『お電話ありがとうございます、おにぎり宮
です。』
美琴はいよいよ長い長い夏休みへと突入し、
治は彼女に毎日会える日々に喜び、赤葦の来店
から彼女に声を掛けてくる人間も現れなかった
からなのか、機嫌もすっかり元通り。
ここからは2人の邪魔をするのは北ぐらいのもの
だろうとのんびり余裕を構えていたら、美琴が
取った1本の電話に治の顔は一気に歪んだ。
『ん?その声は侑さんですか。』
「正解、やっぱり俺ら愛で繋がっとるな。」
『ふふっ、また面白いこと言うて。
今日、お店に来てくださるんですか?』
「んー、それがな。行きたいんは山々なんや
けど、今日は遅うまでするから、行けそうに
なくて。ほんで、配達お願いしたいんやけど、
頼める?」
『あらら。そうなんですね、残念。ちょっと
待ってくださいね。』
たまたま合宿でこちらに来ていた侑から連絡が
あり、治はメモをとってうんうん頷く美琴を
見ていると大抵の内容は想像がつき、真剣に
内容を聞く彼女を見ながら、ため息を吐いた。
『どれくらいかかるか、治さんに確認取り
ますね。』
そう言う彼女と目が合うので、彼女のメモを
読み、「1時間」と答えれば、こくんと頷いた
彼女がまた侑に答えた。
『今やと、1時間程で準備出来そうです。』
「わかった、ほな待っとるな。忙しいのに、
突然ごめんな。」
「そう思うなら、前日に言えや。」
侑の甘い声色にウンザリしながら、文句の一つ
を吐こうとした治が、彼女の電話を横取って
暴言を 吐けば、途端に侑もあ?と声が一気に
低くなる。
「あ?こっちも暇じゃないんじゃ。」
「配達一つでグチグチ言うなや、クソ!」
『治さん、時間時間!』
このまま喧嘩に発展したらいけないと慌てる
美琴は、彼のシャツを引っ張って時計を指さし、
作業に取り掛かろうと上手く促して、その電話
を切らせ大量注文の準備に取り掛かる。
2人でスムーズに行えば10分程の余裕はで済み、
ホッとしながら彼女がそれを持ち運ぼうと
した。
「美琴が配達行くん?」
『今日、配達の子は休みですよ?』
侑に頭に血が上っていたのか、彼はシフト表を
見てすっかり忘れていた模様で、「あ。」と声を
漏らしたら、美琴はしっかりしてくださいねと
苦笑い。
『店主が店を空けるわけにはいかないので、
私が行ってきますね!』
「こればっかりは、仕方ないな。頼むわ。」
手早くショルダーバッグを片手に配達用の車に
乗り込む美琴を見送りながら、彼は彼女の運転
は大丈夫な事はちゃんと分かっており、そんな
事よりもと違う不安が募っていく。
「今日ばかりはツム、頼むでほんま。」
はじめてのおつかい並みの表情で彼女を見届け
るので、彼を見た通行人は不思議な顔をして彼
を見るのだった。
予定通りの時間に到着した美琴は、高校生の頃
に試合会場としても何度か訪れた事があった
からか、慣れた様子でおにぎりを運びながら、
裏口に向かおうとすると、治から連絡を受けて
いた侑が迎えて待っており、彼女の荷物を全部
持とうとした。
『侑さん、私が持ちます!お客さんやのに。』
「ええから、美琴はドア開け。」
結局、侑に丸め込まれて休憩の場となる会議室 へと足を運べば、周りは美琴が配達に来るとは
知らなかった模様で、喜びの声が上がる。
『毎度ありがとうございます。おにぎり宮
です。』
侑は彼女を近づかせまいと壁になろうとしても、
まず先に木兎がすぐにそれをかわして、嬉し
そうに腰を持って、彼女を抱き上げた。
「美琴ちゃーん、久しぶり!
ファン感から会えてないから寂しかったぞ!」
『ひいぃっ、木兎さん高いです怖いです!!』
親戚の子供をあやす勢いで、突然の高い高い
攻撃に美琴は慌てて、その目線は2mは到達し
そうな勢いに恐ろしくなって、涙目になる。
毎度会う度に食らってしまうこの挨拶を彼女は 未だに慣れない様子で、侑に助けを求めた。
「止めぇ、ぼっくん!早速泣かそうとすな!!」
「木兎はあれやな、飼い猫とか可愛がり過ぎて
殺しそうなタイプやな。」
「修吾さん、冷静に物騒な事を言わんといて
ください!」
明暗の冷静な分析に怒りながら木兎を止めて、
げっそりと疲れた表情の侑を見て、『あの侑
さんが振り回されるなんて』とその光景に衝撃
を受けながら、仕事が残っているのを思い出し、
注文の通りか品を改めて確認をする。
「はい、確かに。」
『今回のお支払いは?』
「キャプテンの奢り。」
ニカッと笑って木兎がさす方向を見たら、明暗
が「いくら?」と財布を出すので、金額を伝え、
お釣りを彼に渡せば、お互いに確かに。とそれ
を受け取る。
『みんなを奢るなんて、カッコイイですね。』
「美琴ちゃん、もっと言うて。」
支払いを済ました彼に1番に手渡し、美琴が
思った感想を素直に告げると、彼も若い子に
褒められ気分が良くなったのか、優しく彼女の
頭を撫でて彼女に褒め言葉を催促する。
「キャプテン、それセクハラです。」
後輩達の指摘に、美琴は私は大丈夫ですよと
クスクス笑って手際良くおにぎりを他の人達に 配っていき、残るおにぎりはよく知っている
メンバーのもの。
そこからは渡す順番があるのか、彼女はポーチ
から手指消毒のジェルを出すと、手の平に丁寧
に塗り、とある人物の前に笑顔でおにぎりを
渡した。
『はい、佐久早さんの分です。』
「いつも、すまないな。」
彼女のその動作を見ていたからか、安心する
ように受け取ろうと、彼女の手の甲ごとギュッ と握るので、彼の予想外の行動に周りは騒然と
なる。
「え、臣くん嘘やん…。」
「美琴は清潔感しかないから、落ち着く。」
『安心して受け取って貰えて何よりです。』
「臣臣が手を握ったら、美琴ちゃんからおにぎり
受け取れねーじゃん。」
「お前ら、自分で取ればいいだろ。お前らで
汚したくねーからこうしてんだよ。」
なかなか手を離そうとしない佐久早に困り顔で
笑い、美琴が何とか説得をしたら、彼は渋々、
彼女の手をやっと離した。
そして、次は木兎に渡したら彼はありがとうと
嬉しそうに受け取り、佐久早の真似してギュッ
と彼女の手を握るので、侑と佐久早の2人は
じっとりとした冷たい目で木兎を睨む。
そして、木兎はそんな2人を気にする事はなく、
マイペースに美琴と会話を続けた。
「そういえば赤葦から聞いたよ。就職おめでとう。」
『ありがとうございます。ふふっ、
これからもよろしくお願いします。』
「え、美琴就職決まったん?あと赤葦
って
どうゆうこと?」
治の店に就職する事をまだ侑には伝えていな
かった美琴は、しまったと申し訳無さそうに
侑の顔を見て、おにぎりを渡しながらで説明を
する。
侑はきっと治が黙っとけとでも言うたんやろと
なんとなく経緯は把握した様で、「美琴は悪ない
で?」と彼女の頭を撫でた。
ただ赤葦という人物と仲良くなった話は、彼の
お気には召さず、ほんま梟は厄介やと悪態を
着いた。
そして、最後に残るおにぎりを美琴は少しだけ
ワクワクしながら、その相手へと渡す。
『日向君、めっちゃ久しぶり!!!』
「揚尾さん、ここで働いてたんだね。」
『せやねん、治さんにすっごくお世話に
なっとて。』
「とりあえず、就職おめでとう。」
『ありがとう。日向君も入団もおめでとう。
侑さんに上げてもらう日向君をはよ見たいな。』
最後の春高以来に話す2人は嬉しそうだった。
侑から情報は来ていたが、なかなか彼らと会う
機会がなかった為、ここでの再会が久々となる。
正しくは、治と侑が木兎含め他の輩に会わせ
たく無くて、回避させたという理由もあるの
だが。
最初は砕けた喋り方をする美琴が微笑ましくて、
温かい目で見守っていたのだが、しばらく見な
い間に体格が成長している日向に美琴が驚いた反応を見せる。
逞しくなっとる!と腕やら腹筋やらを彼に触ら
せて貰っていた所で、日向の顔が嬉しそうに
赤くなっていくのを見逃さなかった彼は途中で
「あかんよ。」とストップに入る。
「自分ら、俺卒業してから、距離近うない?」
「そうですかね?俺達そんな近い?」
『んー、烏野のマネちゃんとかもこんな感じ
でしたよ?』
「美琴。よそはよそ、ウチはウチ。」
日向と美琴が不思議そうに首を傾げていると、
侑のスマホに治から帰らせろの催促の電話が
掛かり、美琴は店が忙しいのかもと
急いで帰る支度をする。
「美琴ちゃん、もうちょっといればいいのに。」
『ごめんなさい、治さんが大変だから。』
そう言って美琴は侑が送る間もなくそそくさと
忙しく出ていき、せっかく彼女に会えたのに
今回は残念ながらゆっくり話す暇もなく出て
行く。
それもこれもコイツらのせいかと原因1、2、3
をじっとりと見ていたら、彼らは呑気に頬張っ
ていた。
木兎に関しては侑のおにぎりも取りそうな勢い
で、彼は次は別の人間に運ばせるか、自分が
取りに行くことを心に決めていた。
「そういや、サム。美琴、そっちに就職するん?」
ガチャッ…プーッ、プーッ、プーッ。
「ホンマなんやねん!!!」