曲者な客


『よろしければ、お使いになりますか?』


「ありがとうございます、助かります。」


花火大会以降、少しずつ子連れの客も増えて、
ここの冷房は子供には少しきついかもしれない
と、美琴の提案で薄手のガーゼケットと小さな
椅子を店に置くようになった。


彼女の大学の先輩が快く譲ってくれたもので、
コストはかからずサービスは向上するという、
美琴がいないと成せなかった技に治は改めて、
彼女に感謝する。


片手で食事を摂れる手軽さはあるものの、子供
が一緒だとなかなかゆっくり食事が出来ない
からか、本日は母親と一緒に来て、転がされて
やや不機嫌な0歳児と美琴はぱちりと目が合っ
てしまう。


『治さんすいません、私ちょっとお節介して
きてもええですか?』


「おん、ええよ。」


彼女達が来店したのは、ちょうど客が引いた
時間に余裕ができた頃合いだったので、美琴は
その母親に微笑む。


よろしければと声を掛けると、 彼女もホッと
した顔で頭を下げて美琴に甘え、美琴は嬉しく
その子供を抱き上げた。


「すみません、助かります」


『いえいえ、うちの店主の作ったものを
しっかり味わってもらいたいから。』


その子供に泣かれることなく受け入れてくれた
ので、美琴も思わず嬉しくなって『お利口さん
やねぇ』とその小さな温もりにやんわりと顔が
緩む。


治も子供をあやす彼女に勝手に自分の将来の
理想を重ねて癒されていると、彼も2人と少し
だけ遊びたくなったのか、カウンターから顔芸
を見せて一緒に笑い、何故かその子供よりも
美琴の方がけらけらと笑い出すので、治はむっ
と顔を顰めた。


「なんでお前の方が笑うとんねん。」


『治さん、ほんま顔が酷いんですもん。』


「こんな男前目の前にして、よー言うわ。」


『ふふっ、失礼しました。』


笑い過ぎる美琴の表情を見て、子供は釣られて
笑い、その楽しそうな空気に食事を摂っていた
母親も安心して、まったりと癒しの時間を過して
いると、ガラッと扉が開いたので、美琴は
子供を抱えたまま、声だけ挨拶をして客を迎え
入れた。


「あらあらあら、小狐ちゃんじゃない。」


店に入って来た客は背が高く、その迫力に抱い
ていた子供も固まって、ぎゅっと美琴の服を
小さな手で掴んでいた。


スーツを着たトサカのような髪型に、何処かで
見覚えがあるなと、美琴が頭を悩ませていると、
治の口から「あ、ネコの主将か。」と低い声で
ぽそりと呟いたので、美琴も思い出し、あー!
と懐かしむ声を上げた。


『黒尾さん…ですよね!』


「そうそう!よく覚えてくれてたね。」


『その節は大変お世話になりました。』


美琴が二度目の迷子となった春高の会場で、木兎
よりも先に出会って助けてくれたのは彼で、
その後に木兎達の知り合いだと分かると、そこ
から別れて黒尾と会うことは無く、久しぶりの
再会に彼女が ペコリと頭だけ下げて笑顔を向け
ると、彼は彼女 よりも気になる事があったのか、
顎に手を当てて首を捻らせた。


「もう出来ちゃったの?やっぱり可愛いと
結婚が早いねー。ところで、どっちの子?
兄?弟?…兄ならニュースになってるか。」


「可愛ええやろ、俺の子。」


『ん?あっ…これはちゃいますよっ!
もう、治さんっ!!!』


彼の視線の先は明らかに美琴の顔の下だったの
で、さらっと息を吐くように嘘を言い切る治の
言葉を彼女は慌てて否定をすると、ちょうど
食べ終えた母親が申し訳なさそうに、礼を言い
ながら我が子を抱き上げ、そのまま急いで会計
を済ませた。


「ごめん、似てないから分かってふざけた。」


『もう、本気にしたんか思うてビックリ
でした。残念ながら、結婚どころか相手は
まだいません。』


席を案内しながら、彼女が悲しそうな笑顔で
そう答えると黒尾が「へー、意外。」と少し喜ぶ
声を上げただけで、バチリと治は彼を睨んだ。


黒尾がそれを面白がって、「俺とかどう?」と
わざと手を握って言い出してみれば、ギロりと
視線が鋭くなるので、彼は肩を揺らしながら
その反応を楽しみ、黒尾さんは変な人なんかも
と美琴は少し珍しいものを見るように彼の様子
を伺っていた。


『黒尾さんも出張ですか?』


「そうそう。試合に向けて色々と回るとこが
あってさ、赤葦からここの事聞いたんだよ。」


『さすが赤葦さん!』


「…余計なもん連れて来よってからに。」


「なんか言った?宮君。」


「ははっ、なんも言うてませんて。」


お待ちどおさまでしたと黒尾に品を差し出し、
上っ面の笑顔を作りながら、心の中では悪態を
つく。


だが彼が美味しそうに頬張ってる時には、少し
表情は柔らかくなって、一緒に喜んでいる彼女
の顔を見ると、本当の笑顔を見せた。


「ごちそーさまでした。」


『また来てくださいね。』


彼の職業が職業なので、二度と会わないという
事はないので、治も一応またお待ちしてます。と
営業スマイルを彼に向けて、頭を下げる。


そして、扉を開けてやっと帰るかと胸を撫で
下ろしたら、なんのデジャヴなのか突然の雨
模様に治は顔を引き攣らせた。


『私、駅まで送りますね。』


彼は毎度ながら、お人好しの彼女の厚意の邪魔
をする勇気は無い。


傘は2つ貸すと言ったのに、彼女の荷物になる
からと、黒尾はそれをわざと断って彼女を引き
寄せ、相合傘にご機嫌になりながら、彼女と
2人で並んで歩いた。


『すいません、黒尾さんお客さんなのに結局
傘を持たせてしもうて。』


「いーのいーの、身長差的にも難しいでしょ。」


嫌がる素振りの無い彼女が可愛く見えたのか、
すこし小動物を愛でる気分にさせられながら、
黒尾は色々と現状報告をしていると、駅までは
すぐに到着し、助かった!とお礼を言う彼に
美琴は謙遜しながら優しく微笑んだ。


「小狐ちゃん、明日の夜ヒマ?」


『明日ですか?はい、何も無いですけど。』


「…君、赤葦が言う通り本当にピュア なのね。
お兄さん、心配になっちゃう。」


あまりにも素直に答え過ぎる彼女に、黒尾は
ガクッと膝を落としながらも、ここに電話して
と言いながら彼女にメモを持たせ、不思議そう
に見る彼女に説明を続ける。


「小狐ちゃん、一緒に飲みに行こう。」


『えっ、でも私お酒…』


「大丈夫。別に変なことはしねえし、赤葦も
またここに来るんだよ。」


その名前を聞いてしまったら、彼女もその誘い
を断れず、またゆっくり話をしたいねと先日連絡
を取った彼の言葉をふと思い出す。


赤葦に会いたい気持ちと重なり、彼からおまけ
に「木兎もいるから。」と言われてしまうと、
彼女 も頷くしかなくて、黒尾はその返事に安心
すると、「それじゃあ」とその場を去っていった。


赤葦の知り合いだと分かっていると、黒尾にも
失礼なことは出来ない気がして、美琴はちゃんと
お礼のメールを赤葦同様、彼にも誠意を込めて
丁寧な文章を送る。


その文面に口元を緩ませながら、たまたま明日
会う予定の人物に電話をかける。
思わぬサプライズに彼も驚くだろうと、少し
ニヤつかせながら、彼の反応を待ち侘びた。


「赤葦、明日稲荷の小狐ちゃんも来るって。」


「…は?まさか黒尾さん、誘ったんですか。」


「赤葦も来るならって、半ば強制的に頷かせ
ちゃったケド。」


「…はぁー、美琴ちゃん本当に大丈夫かな。」


「紳士を励みたまえ。…ちなみにぼっくんも
来るから。」


「黒尾さん。本当に何してくれてるんですか。」





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