絡まれ体質
「…っ、くしゅん!」
『わあっ!』
突然訪れたその音に美月が驚いて、抱えていた
ボールを2個彼女が落とせば、転がってきたそれ
を白布が何やってんだよ拾い上げて、2人に呆れ
た声を向けていた。
『賢二郎ありがとう。太一もこれ使う?』
「悪い。」
「お前、花粉症あるんだな。」
「いや、違う。」
美月がポケットからティッシュを取り出すと、
川西はそれを受け取って、白布の指摘は否定を
しながら鼻をかむので、素直じゃない川西に
苦笑いでゴミ袋を差し出す。
「悪い、美月。」
『次の試合の時には落ち着いてて欲しいね。』
次の試合、美月が心配したその言葉を耳にする
と白布の耳はぴくりと動き、それよりも心配な事
があるのか、彼の眉間には皺が寄っていた。
段々と厳しい寒さは落ち着いてくれば、新人戦
ともいえる県民大会は、もうまもなく。
川西と白布も多くの部員がいる中で試合に出る
権利を勝ち取り、美月も皆の足を引っ張らない
ようにと仕事に気合いが入る。
そして迎えた当日、準備する物に不備はないか
念入りにチェックして、いつもよりも更に真剣
な顔をする美月を面白がり、つい魔が差した天童
は、彼女の背中を人差し指を使って縦につーっ
となぞり始めた。
『んあっ、何するんですか!?』
「美月ちゃんは肩に力入りすぎだって、ほら
リラーックス。」
『どうしても試合になると緊張しちゃって。』
「…さっきの声、ちょっぴりエッチだったね?」
『先輩!!!』
「アッハッハッ!これでいつも通りの美月ちゃん
になったでしょ?」
「今のはただのセクハラじゃないですか。」
揶揄う先輩に、只今必死だったマネージャーは
顔を真っ赤にして怒って、それを白布は冷たい
視線を送って止めてくださいと注意する。
ほんのりと他の先輩も頬を赤くして顔を逸らす
ので、恥ずかしくなった美月は白布の後ろに
隠れ、白布は彼女の為にも自分の感情を表情に
出さないように唇を噛む。
彼らのやり取りを見ていた大平も苦笑いを浮か
べて、可愛い後輩が落ち着くように大平だけで
なく、瀬見も彼女の気持ちが解れる言葉を探し
ていた。
「天童のやり方はいただけないが、これからが
また増えるんだからゆっくり慣れなさいよ?」
「そうそう、あと少ししたら先輩にもなるん
だし、美月はしっかり者だから大丈夫だって。」
『うう…、すみません。』
ポンと先輩2人に肩を叩かれ、先輩達の励ましで
自信を持つ美月は再び気合いを入れ直し、白布も
彼女の背中を押した。
「試合に出る俺より緊張すんなよ。」
『そうだよね、ごめん。』
「美月が緊張してくれてると、逆にこっちが
冷静になるよな?」
『そうなの?じゃあ役には立ててるかなあ。』
川西も美月の様子を見届けているとそう言い
出して、川西達がいつも通りに試合出来るなら
と彼女はそれを聞くと嬉しそうに笑っていた。
「こらこら、だから本番はこれからだって。」
「そうだよー、ほら春高でずば抜けたヤバい奴ら
を見てきたでしょ?」
『そうなんですけど、緊張し過ぎですっかり
東京の記憶が抜け落ちてて。』
「美月ちゃん、他校の奴に結構絡まれて若利君
にも助けて貰ってたのにね。」
ある意味大物じゃん!と楽しそうに笑う天童の
意味を理解していない彼女は首を傾げ、まずは
初戦の準備の方が気になるのか、試合の時用に
書かれたメモを彼女は必死に睨めっこ。
「困ったことあったらサポートするから。」
『ありがとう。やっぱり賢二郎が隣だと
頼もしいや。』
普段と変わらない笑顔に変わった彼女に白布も
安心してこのまま彼の不安も訪れず、自分には
少しだけそそっかしい部分を見せる美月に彼は
目を細める。
今日の試合は平穏に勝ち抜いて終わるだろうと
確信して、でも油断してはいけないと気は抜か
ずに。
そう白布が意識を向けていても、やはりひょん
なきっかけで彼のいない場所で事件は起きて、
彼を悩ませる。
「やっほー、小鳥ちゃん。元気にしてた?」
美月がトイレから戻ろうとしていたら、そこには
爽やかな笑顔を向けた男がヒラヒラと彼女に手を
振って、彼女はそのオーラに圧倒されたのか、
1歩後ろに下がった。
「珍しいね、1人だなんて。」
『えっと、及川…徹さん?』
「そうそう、大正解!小鳥ちゃんは、相変わらず
反応が面白いね。」
どちらかといえば、 美月にとって得意じゃない
タイプの人物が現れて、及川と呼ばれたその男
もそれを分かっているのか面白がり、彼女が1歩
下がる分、彼は1歩彼女に近寄っていた。
『えっと、通していただけるとありがたいの
ですが。』
「んー?なかなかこうやって話す機会なんて無い
んだし、せっかくだから世間話でもしようよ。」
『私の話なんか聞いても、きっとつまらないと
思うんですけど。』
及川が切り出すと、オロオロとしながらも丁寧
にそう答える美月が彼には可笑しくて、彼女を
目にしたら揶揄いたい衝動に駆られるのか、及川
は笑顔のまま「楽しいよ?」と彼女に言った。
「だって、小鳥ちゃん結構可愛いし。」
『かっ…!?』
「ほら、赤くなった。」
1つしか年は変わらないのに、大人びて見える
目の前の彼は目を細めて、目を泳がせる美月を
彼女の慣れない褒め言葉を並べて、困らせる。
「ほんと、白鳥沢じゃなくてウチに来れば
良かったのに。」
及川とは試合で数回、それはことある試合の
決勝戦で決まった対戦相手となっていた為、
必然的に顔を合わせて、知り合う形となった。
『牛島先輩のお友達ですか?』
牛島に無垢な眼差しで聞いてしまった彼女の
その言葉が引き金となり、毎度こうして及川の
視界に入ると、彼女は見事揶揄いのターゲット
となる。
どんどん彼は近づいて、どんどん追い詰められ
た彼女の背にはひんやりとした壁。
これは、一般的に言われる壁ドン?と美月は頭
の中で疑問を浮かべ、その整った顔を真っ直ぐ
見れずにいた。
「…美月?」
「はっ?」
『えっ?』
その声は確実に下の名前を呼んでいて、及川は
その相手とは会いたくなかったのか、振り返る
と顔を歪ませ、美月は思わぬ人物の声だった為
目を丸くさせた。
「ハッ、会えるのは小鳥ちゃんだけで良かったん
ですけど?」
「彼女は小鳥ではなく、美月だ。」
『そんな…!牛島先輩に二度も名前を呼ばれる
のは恐れ多いです。』
「え、ちょっと、美月ちゃん大丈夫!?」
ジロっと嫌な相手に睨む及川の後ろで、牛島の
一言にへなへなへなっと力尽き、美月は足元に
力が入らなくなる。
彼女の異変に及川は驚いて、咄嗟に彼女を呼び
ながら支え、予想もつかない反応に、及川は
牛島に怒り始めた。
「ちょっと、お前、よく分かんないけど…
自分とこの後輩困らせないでよ!!!」
「…?ただ、名前を呼んだだけだが?」
「おい、お前が言うのかクソ川。」
「げっ…、岩ちゃん。」
自分のちょっかいは棚に上げ、牛島を指摘すると、及川のその声を聞きつけた岩泉が登場し、
ぬるりと牛島の後ろから現れた彼を見て、及川
は恐怖で絶句した。
「お前こそ、チャラチャラと何してやがる?」
「ははっ、そこに可愛い迷子がいたから。」
「美月は、しっかりした人間だから迷子になる
はずが無い。」
「お前は余計な事言うなよ!」
「グダグダうるせえ、行くぞ!!!」
岩泉の片手にはボールがあり、視界には美月も
入っていた為か、それは投げずに目力だけで
及川に訴えて連れて帰ろうとする。
「お前ら、何やってんだ?」
そして、なかなか戻ってこない彼女を心配した
瀬見が様子を見に来て、腰が抜けた美月と牛島
を交互に見て、立てない彼女を牛島が担ごうと
したので、彼はすぐにそれを止めた。
「若利、それ以上はさすがに美月に酷だ!」
瀬見に運ばれて帰ってきた美月を見た白布は
目を見開き、その後で一連の流れを耳にすると、
帰りのバスで深いため息を吐き、彼女を1人で
行動させてしまったことを後悔する。
『あー、先輩達に迷惑掛けすぎて恥ずかしい
です。瀬見先輩も重いのにすみませんでした。』
「これくらい、どうってことねーって。」
鷲匠に見つからなくて良かったと瀬見は彼女を
宥め、白布は先輩達との距離がまた一つ縮まっ
てしまったことを悔しく思う。
「どうして、若利君は美月ちゃんの名前を下で
呼んじゃったの?」
「小鳥は違うと訂正しようとしたら、先に名前
が出てしまった。」
「面白いからそのまま美月で呼んじゃおうよ。」
同じくその話を聞いていた余計な先輩の一言で、
白布の深いため息は窓に向かって、また一つ
ぽつりと漏れる。
恥ずかしさを取り繕おうと、むぎゅっと自分の
腕にしがみつく彼女を見て、このポジションだけ
は絶対に自分のものであって欲しいと彼は願う
のだった。