解ける勘違い
及川に勧められた参考書は本当に読み易く、その
お礼のメッセージを送ると、お返しを期待した
内容の返信が届いて、大真面目に彼に対しての
お礼を考える。
すると、続いて届いたメッセージには「冗談だよ」
と相手の笑う姿が安易に思い浮かぶメッセージが
返ってきて、美月はやはり及川徹はエスパーだと
画面を見つめた。
「違う、お前が分かりやすいだけだって。」
『太一も何も言ってないのに分かるの?』
「全部顔、顔に出てる。」
『えっと…、顔?』
向かい会う席で彼女のノートと自分のノートを
照らし合わせていた川西がトントンとシャーペン
で自分の頬を叩いて合図を送り、コロコロと表情
を変えていた彼女が気になる川西は美月が心の中
で答えた感想に返事を返す。
まだ何も言ってないのに自分に答えてきた川西に
驚く美月は、彼の動きに釣られて両頬に手を当て
るものの、自覚は無かった。
「分かんねーかな。」
『相手の観察なら割と得意分野なんだけど。』
「うん、知ってる。」
明らかに美月にアプローチをかけた文面が見えて
いたのだが今の彼女には全く響いておらず、少し
及川を不憫に思ったが、彼女の反応を目の前に
すると仕方ないとも思える。
「ま、いいや。美月、ここさ…。」
そこからは話題を変える川西は再びノートに視線
を移し、慌ただしいオフの日は終わりを迎えたの
だった。
『牛島先輩がユースに…!』
お互いに忙しい日々を送れば二人にこれといった
進展も無く6月も半分が過ぎた頃、美月の耳には
嬉しいニュースが入ってきた。
思わず嬉しさから表情に出そうになる彼女は、
先日の川西の発言を思い出して口元を押さえる。
「…アイツ、体調でも悪いのか?」
今後の日程を詳しく説明する斎藤や鷲匠の後ろに
立つ彼女の姿が目に入った白布が美月の動作に
顔を顰め、白布の隣にいた川西も白布の独り言
から彼女に視線を向ける。
「いや、あれは…そんなんじゃなないと思う。」
表情を隠す仕草は、この前のやり取りだと気付く川西は、ぎこちない動きを見せる彼女から視線を
逸らし、笑いに耐える。
「お前、また美月に余計な事言っただろ。」
川西の様子から状況を理解した白布は呆れた声を
向け、後に腹を抱えて笑う川西を見つけた美月は
解散後すぐに彼を捕まえた。
ムッとした表情の美月とは反対に、川西は先程の
彼女を思い出して吹き出した。
『太一、そんなに笑わなくてもいいじゃん!』
「悪かったって!お前、本当に変なところが真面目
で素直なんだよな。」
『そりゃ気を付けろなんて言われたら、ついつい
直そうとしちゃうでしょ。』
「いや、それはあの人に気を付けろって言っただけ
なんだけど。」
「…あの人?」
またいつも通り、川西が美月を揶揄っているのか
と冷静に二人の傍で聞いていた白布が、川西から
聞こえたワードに疑問を投げかけ、川西はハッと
自分の失態に気が付いた。
「あ…いや、何でもない。」
「…よく分かんねえけど、確かに美月もさっきの顔
は逆に不自然だったな。」
川西が自分のはいたワードに後悔するも既に
遅く、川西は間違いなくこの後寮に帰れば今は
冷静な声を掛ける白布から、さりげない事情聴取
が待っている。
『そうだよね、普通に後輩として誇るべきだった
かもしれない。』
自分の非を認める美月に向ける視線は今は柔らか
いが、全てを知った後の白布の不機嫌な顔を川西
は想像し、今宵は長くなると顔を引き吊らせた。
「そのままの美月ちゃんが可愛いよとか言っちゃ
えばいいのにー。」
「いや、キャラじゃねえだろ。」
「で、太一。…さっきあの人って聞こえてきたんだ
けど、何かあった?」
「美月さんの身に何かあったんですか!?」
「話がややこしくなってきた…。」
美月がその場を離れた後、運が悪いことにもその
話題は天童の耳に入り、肩に腕を掛けてくる先輩
から視線をずらすも逃げ場は無く、おまけに五色
もその話題に食いついてきてしまった。
体育館で美月の話題が上がっている事を知らない
まま、外でボトルを片付けていた美月は大きな
くしゃみをして、鼻を擦って自分の体調を案じて
いた。
『おかしいな。体調管理には気をつけているはず
なのに。』
「体調が優れないのであれば、早退しても構わ
ないが。」
自分から出た不穏な音に顔を顰める彼女は、寒気
は感じていないことに安心をして作業に戻ろうと
すると大きな影が見え、思わぬ人物が目の前に
いた彼女は石化して、パクパクと口を動かして
慌て始める。
『牛島先輩!!?』
「今そこでこれを落としていたのが見えたので
届けに来た。」
牛島の片手には美月が運んでいる際に落として
しまったボトルがあり、更に慌てる彼女は牛島に
深く頭を下げた。
『すみません、わざわざ届けていただいて!』
「いや、すぐそこで見かけただけだから大丈夫だ。
それよりも風邪を引いたのか?」
『いや…!寒気とかは無いのでたまたまだと思う
のですが、お見苦しい姿を見せてしまって
ごめんなさい。』
「そうか、体調に問題ないならいい。」
美月にそう言いかける牛島は、途中でクスッと
笑い出し、牛島の様子を不思議に思うと、彼も
彼女に謝り、言葉を続けた。
「あまりにも謝り続けるから少し可笑しくなって
しまった。こちらも失礼な態度を取っていたら
すまない。」
『とんでもないです!変な奴だと思ったら、
いくらでも笑ってください…って何言ってん
だろう。』
前髪を触って羞恥を誤魔化す美月の声は震えて、
彼女の反応を見た牛島は「変な奴ではない」と彼女
の言葉を否定するが、その返事を聞く余裕の無い
美月の緊張を解こうと試みるのか、彼女の様子を
伺う。
「美月、太腿を貸せばいいのか?」
『えっ!!?』
「前にリラックス出来ると天童がバスで言っていた
聞こえてきた。」
『牛島先輩にそんな事をさせるわけには!』
牛島からとんでもない発言が聞こえてきた彼女は
目を丸くして聞き返し、決勝終わりの移動中の
やり取りを思い出した彼女は全力で手を振って
否定して、違うのかと何故か悲しそうに言う牛島
に、彼女は申し訳無さそうに眉を下げる。
『主将に気を遣わせるなんて、マネージャー失格
ですね。どうしても、敬意を抱く先輩を前にする
と固まってしまって。』
「俺は別に嫌われている訳では無いんだな?」
『嫌いだなんてそんな!そんな図々しい感情は
一つも持ってないです。だから牛島先輩がユース
に選出されたら自分の事のように嬉しかったし、
誇らしいし…!』
「そうか…それは予想外の返答だな。」
必死に言い返す美月は、段々と正直にさらけ出し
ている自分に気が付いて言葉を詰まらせ、顔を
真っ赤にして恥ずかしさで泣きそうになるのとは
反対に、牛島は嬉しそうに笑う。
『ああ…また私は変な事を!!!』
「それを聞いて安心した。」
『安心?』
「先輩だからと萎縮する必要は無い。同じチーム
なのだから、天童達のように意見を言う権利は
ある。」
『充分、のびのびとさせていただいている気も
するのですが…。』
「なら、そのままでいい。」
自分の発言に一つも変な顔を見せるどころか、
寧ろ楽しんで見える美月は戸惑ったが、不思議と
緊張感は和らいでいく。
背を向けた牛島に『先輩、これからもよろしく
お願いします!』と声を掛けると頷く牛島に、
美月は素直なままの笑顔を向けた。