つまらないものですが
周りがそのイベントを控えて浮かれ始める2月。
バレー部も例外ではなく、ギャラリーは日に日に
増え、一人忙しく仕事に追われる美月だけ、他人
事のようにそのまま変わらぬ日を過ごしていた。
『わあ、やっぱり先輩達は凄いなあ。』
イベント前日のその日でも準備している女子は
いて、美月はそんな光景を眺めて、呑気に感想
を吐いて、タオルを干しに行った。
空になった洗濯カゴを持っていた美月は、渡す
タイミングを失った女子達から渡して欲しいと
お願いされ、そのカゴにはたくさんのチョコが
入れられてしまうという事態も、その後には
待っているのだが。
「美月、お疲れ様。」
『ありがとう、賢二郎。突然呼び出されるから
何事かと思った。』
もちろん、それを見た鷲匠から雷が落とされる
事も彼女は受け取りながら想定していたので、
彼女は猛ダッシュで部室を行き来して、チョコ
レートは平穏に先輩達にお届け完了。
息を切らして、体育館に戻ってきた彼女の肩を
白布は労いを込めてポンと叩くのだった。
「わーお、今年もいっぱいだね。」
「懐かしい。去年はマネージャーがいなかった
から、俺達の後輩の役目だったんだよ。
ありがとな、美月。」
『凄いですね、びっくりしちゃいました。』
練習後に彼女は宛名事にきちんと仕分け作業を
していると、先輩達が着替えに入ってくる前に
何とか終わり、差し入れの量に瀬見達も驚く。
「ところで、美月ちゃんはくれるの?チョコ。」
『天童先輩、それ以上食べると鼻血出ちゃい
ますよ?』
「美月ちゃんが作ったチョコ食べれるのなら、
問題ナシって事で。」
『ダメですよ?身体に絶対に良くないし、
迷惑になったらいけないので、遠慮します。』
天童の催促に全力で手を振って断りを入れて、
その流れ弾に瀬見も少なからずショックを受け
ていたのか、「まぁ…そうだよな。」と余裕を
見せて笑うも、内心は残念に思う。
「…てことは、俺達の分も無しって事だよな?」
そして、その会話を耳にしていた川西も白布と
自分達の分も確認し合って、白布はくだらない
と冷静な言葉を返していた。
「美月の負担になるだけなんだから、あんな
イベント無くてもいいだろ。」
天童のおねだりから逃げ出すように美月は部室
から飛び出した後に、白布は川西にそう言葉を
返す。
こうして、明日も大変な作業を待ち受けている
彼女を心配しているのか、一番それを願う白布
から思わぬ返事が帰ってきて、川西は目を丸く
した。
「美月ちゃんは、本当にビックリなくらい素直
なのね。」
翌日、天童がつまらなそうに口を尖らせ、美月の
後をついて回れば、大平から止めなさいと注意
する声が飛んできて、天童は「ちぇっ」と諦めた
のかアップを始めた。
その後も密かに期待する先輩達の願いも虚しく、
美月は至って通常通りで、そのまま放課後の練習
も終了を迎え、美月のいない隙にとある勝負で
彼女を送る権利を川西から勝ち取った白布は、
先輩達やルームメイトと違う方向に歩き出した。
『すみません、お先に失礼します。』
「おう、お疲れ様。」
「美月、これやるよ。」
『わっ、いいんですか?』
別れ際に、瀬見がさりげなく「作業のお礼」と
言いながら逆チョコを彼女の鞄に入れて、先輩
からの厚意を彼女は素直に喜んでいた。
「それまさか貰ったやつじゃないよね?」
「馬鹿、ちゃんと自分で買ったやつだよ。
自分用だったやつだから、美月返しは気にせず
受け取れよ?」
『ありがとうございます、大切に食べますね。』
無意識に好感度を上げていく男に、じっとりと
天童が見ながら発した言葉に、白布も珍しく、
天童に同意をする。
「だから、そういうとこズルいんだよね。
俺もじゃあ、持ってるやつあげちゃう。」
『ふふっ、ありがとうございます。』
「というわけで、ホワイトデーはちゃんと
待ってるからね!」
『ええっ!!?』
「おい。」
ポンと肩を叩いた天童からの無茶ぶりに美月は
驚いて、その反応を面白がる先輩を見ると、白布
はこの人はやはり読めないと黙って考える。
『じゃあ、ここで失礼します。』
「おう、また明日。」
「賢二郎、送り狼にならないようにね!」
「天童さんは、いつも一言余計です。」
先輩達にはモヤモヤした気持ちにさせられたが、
でもここからは、2人だけの貴重な楽しい時間。
すっかりと暗くなった道を2人で並んで歩いて、
楽しそうに話す、美月の解れた表情に白布も
自然と肩の力は抜けていた。
『あ、あの。賢二郎、ちょっとだけ、待ってて
くれる?』
ただ、今日の彼女の様子は何処かおかしく、
時折妙に挙動不審。
その声は玄関前に到着するとすぐ、少し裏返り
ながら、白布を引き留めた。
「え…?うん、大丈夫だけど。」
『よかった。ごめんね、すぐ戻るから。』
そう言った美月は慌ただしく玄関に入ったと、
思いきや、その後はひょっこりと先程とは逆に、
もじもじと照れ臭そうに白布の様子を伺う。
美月は一体何を?と不思議に白布は首を傾ける
と、彼女は不安そうに白布の前にある物を差し
出した。
『皆の分は用意出来なかっから、内緒にして
欲しいんだけど。』
「お前…これ。」
お世話になってる感謝の気持ちだと、一応それは
彼の分と合わせて、川西の分も用意されていた
のだが、その説明は今の彼の耳には入らぬまま
パチパチと瞬きを繰り返すだけだった。
『沢山作れるほど器用じゃないし、自信も無い
から、先輩達には渡す勇気無くて…。』
「作るだけでも充分凄いと思うけど。」
川西に吐いた言葉は、嘘ではなく本心だった。
ただ、いざそれを受け取ると彼女だって疲れて
いるはずなのにと心配事は次々浮かんでくるが、
やはり嬉しさの方が断然に勝ってしまう。
緩みそうになる口元をぐっと彼は引き締めて、
今日送る人間が自分で良かったと、彼は心底
そう思った。
彼女の肩を掴み喜びを噛み締め、このまま彼女
を抱き締めたい衝動に駆られるのを抑え、天童 の予言通りになってなるものかと、彼は紳士は
貫き通そうと耐える。
「ありがとう、大切に食わせて貰うから。」
『お口に合わなかったら、本当にごめんね。』
「…これ、結構美味いけど?」
『わー、恥ずかしいから寮に帰って食べて!』
「あっちだと落ち着いて食べれないんだよ。」
ただ一つ、我慢出来ないことは一つだけあって、
どうしても一番に口にすることを譲れなかった
彼は待ちきれずに一つに口にすると、せっかく
なら一緒に味わいたいと、美月の口の中にも
放り込み、互いに微笑み合う。
「ほら、美味いだろ。」
『不思議だね、賢二郎にそう言われると自信
持てるんだよね。』
自分の言葉に嬉しく目尻を下げる彼女に、胸を
弾ませて至福の時間を堪能し、惜しむ気持ちで
寮から戻ると、白布は勝ち誇った表情で、川西にも幸福のお裾分けといったところか、可愛く
ラッピングされたそれを川西にチラつかせた。
「くそっ、あの時パーを出しておけば!!!」
とある勝負とは、じゃんけんの事。
正々堂々と勝敗の決まるそれに、川西は自分の
出した掌を見て嘆く。
「つーか、やっぱり欲しかったんじゃねえか!」
「別に、いらないとは言ってないだろ。」
また食べたいと伝えたら、きっと彼女はきっと
嬉しそうに笑うだろう。
明日会ったら、その言葉はまた1番に伝えたい。
そんな願いを胸に秘めながら、白布は取って
おいた残りをまた一つ口にした。