、そして先程
書いたメッセージを思い出したのか、顔は赤く
染まっていった。
「(あー…、もう可愛過ぎかよ!!!)」
今いる場は、図書室の為叫び声を上げれない。
照れ臭さから、口元に手を当てて美月をまとも
に見れない川西はふいっと反対側を向いて、
激しくなっていく胸の鼓動を必死に抑える。
一瞬、その時見た彼女の微笑みが眩しく見えた
のも重なって、互いに集中力を上げる予定が
かえって邪魔になってしまう。
やっと気持ちを抑えて美月と会話出来た時には
既に遅く、川西とは反対側の彼女の隣には瀬見
が着席しており、彼女を甘やかしがちな瀬見は
予想通りに彼女に何かを渡している。
「美月、お疲れ。よかったら、コレいるか?」
『わっ、飴だ!ありがとうございます。』
甘酸っぱい気持ちになった勉強会は終了を迎え、
最後は不完全燃焼のまま、川西は瀬見に笑顔を
向ける美月を見て、一息吐く。
美味しい所を瀬見に持っていかれたと感じる彼はその悔しさを紛らわせたくて、彼女のノート
に小さく落書きをした。
「川西もいたのか…って、お前機嫌悪い?」
「いや、何でも無いデス。」
『私のノートに!さっきの言葉、前言撤回!』
「美月さん、図書館はお静かに。」
「アイツらは何やってんだ?…それに瀬見さん
もいつの間に。」