先輩と後輩



昼休憩中に友人と歩く美月を見つけ、廊下で彼女
と目が会った瞬間、すぐにぱあっと晴れた表情を
見せる後輩は、一応礼儀も意識して勢い良く彼女
に一礼をする。


『五色君、ノートノート!』


「ああっ、そうだった!」


五色はどうやら課題用のノートを持ち運び中で、
彼の中に綺麗に収まっていたノートはパタパタと
勢いをつけて崩れ落ちていき、美月にはそれが
スローモーションのように瞳に映っていた。


『ごめん、ちょっと後輩助けてくるね!』


「うん、分かった。」


美月は友人に断りを入れると慌てて駆け付けて、
それを拾い上げるのを手伝おうと屈み込み、彼の
そそっかしさを意外だと笑い出す。


『見事に落ちていったね。』


「美月さんはご友人と一緒だったのに、貴重な
休憩時間をすみません!」


『そんな、大袈裟に言わなくても大丈夫だよ?
これ、半分こしよっか。』


およそ40冊程あるノートを彼女は五色と分けて
持ち、申し訳無さそうに謝るも彼女の隣を歩く
五色の表情は何処か嬉しそうにも見えた。


『まだ色々慣れないことだらけだよね。
先輩達は、厳し過ぎない?』


寮生活の同級生の最初の頃の愚痴を思い出し、
なかなか2人だけで会話する機会がなかったのも
あり、後輩のコンディションを気にする美月は
職員室まで歩きながら五色にひそひそと尋ねる。


「やっ…!その…、大丈夫です!!!」


すると、プライベートではあまり嘘のつけない
その後輩は、寮での先輩それぞれを思い返して
動きが一旦止まる。


何かを考えて否定する時には彼の目が泳いで、
美月はそれも可愛らしく見えたのか、くすくす
と楽しそうに笑っていた。


『そうだよね、寮生活はやっぱり大変だよね。
大丈夫、先輩達には内緒にしておこうね?』


実家を離れてから数週経過して、五色には彼女
のその優しさも身に染みるのか、少しだけ彼の
目が潤む。


「あの…、このお礼をさせてください!」


職員室を後にして、それじゃあと彼女が去ろう
とした時、こんな日は滅多に無いと思う五色は
彼女の制服の袖を掴み、彼女を引き止めてしま
っていた。


『そんな大層な事してないってば。』


先輩の貴重なお時間を!と言っておきながら、
二度もその時間を邪魔してしまったと五色が
気が付いたのは、2人並んでベンチに座った時。


「ジュース奢らせてください!」


『後輩に奢って貰うわけにはいかないよ。
…あ、間違えて買っちゃった。』


「それ、俺が好きなやつなんで代わりに貰い
ます!」


その数分前に五色に笑いかけ、彼がお金を入れる
前に小銭を入れた美月は、余所見の間に自販機の
ボタンを間違って押してしまい、あまり自分好み
ではないジュースを見つめていた。


しっかり者の先輩の思わぬ一面に五色はほんの
少しだけ驚いて、彼はすぐ本来彼女が購入した
かったもののボタンを押して、交換をする。


『ありがとう。これで助かったからチャラに
しようね?』


「これって、チャラになるんですか?」


『なるんです。』


美月と交換したジュースと彼女の満面の笑みを
交互に見る五色が不思議そうに首を傾けると、
彼女は気にしない気にしないと彼の背中を押し、
近くのベンチへと腰掛ける。


そして隣でのほほんとジュースを口にする彼女
を見て、五色は彼女が友人と一緒にいた事を
忘れていたのか、申し訳無さそうにまた彼女を
見つめていた。


『どうしたの?』


「すいません、またご友人との貴重な時間を。」


『ふふっ、大丈夫だよ。』


自分の友人はきっと読書を楽しんでいると言葉
を続けて、また一口ジュースを口にすると彼女
は五色に笑う。


『五色君こそ先輩に時間使って貰っちゃって
いいの?』


「俺は、全然!もうちょっと美月さんとお話した
かったんで…!」


彼女にそう言いながら、これがデートの誘いに
近しいものがあると感じた五色は、今更ながら
妙な恥ずかしさを感じて、心の中では俺は何を
言い出してるんだと慌て始め、言葉が途切れる。


いざ、彼女と隣に並んだら会話の内容はどうする
べきか悩んでしまい、そんな彼の心境は美月に
伝わる事はなく、百面相の彼を面白い子だと観察
して、また一つ新しい部分を知って喜んでいた。


『ふふっ、またここで会う五色君はいつもと
イメージが少し違うから、面白いね。』


「そうですか?」


楽しそうにしている美月を見ると、五色の緊張
は自然と解れ、そこからまた二人の間には穏やか
な空気が流れ、他の先輩達と過ごす時とは違う
感覚に彼は戸惑う。


『私には気を遣わなくていいよ?』


だから緊張しなくてもいいと美月が言おうとした
矢先、突然ピタリと動きが止まる彼女を五色は
不思議に思い、彼女の視線の方向に顔を向けた。


『牛島先輩…だ。』


先程までの気さくな彼女は何処へやら。
どうやら美月を見つけたのは牛島の方が先だった
らしく、視線を感じて向いてみると彼とばっちり
目が合い、彼女は目を見開いて固まっている。


「え…、美月さんどうしたんですか?」


美月と目が合う牛島は、何故か彼の方からこくん
と頷いて軽く挨拶をして、それにまた動揺を見せ
る美月は勢い良く牛島に頭を下げた。


「先輩、全然説得力が欠けるんですけど!?」


美月に釣られて一緒に頭を下げる五色はそんな
事を考えて、隣でちらっと彼女の顔を伺えば、
顔は真っ赤になっていて、彼には彼女の反応が
衝撃的だった。


『うぅ…、牛島先輩に気が付かないとは。』


「美月さんをそんな風にさせるなんて、やはり
あの人は侮れない!」


手で顔を覆って、自分が挙動不審だったと後悔
する美月の隣で、やはり超えるべき人物はあの人
だと五色は改めて認識をするのか、じっと牛島に
熱い視線を送る。


「美月の隣にいたのは、五色だったか。」


「何なに、若利君。美月ちゃん見つけたの?
…って、工が凄いこっち見てるね。」


牛島の隣からひょっこりと顔を出す天童は、後輩
達それぞれのリアクションを面白がって、美月の
よそよそしい反応に少し寂しそうな表情を見せる
牛島の肩を天堂は優しく叩く。


「大丈夫、美月ちゃんは若利君の事苦手とかじゃ
ないよ?」


天童は彼をそう励まして、ヒラヒラと後輩達に
手を振って立ち去り、その後の練習でやたらと
牛島に突っかかる五色を楽しそうに見届ける。


「アイツ、いつになく牛島さんの周りウロウロ
してやがるな。」


「そうか?いつもの事だろ。」


そして美月が牛島の傍に寄ると目を光らせて、
いつにも増して張り合うので、その事情を全く
知らない白布と川西は怪訝な顔で3人のやり取り
を眺めていた。


『牛島先輩、お疲れ様です!…これ使って
ください。』


「ああ、すまない。」


「美月さん、俺にも励ましの一言をお願いします!」


「五色、うるせえ。」


「白布、顔…顔!!!」


「若利、今笑ったな。」





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