思わぬ来客


「お久しぶりですね。」


『あの…えっと、ごめんなさい。
どこかでお会いしましたっけ?』


「お客さん、うちの子口説くのは遠慮して
もらえませんかね?」


ガラッと扉が開き、案内しようと美琴が行けば、
しばらく彼女を見つめたその人物に突然ぎゅっ
と手を握られ、突然の客の行動に美琴は戸惑っ
ていた。


治がそれを見逃すわけがなく、ズカズカとその
間に割り込むが、一応向こうはお客なので、
にこにこと営業用スマイルは壊さず、しかし額に
血管を浮かべ、先程の言葉で彼を注意する。


『んー、でも確かに私もどっかで会ったこと
ある気がします。』


その男の話し方、体格、握られた時に何処か指
に硬さを感じて、まじまじと相手の顔を伺い、
彼はこれでわかるかな?と眼鏡を外して、美琴に
にっこりと微笑んだ。


『あ、赤葦さんやー!!』


「ふふっ、揚尾さんだよね?久しぶり。」


「…え、美琴に面識あったっけ?」


誰か判明した瞬間、美琴が顔色をぱあっと明るく
させるので、治はそれが気に入らずで、不貞
腐れる様に彼女に質問する。


『はい、以前インターハイや春高で迷子に
なった時に助けてくれて…。』


「ふふっ、懐かしいね。まだ場所に慣れて
なかったんだったっけ?確か。」


「思い出した。突然美琴が消えて、騒ぎに
なったな。」


『あの時は、会場が広すぎて、はじめての
おつかい気分でした。』


そう言って彼女達が、振り返るのは高校時代、
弁当の手配や備品の準備をまだまだひよっ子
だった彼女が、必死に行っていた頃の話。


荷物を運ぶ際に迷子になって泣きそうになって
いる所を赤葦と木兎に助けられ、そこで少し
だけ仲良くなり、次の試合会場でもまさかの
彼に助けられるという、彼女からすれば、少し
情けなくて恥ずかしい話を振り返らされた。


『赤葦さん、すっごく大人っぽくなっとるから、
全然わかりませんでした。』


「揚尾さんも綺麗になってるから驚いたよ。
その制服姿も似合ってるね。」


『ふふっ。褒められ過ぎて、サービスせんと
いけなくなっちゃうやないですか。』


「いや、サービス絶対せんからな。」


「君の先輩も相変わらずだね。」


再び振り返るのは、美琴が稲荷崎の仲間達と合流
出来た時の事で、彼女が見つかって嬉しそうに
双子が駆け寄るも、赤葦が腰元に木兎が手を
繋ぎ、彼女に案内をしている姿を目にしたら、
誘拐犯を見る目で、すぐに彼らから引き剥が
し、美琴は 申し訳なさそうに頭をペコペコと
下げて、お礼を言っていた光景は、今でも赤葦
の中では鮮明に覚えている懐かしい思い出。


治と赤葦もそこは変わっていないようでお互い
彼女の前ではにこにこ笑顔だが、その裏では
バチバチと火花が散りそうな程に睨み合って
いた。


美琴、お冷持ってきてと彼女を厨房へと戻し、
店長自ら赤葦をカウンターへと案内したら、
彼女がどうぞとお冷をテーブルへと置いた。


「まさかここで働いているとは思わなかったよ。
今は大学生だよね、バイト先なのかな?」


『はい、そーなんですよ。あ、でも、実は
来年からここに就職させて貰う予定です。』


「そうなんだ、じゃあ来年からはここに
来れば絶対に会えるって事だね。」


『ふふっ、そうですよー。赤葦さんは
ここに住んどるんですか?』


「いや、住まいは変わらず東京だよ。今回は
出張で宮のおにぎりは食べておこうと思って。」


『いいセンスしてますね、治さんのおにぎり
最高に美味しいですよ。』


2人の会話に嫉妬を抱きながらも、美琴が治を
褒める発言を耳にすれば、口元が緩み始める
ので、他のスタッフは店主を見ると苦笑い。


赤葦は楽しそうに働く美琴を見て、微笑ましく
見守ると、時折咳払いをする治を見て、真顔で
治と赤葦の2人は見つめ合っていた。


「ほんま、そっちも相変わらずやなぁ。」


「隙あればいつでも貰うよ?」


美琴がほかの接客をする後ろでお互い譲らない
意思をぶつけ合って、彼女が振り向けばその
表情はコロッと変えて、優しい笑顔になる。


「揚尾さんほんま大変やな。」


仕事仲間は静かな争いを呆れたように見届け、
美琴はどうしたの?と不思議そうに仕事仲間へ
首を傾げる。


その迸りを受けたくない彼らは何でも無いで、
と困ったように笑って、彼女に注文の確認をし、
その話から彼女を逸らしたのだった。


『またいつでも来てくださいね。』


持ち帰りの紙袋を差し出しながら、彼女が
笑顔でそう言うと、彼も「また絶対に来るよ。」
と嬉しそうに紙袋を受け取りながら笑顔を返す。


「まいど。」と治も一応売上には貢献してくれた
ので、一言お礼を言うと彼はぺこりと治に頭を
下げた。


「しまった、駅はどっちへ向かえばいいん
だっけ?」


こいつがタダで帰るわけがなかった。


美琴は困った顔をする彼を見たら、すぐに治の
顔を見て、『道案内行ってあげてもええです
か?』と子犬の目で訴えるので、親切な彼女を
無下には出来ず、彼も行っておいでと言うしか
ない。


こっちですよと赤葦を誘導して、彼女が店を
出れば、失礼しますと治に向けてニヤリと笑う
表情を彼は見逃さなかった。


「くっそー、相変わらず計算高い奴やな。」


してやられた。


久しぶりの悔しい感情に地団駄を踏みそうに
なるが、店主のプライドもあるので、みっとも
ない姿をスタッフに見せるにはいかず、ぐっと
足に力を入れて堪える。


そして常連客が店に入って来て、「美琴ちゃんは?」
と聞かれると再び怒りを思い出して、彼は口元
を引き攣らせるのだった。


『そういえば、行きはどうやって来たん
ですか?』

「出張先からタクシーで寄ったから、地図を
開かなかったんかったんだよ。」


美琴と2人で話をしたくて、ダメ元で使った
作戦を彼女は疑うこと無く、赤葦を信じて純粋
な眼差しで返事をするので、彼は悪い輩に
いつか引っかかるのでは?と自分で仕向けて
おいて、美琴の心配をしていた。


「揚尾さんがいて、助かったよ。」


『私も赤葦さんに会えて嬉しかったです。』


曇りの無い彼女の言葉に赤葦は目を細めて、
君は変わっていなくて安心するねと優しく彼女
の頭を撫でる。


「またいつか、東京にも遊びにおいでよ。」


『ぜひ、行きたいです。』


「本当に、変な人に引っかからないようにね。」


あまりにも彼女が素直すぎて、赤葦はそれが
心配になり、彼女を案じて肩を叩けば、意味を
分かっていない美琴は首を傾げる。


『赤葦さんも変わってなくて安心しました。』


無垢な瞳でそういわれたら、疚しさ増し増しで
声を掛けた自分に反省してしまい、そして余計
に彼女の傍にもっといたいと何とも欲深い感情
が、彼の中からは湧いて出てしまう。


「揚尾さん…いや、美琴ちゃん。」

店は駅からも近く、その二人の時間は僅かで、
時間が限られると、彼は自分の欲の方が勝利
してしまい、ずっと呼びたかった名前を呼び、
それに驚いて目を丸くする美琴に、柄にも無く
彼は自分の番号を紙に書いて、それを彼女の手
に握らせる。


「待ってるから。」


『赤葦さん…。』


彼は彼女からの返事を聞こうとはせずに、それ
じゃあとそのまま彼女に背を向けて、ホームへ
と立ち去るように足早く向かう。


『こういうのって、ちゃんと連絡せなあかん
よね?』

その後、律儀に彼女はショートメールで、来店
のお礼を彼に送り、新幹線の中で確認をした彼
は「本当に気をつけなよ。」と1人で笑って、また
彼女の笑顔を思い出した。


「あ、揚尾さん帰ってきた!」


「美琴大丈夫か、変なことされとらんか!?」


『はい、楽しかったです。お時間ありがとう
ございました。』


「あー…うん、そーか。楽しかったん…かぁ。」


『治さん、どうしたんです?』


「揚尾さん、今はそっとしとこう。」



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