『いらっしゃいませー!』
眩しい日差しと混ざる心地いい潮風、ザァザァ
と波の音に季節を感じながら、美琴はいつもと
違う場所で、しかし笑顔はいつもと同じで接客
を行っていた。
「ほんま、美琴休みやったのにごめーん!」
『ふふっ、海にも来たかったしええよ。』
美琴の友人から突然助けて欲しいと連絡が入り、
海の家で短期のバイトをしていた友人は、この
忙しくなる時期に欠員が出てしまったらしく、
美琴のグループに臨時で出れないかとお願いの
メッセージが届いてきたので、友人同士で交代
で1日ずつ臨時で働こうという結論に至り、
本日、美琴の臨時出勤の日となっていた。
美琴はいつもとは違う場所での接客が段々と
楽しくなってきたのか、彼女は鼻歌交じりで
テーブルを拭いて、その付近に落ちたゴミは
ひょいっと拾って見ているこちらが気持ち良く
なるくらいに淡々と作業をこなす。
「あの子、明日も来てくれへんやろか?」
「あー。それがあの子の別のバイト先の店長が
絶対離さんと思うから無理ですね。」
「せやろなぁ。」
治の過保護っぷりを見てきた美琴の友人は、1年
の頃からそれを見てきていたので、自分の店長
には諦めるように上手く促す。
何より、後から海で泳げる約束もしてしまって
いたので、美琴の今の格好はTシャツの中には
ビキニの水着、そして、短めなデニムパンツ。
明らかに露出が高い格好で仕事をさせていると
知られてしまったら、治から後から彼に何を
言われるかわからず恐ろしかった彼女は、治に
だけは絶対に内緒にするように伝え、この場に
来るようにお願いをした。
『あ、コーラですね。お買い上げありがとう
ございます。』
「えっと、これから予定とか…。」
『すいません、お仕事なので。』
そして案の定、美琴を見かけた男性客はふらり
と釣られるように海の家へと立ち寄って、何か
を買いその場から去ろうとするので、友人は
売上貢献に繋がった彼女のポニーテール姿に
小さくガッツポーズをするのだった。
そしてさすが強豪校出身といえるのか、相手に
して来た人間は強者だらけだった為、仕事中は
爽やかにきっぱりはっきりものを言う彼女に、
言い寄る客も負けてしまって、肩を落として
帰るのが友人には非常に面白く見えていた。
そんな中、治がいるにも関わらず彼女に声を
かけ、連絡先をゲットした強者がいたと聞いた
時には、一体どんな人間なのか知りたかった
その友人は、自分が熱を出してしまい、その人
を拝めなかった事を酷く後悔をしていた。
「で、その赤葦さんとはいつ付き合うん?」
『何や突然!赤葦さんとはそんなんちゃうよ?
どちらかといえば、あの人も学校違えど先輩
みたいなもんやもん。』
彼女達の仕事の時間が空くと、繰り広げられる
のはもちろん話題はガールズトークとなって、
噂の彼を話題に出せば、照れ臭そうにするも
確かに彼女からは恋を匂わせる反応は無さそう
で、それを聞いた友人は、つまらなそうにため
息を吐く。
「ほーんま、そんだけハイスペックなのに
いつ彼氏が出来るんやろな?」
『もう、またそういう意地悪言うて。
私はハイスペックと全然ちゃうやろ?
最近が忙しくて、考える暇ないわ。』
そう言いながら手元が開けば、美琴は掃除を軽く
始め、働き者の彼女に少し尊敬しながらも
ふーんと他所に視線を向ければ、熱い視線と
その知った顔に友人は驚き、目を見開いた。
「美琴、アンタもしかして宮さんには内緒でも
もう1人の先輩には言うたりしてへんやろな?」
『え、もう1人って誰かな…侑さん?』
「ちゃうちゃう!ほら飲み会よく迎えに来る
もう1人の…!!!」
『んー?あっ、北さんには社会勉強してきます!
言うたよ?』
「アホ!!心配性になんてこと言うとんねん!
その格好は何や?てめっちゃ目で訴えて来る
やん!」
ガタガタと震える友人が指す方向には北の姿が
見えたので、美琴は驚くが能天気にも遊びに
来てくれたんかな?と嬉しそうに笑って彼に手
を振った。
「…あかん、もう店長に言うてこの子返さな。」
友人は怯えたようにダッシュで店に戻ると、
事前に準備されていた封筒と彼女の持ってきて
いた荷物を美琴に手渡し、そのまましまいや!
と言いながら、北の所へと押して連れて行かれ
てしまった。
「お世話になります!可愛い後輩ちゃんは
お返ししますね。」
『えぇ!?ちょっ、急すぎん?!!』
「え?あ。よく聞く友達か。
美琴が世話になっとるみたいで…」
これで遊び!とおまけの浮き輪も押し付けられ、
友人は北の挨拶を聞く間もなく、ペコペコと
慌ただしく一礼をして、そそくさとその場から
逃げるように立ち去った。
「なんや、忙しい子やったな。」
『えっと、時々せっかちさんなんです。』
ポカンとした顔で2人は彼女を見届けて、美琴も
訳も分からないまま仕事が終わってしまい、
2人は顔を見合わせる。
すると北が先程の自分の気持ちが顔に出ていた 事に気がついたのか、くすくす笑って大人気
なかったかもしれん、と言いながら自分の手に
持っていた麦わら帽子を美琴の頭にそっと被せた。
「美琴、熱中症になったら大変やろ?
ちゃんと被っとかなって…それ注意しようと
思うたら、顔に出とったんやろな。」
『あ、さっき格好で怒っとかもって慌てて
ました!』
格好…?と北が首を傾げて、改めて美琴の
姿を確認したのか、目を丸くして固まり、仕事
無くなって良かったわ。と彼女には聞こえない
声で小さく呟く。
『あとで泳ぐ予定やったから…。』
「もう、プライベートになったから許したる。」
実は俺も水着やしと楽しそうに笑って、浮き輪
と彼女の荷物を彼が持って、彼女の手を引いて
木陰の方へと移動する。
「さすがにTシャツ来て泳ぐんは危ないな。」
『ですよね?私も脱がなきゃ…。』
ガバッと北がTシャツを脱いで丁寧に畳んでいる
と、彼女もシャツに手をかけ、恥じらうこと
無く可愛いフリルのビキニの姿を自分の目の前
に見せるので、北は顔色は変わらないものの、
石のように固まり、それはあかんやろと一言
だけ吐いた。
「美琴、それは誰にも見せたらあかんよ?」
『え、北さん今なんて…?ひゃっ、何で!?』
浮き輪を片手に、彼は美琴の上半身を隠すよう
に軽々と美琴を担ぎ上げ、ずかずかと急ぎ足で
海に入り、身体が見えないところに座らせ、
彼はやっと満足するように浮き輪を彼女に装着
させた。
「来年は一緒に水着買いに行こうな。」
『北さんからそんな言葉聞くとは思いません
でした。』
今日は俺の独り占めやから許すけどと再び彼女
には聞こえない声で呟いて、大人気ない自分が
らしく無くて、ふふっと思わず笑みがこぼれる。
「ほーんま、あの人も溺愛ぶりが半端ないわ。」
心配して駆け付けた彼を呆れたように友人は
見守りながら、お似合いやんと半分面白がり
ながら笑っていると、海の家の番号へ治から
電話が入り、彼女は震えながらそれに対応する
のだった。