遭遇と別れは突然に



「ちょっ、…えっ!?」


『頬にチョコレートが付いてました。』


突然自分の頬に触れられた事に驚く及川は、咄嗟
にその部分を押さえ、耳まで一気に熱を持った。


美月はただ顔に付いていたものを取っただけだと
いうのに、及川が何をそんなに慌てているのか
疑問に思い首を傾げる。


その指を紙ナプキンで拭き取り、先輩後輩問わず
誰かのお世話をする事が習慣づいてしまっている
彼女は平然とした態度で、少しくらい意識しても
構わないのでは?と悔しさも抱く及川は嘆き声を
上げた。


「そういうのは言ってくれたらいいんだよ!」


『言うよりも取ってあげる方が早いじゃない
ですか。』


「そうだけど〜〜!!!」


むずむずと口元を動かしたと思えば、「ていうか
顔にチョコつけるとか何歳だよ」と格好悪い姿も
美月に見られて少し落ち込んでみたりと表情が
コロコロと変わる彼に珍しさを感じた美月は笑い
出し、楽しそうな彼女を見た及川は微笑んだ。


「そんなに笑える?」


『ふふっ、及川さんってもう少し読めない人だと
思っていたから意外で。ちょっとだけ、可愛く
見えました。』


「男が可愛いって言われても嬉しくないんだけど
なー。まあ、でも美月ちゃんが心を開いてくれた
ならコレもありだね。」


『すみません、失礼でしたよね。』


「ふふん、美月ちゃんの可愛い笑顔が見れたから
許してあげる。」


さらっと吐かれた褒め言葉に今度は美月が頬を
赤く染めて言葉を詰まらせ、立場逆転でそれを
頬杖を付く及川が満面の笑顔で眺め、残りの
ドーナツを口にした。


「わー、種類豊富。」


『貴重なお休みなのに大丈夫ですか?』


「全然、大丈夫!美月ちゃんと一緒にいるの、
結構楽しいし。」


『楽しい…ですか?』


てっきり食べ終えたらその場で別れると思って
いたのに、及川は結局参考書選びまで付いてきて
いて、真剣にページをめくる美月の隣でその種類
に圧倒された彼がパチパチと大きく瞬きをさせて
本棚を見つめて呟いた。


「げっ、もうそんな所までやってんの?」


『そうですね。ここが範囲に入ってます。応用
問題にはやっぱり弱いので何とかしなきゃで。』


「へー。美月ちゃん、優秀クラスなんだ?」


『違いますって!優秀だったら、参考書なんて
選んで無いですし。』


「ちょっと待ってて。」


美月の見ていたページを覗き込むと、少し考えた
様子を見せた後で、一冊の本に手を伸ばして彼女
に渡すと、それが自分の求めていた内容に沿って
いたのか、彼女はしっかりとその本に目を通す。


「それ、結構分かりやすいでしょ?」


『凄い、及川さんこそ何で…?!』


「他校といえど一応先輩だから、それくらいなら
既に習った所だし分かるってば。」


『にしても…欲しかったものに怖いくらい当て
はまりすぎてビックリです。』


「ふふーん、困ったらいつでも及川さんに相談に
来なさい!」


誇らしげに笑う及川の観察力に美月は驚いて、
以前牛島が及川の事を話していた時の事を思い
出し、彼に尊敬の眼差しを向ける。


『及川さんは相手の事をよく見てるんですよね。
私も見習わないと。』


「そんなにストレートに褒めらると照れるね。」


『だって、こんな短時間で相手のことを読める
なんてなかなか出来ないですよ?』


「そんな大真面目に答えられると、調子狂うな。
美月ちゃん、変なヤツに騙されないでね?」


「どう見ても、お前が一番胡散臭いだろうが。」


そう言ってポンと美月の肩に手を置く及川は、
無垢過ぎる彼女を心配すると、後ろから聞こえて
来たその声に彼は顔を引き攣らせ、恐る恐る後ろ
を振り返る。


「さっきからウロチョロしやがって…!」


腕を組んで及川を睨むその男は、美月も見た事の
ある人物で、岩泉ともこの場で会うのは予想外で
彼女は慌てて頭を下げた。


『お久しぶりです。及川さんお一人なのかと
思っていました。』


「いや、頭は上げてくれ。コイツが全部悪い。」


「そうそう、美月ちゃんは悪くないって!
岩ちゃんも女の子の前で暴力反対!」


「あ?」


『及川さん、さすがにフォロー出来ないです。』


「だってそこに美月ちゃんがいたら声掛けなきゃ
って思うじゃん?それに岩ちゃんもずっと同じ
コーナーから動かなからつまんないし。」


「ずっと本を探してたんだろうがよ!」


反省の色が無い及川を岩泉が鋭く睨んで、それに
どう答えるのか正解なのか戸惑う美月は苦笑いを
浮かべた。


「おら、他校の後輩困らせてねーで帰るぞ。」


「美月ちゃん、今度はちゃんとデートしようね。」


『えっと…あの!』


「また連絡するから!」


「だから、チャラチャラと絡むんじゃねーよ!」


ズルズルと岩泉に引き摺られる及川はそう言って
手を振って去り、彼にご馳走になった彼女は頭を
もう一度下げて彼らを見送り、今までの出来事は
何だったのかと首を傾げる。


『突然嵐が来て去った…?』


とりあえず自分の手の中にある本を会計に持って
行こうと彼女も踵を返せば、良く知るその顔は
呆れた様子でこちらを見ていて、何かを言いた
そうにするので、美月の方から声を掛けた。


『太一も来てたんだね。』


「いや、お前は会場以外でも絡まれてるのかよ。」


この後も何となく心配になる川西がそう答えて
彼女の隣に並んで、美月は今日はよく知り合いに
会う日だと笑った。


「あの人を止める人間がいて良かったわ。さすがに
他校の三年に口出す勇気はねーわ。」


『及川さん、結構いい人だったよ?ピンポイント
で欲しい参考書教えてくれたし。』


「あの人に聞くならまだ先輩達の方がマシだろ。」


帰り道はたまたま同じ場所へ寄り道していた川西
が彼女と一緒になって、購入した後の参考書を
川西に見せると「本当に気をつけろよ?」と顔を
顰めて再度忠告する彼に『大丈夫だ』と頷く。


美月が及川に出会った事を知った白布の眉間に皺
が寄る姿が安易に目に浮かんだ川西は、彼には
黙っておこうと心に決めた。


「美月の大丈夫は大丈夫じゃない時があるんだ
けどな。」


そして頭を抱える川西はそう呟いて、せっかく
ならこの時間をととある提案をする。


「美月、ちょっとだけどっか寄らねえ?俺も
ちょうど聞きたいところあってさ。」


『うん、これを早速読みたかったからちょうど
いいや。』


彼らが自分達の部屋に戻るまでもう少し。
嬉しそうに乗る彼女の様子にほんの少しの優越感
を味わう川西は、満足そうに軽く彼女の頭の上に
手を乗せた。


『太一は何でいつもそこに手を置くの?』


「ここがなかなかいいポジション。」


『もー、また私が低いのバカにしてるでしょ?』





top