決戦前の挑発
恥ずかしい記憶は早々には消えてくれず、バスを
目の前にするとあの時の光景を再び思い出す美月
は、隣にいた川西のジャージの裾を握り締め、
急に負荷が掛かる川西が驚いて振り返る。
「わっ、お前危ねぇな!」
『ごめん、つい…。これだと賢二郎に失礼だって
また怒られちゃうね。』
「とりあえず、落ち着け。」
白布は牛島に用があったらしく、川西と美月とは
少し距離のある場所にいて、二人の会話は聞いて
いない。
頬を赤く染めて、申し訳無さそうにこちらを見る
彼女に頼られると、川西も何だか照れ臭くなって
視線を逸らし、二人の様子を面白がるもう一人の
男がニヤニヤと近寄って来た。
「美月ちゃんも乙女だね。」
「うわ、天童さん。」
「太一、もっと嬉しそうな声出してよ。」
『私はそういうのじゃなくて、迷惑をかけて
しまった事への罪悪感の方が強くて…。』
「そうなんだ。美月ちゃんは真面目っ子だもんね。
しょうがない、じゃあ俺の隣においでよ。」
「何がしょうがなくてそうなるんですか?」
「ちょうど、美月ちゃんの助けを待っていた所
なんだよね。」
「いや、そっちも人の話聞いてください。」
後輩の質問は見事にスルーして、さりげなく美月
の肩はホールド状態で天童はバスに乗りこみ、
他の先輩達より先に乗り込む事に戸惑いを見せる
彼女に「いいから、いいから」と自分の隣に座らせ
て、彼女の前に自分の手と一緒にとある物を差し
出した。
「美月ちゃん、会場に着いたらテーピングして
くれない?」
『テーピングですか?』
「そうそう。前に美月ちゃんがしてくれた時の方
が調子良かったんだよね。」
自分なんかで大丈夫なのかと、美月が不安から
躊躇っていても天童は大丈夫だからと答え、彼女
が迷っている間にバスも出発してしまい、天童は
彼女に再び催促をする。
「ほらほら。賢二郎達が近くにいたらそれくらい
自分でしろってうるさいだろうし、でも万全で
試合に臨みたいじゃない?」
『先輩のお役に立てるのなら、やりますけど。』
「美月ちゃん、優しーい!」
上機嫌にお礼を言う天童の後ろで、その会話が
聞こえていた川西と事情を聞いた白布は怪しいと
目を凝らして様子を伺い、瀬見達もまた読めない
行動をと思いながらも、試合の集中力の為に今は
聞き流す。
会場に着けば、色々と支度が整ったところで
美月は真剣に天童の指を見つめ、時折彼女が彼の
顔色を伺えば、天童はニッコリと笑顔を返した。
『天童先輩、具合はどうですか?』
「いい感じの締めつけだね、癖になる。」
「お前、言い方。つーか、絶対にわざとだろ!」
「やだー、英太君のえっち。」
紛らわしい言い方が瀬見の耳に入り、瀬見の指摘
もふざけて返す天童はご機嫌で、同じく瀬見と
天童の会話を聞いた白布が顔を引き攣らせた。
美月はそんなジョークも聞かないくらい集中して
いて、天童も途中からは黙ってじーっと見つめる
と悪戯心が芽生えて、彼女の手をわざと握る。
『ちょっと、先輩!!?』
「あは、ナイスリアクション。」
『何で手を握り締めるんですか!?』
ぎゅっと天童の手に包まれる美月は顔を真っ赤に
して、握り締めた本人は平然とした表情で彼女の
その反応を楽しみ、なかなか離さずにいた。
「何でって、見せつけてるだけだから。」
『見せつける…?』
「うん。お前らには出来ないでしょ?って。
…そう、易々と近寄らせるわけねえっての。」
後半の台詞は小さく呟き、嫌な笑みを見せる天童
の視線は「自慢ですか?」と冷たい視線を送る白布
よりも先にあり、その挑発を見事に受け取った
相手の眉間に皺が寄る。
「あの5番、自然とマウント取ってきやがった。
アピールのやり口がまさに…ゲス。」
「5番って、あの嫌なブロックの?」
「小鳥ちゃんの手を握り締めて…セクハラだろ
あんなの。彼女、嫌がってるじゃないか。」
「お前が言うかよ。」
自分の今までの行為は棚に上げ、その握り方が
気に入らないと怒り出す男、及川徹は天童を睨む
後で美月に意識を向け、恥じらう姿も可愛いと
少し目の保養をと眺めていると、また一つ邪魔が
入る。
視界を遮る牛島と目が合い、見たいのはお前じゃ
ないと及川は更に苛立ちを見せ、何となくで動く
牛島はその位置から移動はせずに話を続けた。
「先にレシーブになった。」
「了解。」
「天童、もうテーピングは貼り終えたのでは
ないのか?」
「ちぇっ、バレたなら仕方ない。」
『ちぇっ…じゃないですよ!牛島先輩すみま
せん、次の作業に移ります。』
「ああ、頼む。」
解放された美月は次の作業へ向かい、天童も牛島
と一緒に彼女の去る姿を目で追うと、先程の牛島
の立ち位置をファインプレーだったと肘で彼の
脇腹を小突いて、そんな事かと牛島は抑揚の無い
声で答える。
「別に、今美月が及川とコンタクトを取る必要
なんて無いだろう。」
「本当、美月ちゃんの事は気になるんだね。」
「マネージャーの仕事を邪魔されるのが不快な
だけだ。」
「そっか。そうゆう事にしておこう。」
自然と及川の邪魔をするのは、先程握手を交わし
た及川の呼び名が気に入らなかったか、それとも
別の理由からなのか。
再び視線がぶつかる牛島達と及川の間には火花が
散り、ケッと悪態付く及川の方から顔を逸らし、
それぞれがボールを手に取る。
「及川が全く視界に入ってないの面白いな。
周りのガードが凄いのもあるんだろうけど。」
「わかる。」
「ふん、照れちゃってるだけだって!」
「俺、さっき美月ちゃんに会釈されたけどね。」
「花巻、お前も認識あったのかよ。」
「嘘でしょ、マッキーはいつの間に!?」
「モテモテだね」と揶揄う天童の言葉も完全なる
冗談だと受け取る美月は、先程まで見つめ合って
いた先輩達の姿も因縁の相手だからと他人事。
それよりも初めての決勝で後輩が力み過ぎないか
が心配で彼女は後輩達の様子を伺い、周りに流さ
れないペースで彼女も決勝に望んだ。
『私達が緊張したら意味ないから、落ち着いて
行動しようね。ウチだから大丈夫とは思わず、
トラブルは起きない事を願って。』
「はい!!!」
「美月さん、今回も活躍をしっかり見ておいて
くださいね!」
『うん、五色君のスパイクがしっかり決まるよう
に応援するからね。』
「ありがとうございます!」
「美月、後輩を甘やかすのはそのへんにしとけよ?」
『賢二郎が上手く考えてしてくれるだろうから、
大丈夫かなって思って。向こうのセッターは有名
なんだろうけど、賢二郎だって負けないし。』
「お前、本当に調子良いよな。」
「そう言いながら白布さん嬉しそ…ふぐっ!!?」