黒尾達と行った飲み会から数日が経ち、なんと
なく治の機嫌がいま一つ良くないと思った仕事
仲間は、美琴に何かあったん?と確認をすれば、
彼女も何事かと首を傾ける。
「揚尾さん、彼氏でも出来た?」
『残念ながら、そんな嬉しいニュースは無いん
ですよね。』
この夏休みで少し髪色を変え、雰囲気が変わる
美琴に、仲間は治が少しだけ店を離れている隙
を狙ってさりげなくそう尋ねてみると、彼女は
ピッチャーにお冷を補充しながら、悲しそうに
返事をするので、彼女が理由だといったわけで
は無さそうだった。
『治さん、少し元気ないですよね。んー、
黒尾 さん達と飲みに行った時に迎えに来て
くれたんやけど、そん時から様子がおかしい
んはおかしいんですよね。』
「え?店長ってわざわざ飲み会も迎えに来るん?
揚尾さんと付き合っとらんよね?」
『付き合うてないですよ!あの人気だった
治さんと私なんかが付き合うなんて恐れ多い!
治さんに失礼過ぎますよー。』
「失礼って…相変わらず謙虚やなぁ。
てか、揚尾さんがコンパなんて珍しい。」
『コンパとちゃいます。赤葦さんや木兎さんも
一緒やったし。』
思わぬ上司の過保護過ぎる行動に驚いて、彼が
美琴にそう尋ねると、彼女は必死に手を振って
否定をするが、その飲み会の話には店に来た時
に彼もあった赤葦と木兎の名前も出てきたので、
原因はやはり彼女にあるのかと、彼は納得を
する。
こんなにも分かりやすいのに、相も変わらず
報われない店主を不憫に思っていると、治が店
へと戻ってきて、憐れむ目を彼が送れば、治は 「何や?」と言いながら顔を顰めた。
そこで自分が彼女にちょっかいを出そうとして
いると治に勘違いをされたら困るので、彼は
素知らぬ顔で作業に戻り、そうこうしていたら
忙しくなる時間も迫って来た。
それから時間が経つのはあっという間で、
片付けを済ませて、逃げるように彼は店から
出ようとしたのだった。
「お先に失礼しまーす。」
『はーい、お疲れ様です。』
「お疲れさん、明日も頼むな。」
その後も仕事仲間は次々と帰り、気がついたら
いつもの様に2人きりで、パソコンを打ち込む
治の向かいで、美琴は来月の期間限定の具材の
ポップを書く為に残り、色画用紙にマジックで 色を塗っていた。
それがついつい楽しくなってしまい、書くこと
に専念した彼女は、書き終えた頃には治の作業
も終了していたらしく、冷たい麦茶が添えられ
る音が聞こえてきた。
いつもの自分の仕事を彼がしてくれた事に申し
訳無さを感じてお礼を言おうと顔を上げると、
そこには何故か麦茶と一緒に、駅の近くにある
旅行会社のパンフレットも並べてある。
「そういうの、苦手やから助かるわ。」
『えへへ、ありがとうございます。
すみません、お茶の準備もしてくださって…
て、治さん、これ…!』
「来月、久々にうまいもん食べによかったら
一緒に遠征せんかな?て思うて。」
『これは旅行ってことですよね?…てことは、
治さんとも同じ部屋???』
「決して変な事はせんよ?心に誓って!!!」
嫌やった?と不安そうに尋ねる彼に嫌やない
ですけどと言って彼女がパンフレットに目を
通すと、安くて簡単なホテルに泊まるのかと
思いきや、よくよく見ればどれも温泉で有名な
場所と旅館の名が書いてある。
それを目にしてきょとんと固まる彼女を見て、
ハッ治は慌て様子で手を振り、必死に説明を
するので、それが可笑しくなった美琴はくすくす
と笑い出した。
『治さんにはお世話になり過ぎとんのに、
今更そんな失礼な事、思わないですよ?
そもそも、治さんが今まで私なんかに手を
出したことないですし。』
「あー、せやな。え?これは男として喜んで
ええんか?わけわからんなった。」
全く照れる素振りも無い美琴の反応に信用され
ていることは凄く嬉しいのだが、これは男と
してどうなのかと少し複雑な思いを抱く治は
少し混乱して、わしゃわしゃと自分の頭を掻き
むしる。
そんな治の様子が美琴は何処かおかしく感じて、
旅行という言葉を聞いて、ふと美琴は赤葦と駅
で会話した時の事を思い出した。
ここに書いてある内容は、あからさまに赤葦の
予定していた東京観光に張り合う内容にしか
見えなくて、彼女は思わず治の顔をぱちぱちと
瞬きをしながら、見つめる。
『治さん、もしかして私と赤葦さんの会話を
聞いとったりします?』
彼女の質問に治は言葉は返さないものの、
ピクっと体を跳ねらせるので、彼女は彼のその
反応を見てビンゴなのかとそこでわかった。
『…もしかして、烏滸がましいんですけど、
赤葦さんにヤキモチを?』
口を尖らせてふいっと顔を逸らせる、高校生
以来のらしくない行動に、彼女が彼の顔を伺う
と、彼の頬はほんのりと赤く染まっていた。
「…妬いてへん。」
明らかに表情とは全く正反対の言葉を返すので、
それが可愛らしく見えてしまった美琴は、また
治の顔を見たらくすくすと笑い始め、しょうが
ないですねと言いながら、彼の頭のキャップを
取って背伸びし、よしよしと頭を撫で始める。
「ちょっ、何すんねん!!!」
『甘えんぼな治さんが珍しく可愛いから、
今日は私が治さんを甘やかそうと思います。』
「おまっ…何でそんな可愛いこと言うん?
…あと、あんま男に可愛い言うたらあかんよ。」
『ふふっ、ごめんなさい。いつも可愛がって
くれてありがとうございます。』
「おん、どういたしまして。」
彼女は謝りながらも頭を撫でることはやめず、
それに慣れない治は照れて目を泳がせるが、
それが心地 よくなってきたのから膝を曲げて
受け入れていた。
そして、撫でられて誤魔化されている様な気が
して、彼は再び不安になったのか、行ってくれ
るん?と寂しそうな目で彼女に尋ねる。
美琴はもちろん、行きましょうかと笑って返事
をすれば、彼は安心するように彼女に微笑みを
返した。
「行くなら、来月やろな。」
『9月は夏休みもまだあるし、行けますね。』
「せやな、楽しみや。」
『ふふっ、私もすごく楽しみです。』
予算は車で行ける範囲内、交代で運転しながら
行ける所を2人は悩みな、楽しそうに選ぶ。
残念ながら2人が旅行に行くことは決まっていて
も、バイト三昧で予算に十分余裕がある美琴が
東京へ遊びに行くことには変わりはなく、それ に気がついて、治が彼女のシフトを珍しく土日
の連休にしてしまった事に後悔の悲鳴を上げる
まで、あと2週間はあった。
「どこにしようか悩むな。」
『ほんまですねー。あ!北さんに欲しいお土産
聞いて決めましょうか。』
「美琴、北さん経由で他の奴らにも知られたら
喧しいから、北さんにも内緒にしとこうな?
(後から何を言われるか分からんわ。)」
『あっ、そうですよね。皆になるとなかなか
予定も合いませんしね。気が付かなくて
すみません。』
「ええよ、美琴が気に病むことやないからな?
(純粋な美琴を騙すん、胸が痛いわ。)」