久しぶりの新幹線に胸を弾ませ、富士山が見え
てきた所でついカメラを構え、初めてこの光景
を見た時も美琴は同じ行動をとっていた。
それは自分がまだ高校生だった頃の事で、移動
中の思い出がふと頭に浮かぶと、懐かしくなり、
あれからもう5年も経ってしまった時の早さには
驚きだ。
双子が窓側を取り合って喧嘩をして北に怒られ
たり、翌年は美琴の隣がいいと双子が喧嘩して
彼女が怒ったりなど、あの時は本当に賑やか
だった。
再び大好きな先輩達との思い出を振り返って
いると、1人だけの時間はこんなにも長く感じ
てしまうのか。
彼女が今撮った写真を治に送ると、気ぃつけや。
と一言だけ返信が来て、いつものような可愛ら
しいスタンプも絵文字も添えられていなかった。
「あかん!俺ら思い出したとか可愛いメッセージ
来たけど、アイツんとこ行く思うたら…!」
先輩の悔しがっている声は、残念ながら彼女に届かないまま、忙しい時間帯だったのかもしれ
ないと美琴は治にメッセージを送った事に反省
中で、彼や北へのお土産は何がいいだろうかと
考えているうちに、目的の場所へと到着して
しまっていた。
人の多さには気がつけば慣れていて、あの時は
少し怖かった見知らぬ場所も表示通りに進んで
いけば、約束していた待ち合わせ場所まで、
ちゃんと辿り着けていた。
『赤葦さん、お待たせしてすいません。』
「ちょうどさっき来た所だから、大丈夫だよ。
美琴ちゃんこそ、逆に遠い所からありがとう。
よかった、今日は迷子にならなかったんだね。」
銀の鈴と書かれていた場所まで足を運べば、
赤葦は安心した表情で美琴を迎え、彼女も彼
の顔を見かけたら、安心したのか顔の筋肉が
緩む。
『何とか、大丈夫みたいです。』
「そうだね。美琴ちゃんが立派になっちゃって、
なんだか寂しいな。」
『ふふっ、もっと寂しがってください。』
悪戯混ざり出かけた言葉を半分自信がなさそう
に美琴が答えるので、赤葦はくすりと笑って
そう言えば、彼には彼女の誇らしげな表情が
可愛らしく見えていた。
『赤葦さん、自分で持ちますから!』
「いいから、長旅お疲れ様。泊まるホテルは
近いのかな?」
赤葦はごく自然にキャリーバッグを手に取るの
で、美琴が慌てて取り返そうとすると、それ
はさらりと見事に避けてみせ、彼女は諦めて
スマホでホテルの地図を開いて彼に見せた。
『駅の近くの所に泊まるようにしました。
荷物もそのまま預けれる思うて。』
近くだねと赤葦は答えながら、これもまた
さりげなく美琴の手を引いてエスコートをする
ので、彼女は驚いて少し恥ずかしそうに赤葦の
顔を見る。
「人混みで迷子になったら大変だからね。」
いつまでこのネタはいじられるんやろか。と
彼女は春高時代の泣きべそをかきかけた、東京
体育館のごった返した人混みを思い出す。
今日は何でも懐かしくなる日なのだろうかと
考えながら、美琴は赤葦にされるがまま、手を
引かれて、東京駅の人混みの中を並んで歩いた。
「意外と荷物少ないんだね。女の人って
荷物多いイメージだったけど。」
『そうですね、部活の時の遠征慣れやろか。
必要最低限やないと帰りに後悔するのをよく
分かっとるんで。』
「そうだよね、稲荷崎も遠征が多いもんね。
未だに美琴ちゃんがあのメンバーの中にいたの
は不思議だったよ。」
『やっぱり、浮いてましたよね。』
「違う違う、そうじゃなくて。」
赤葦の感想を聞いて、少し悲しそうな顔を見せ
る彼女を否定するが、彼女にうまく説明が出来
ない彼は、少しだけ言葉を詰まらせる。
『すみません、初めての場所で慣れんくて。』
初めて出会った時は、悔しそうに涙をぽとりと
落としていて、赤葦も決して時間に余裕がある
訳では無かったはずなのに、気がついたら彼女
を助けてあげようと木兎と一緒に動いている
自分がいた。
『ありがとうございました、ほんまに助かり
ました。』
「赤葦、この子飼ってもいい?」
「ええわけないやろ、何言うとんねん!」
木兎の突拍子のない発言も侑の怒鳴り声も赤葦の耳には入らず、ギラついた稲荷崎独特の空気の
中でも、1人ほわんと美琴は笑って見せ、彼女が
お礼を言った時のその表情が忘れられなくて、
春高でまた会えることを願っていたら、驚く
ことにまた彼は彼女に会うことが出来た。
「黒尾さんどうしたんですか?」
「赤葦、この子迷ったらしくってさ…。」
『あっ、あの時の…!!!』
先に美琴に声をかけた黒尾を目の前にして固ま
っていた彼女が、自分の姿を見た途端、強ばる
表情が解れて、安心した顔を見せてくれたのが
本当に嬉しくて、またそれも彼には忘れられ
なかった。
そして先日また偶然にもこうして美琴に会う
ことが出来て、次こそちゃんと連絡先を渡せ
て、今日はこうして2人だけの時間を作って
くれて、また柔らかいその笑顔を見せていて。
「あの中にいるのが勿体ないなって…」
赤葦があの時に思ったままの感想を素直に述べ
たら、美琴は思ってもみなかった言葉だった
のか、驚くように目をパチパチと瞬きをした。
『赤葦さんは私を高く評価しすぎや。』
そしてその褒め言葉は聞き慣れないのか、もご
もごと口を動かしながら、コロコロと表情を
変えて落ち着かない素振りを見せる彼女が
面白くて、赤葦からはまた笑みがこぼれる。
「美琴ちゃんは本当に面白いね。」
『赤葦さんもそんな意地悪言うて!』
赤葦に初めて見せた拗ねた顔も彼にとっては
堪らなくて、また1歩距離が近づけたように
感じ、彼は緩む口元を見せないように、別の
方向へと視線を向けた。
今度はどんな反応をしてくれるだろうか。
「美琴ちゃんは、行きたいところある?」
『赤葦さんにお任せします。』
ホテルで荷物を預けて身軽になった所で赤葦が
そう尋ねると、予想通りの美琴の返答に、赤葦
は前以て考えていたコースをと思い、スマホを
取りだした。
「喜んで貰えたらいいけど。」
『絶対に大丈夫です。だって、おにぎり宮に
立ち寄ってくださるだけで、十分お目が高い
のに。』
こんな時にも上がる治の話題を聞いて、赤葦は
美琴と治の距離感に、少しだけ胸がチクンと
痛む気がしたが、今はそれは気にしないことに
する。
それよりも、買い物より食事に気持ちが向いて
いる彼女らしい発言に、赤葦は吹き出していた。
「美琴ちゃんは、早速ご飯の話なんだね。」
『嫌や、食い意地張っとるみたいですよね。』
美琴と会ってからずっと笑いっぱなしの彼を
見て、私そんなにおかしいやろうかと美琴は
不思議そうに自分の身なりを確認しようとする。
「大丈夫、十分可愛いよ。」
やっぱり褒め言葉がなれない彼女は、頬を赤く
して、またそうやってと怒り出すので、赤葦は
構うことなく彼女の背中を優しく押す。
「美味しい和食屋さんあるから、行こうか。」
『赤葦さん、最高ですね。』
街中に出ると美琴と手を繋ぐ勇気は赤葦には
まだ無くて、さりげなく触れるまでが精一杯。
そして美味しそうに頬張る彼女を満足そうに
見届け、彼女の反応に心の中でガッツポーズを
するのだった。