世話を焼かせろ


「美琴がおると、やっぱり店が華やかや。」


『北さんに褒められると凄く嬉しいです。』


北が来店した時に、彼にだけ卒業後は自分の店に
就職する旨を伝えれば、早速彼はお祝いを兼ねて
なのか、美琴に会う目的に店に来て、この後は
一杯飲もうという話になり、閉店まで彼らが仕事
を終えるのを彼は何処か楽しそうに待っていた。


営業中から彼女の様子を見ていた北がそう言い、
北が褒める言葉を嬉しそうに美琴が聞いており、
そこには穏やかな空気が流れている。


「すんません、アイツらが何言うかわからん
のんで、ココだけの話って事で…」


「わかっとる。大丈夫や。」


治はそう言いながらパソコンを打ち、隣で小銭を
並べていた美琴と一緒に締めまで済ませて、
直ぐに片付ければ急いで出かける準備を始める。


私服はちゃんとスカートに着替える彼女の姿を
北は満足そうに頷きながら、美琴はどっちも
似合うなと隙なく褒め、それに治はかなわへん
と苦笑いを浮かべていた。


「今日は、美琴のお祝いなんやから、美琴の
好きな店にしよう。」


飲み屋街までのんびり歩きながら北が提案する
言葉に美琴は嬉しそうに笑って、『私は治さん
の好きな店が嬉しいです』と答えるので、治は
もちろんそれを隣で耳にすれば「可愛すぎや、
アホ!」と心の中で叫ぶ。


北は彼女の言葉を少し不服そうに見るが、彼女
の言い出すことは彼には想像がついていたのか、
「美琴らしいわ。」と声を出して彼は笑っており、
一瞬だけ睨まれた気がした治はヒヤリと汗が
流れ、機嫌は普通だった北にホッと胸を撫で
下ろした。


『すごーい、さすが治さん!!!』


彼らが入った居酒屋は美琴好みの軽めのお酒が
ずらっと綴られており、食事も選り取りみどり
で、彼女はキラキラと目を輝かせながら品書き
と睨めっこをしていた。


「ここなら、肉も魚も選び放題や。」


「お前、ほんまよう知っとるな。」


感心するように北も品書きを眺めて、美琴が
美味しく頬張る姿を見たいという目的であろう、
彼女の向かいへと座り、隣には治が座っていた。


先に飲み物を決めれば、それを待っている間に
気になるつまみをあれやこれやと色々頼み、
飲み物がそれぞれ揃ったところで、乾杯の
音頭を取りながら、グラスがカチンと当たる
音が彼らの目の前に響く。


「あとは卒業するだけやな、美琴なら大丈夫や。」


『内定決まっただけで、とにかく一安心です。
治さんのお役に立てるように頑張ります。』


「そんな気張らんでも、こっちは助かっとるから。」


治の言葉が嬉しかったのか、嬉しそうに彼女は
ファジーネーブルを口にする。
2人の会話を北は満足そうに微笑んで見て、
そこにはふんわりと柔らかい空気が漂っていた。


「お前、また細なったろ。しっかり食べや。」


「北さん、美琴のペース追い付かんくなっとる。」


『はひっ、おいひいでふっ。』


北の世話焼きは昔と変わらず、サラダが来れば
彼女が皿によそう間も無く彼がスマートに奪い、
小皿へと仕分け、品が来ればことある事に彼女
の皿へと色々置かれていく。


北の優しさに彼女も彼が与えるものを口にして
いたが、小さい口を隣でもごもごと喋れない
まま必死に動かす彼女に耐え切れず、治もつい
口を挟んでしまう。


どうも彼は酒が回ると、ただでさえ周りへの世話
焼きが酷いにもかかわらず、更に拍車がかかり、 ついついその矛先は美琴へと向けられ、あれを
食えこれを食えのお節介がエスカレートする
のは、毎度の見に行く時の恒例行事で、その度
に美琴は彼に振り回されていた。


この時ばかり程、「信介止めてやれ!」と厳しく
突っ込む尾白の存在が大きく感じる日は無い
と治はため息を吐いていた。


そして、お酒を2、3杯口にした彼女はふわふわ
と完全に酔いが回っていたのか、食べるペース
が少しずつ落ちてきたので、隣にいる彼が箸を
付けるのもいつも通りの光景だった。


「美琴、眠たなったん?」


日本酒と漬物を口にしながら、ラストオーダー
が回ってきた頃に美琴には眠気が突然
襲ってきたのか、こくこくと船を漕ぎ始めた。


治は彼女が頭をぶつけないように自分の肩へ
彼女の頭を寄せれば、『んー。』と意識半分
と言ったところで、北も「帰るか。」と丁度
飲み切ったところで、ジャケットを羽織り出す。


酔っていても美琴はそこはきっちりとしている
からか、会計の際に財布を取り出し、お金を
出そうとしていたので、2人は息ぴったりにお前
はええからと言いながら止め、彼女の財布を
彼女の鞄に入れ直していた。


ちゃんと歩き出すものの、油断すればすぐに
転んでしまいそうな彼女を北も治も少し
心配しながら、タクシー乗り場がある駅へと
彼女のペースに合わせて、ゆっくりと歩く。


「美琴、頼むからコケなや。」


『すみません、大丈夫ですよ。』


「北さん、俺が送ってくからあとええですよ。
北さんは、電車で二駅先ですよね?」


乗り場まで何とか彼女は転ぶばずに辿り着き、
治がそう言って北と別れようとしたら、北は
真顔のまま、治の発言に納得いかない様子で
その丸い鋭い瞳はじっと彼の目を捕らえていた。


「は?ええわ。送り狼になりそうやし。」


「いやいや、さすがに仕事仲間の可愛い後輩は
襲えませんて。」


「目がいただきますって書いとるで、治。
俺が送るわ。」


「…北さんもどうなるかわからんやん。」


譲らぬ言い争いの中、ぽつりと治が言葉を
吐いた一瞬、北の眉毛がピクっと動いた事を
動体視力は現役のままの彼は見逃さなかった。
2人の間にはしばしの沈黙が走る。


今の反応は彼も絶対大丈夫だとは言い切れない
と言っているようなもので、お互いがお互いを
呆れた様に見つめ、ため息を吐いた。


結局そのままタクシーに3人一緒に乗り込めば、
美琴を家まで送り届け、帰り際に完全に酔って
いた彼女が寂しそうに彼らを引き止めてしまい、
翌日の朝に目覚めた美琴は自分の家に2人が
添い寝をしていて彼女が顔面蒼白になるまでが、
彼らが飲みに出かけた時の毎度の一連の流れ。


大の字で寝たいと彼女が買ったセミダブルの
ベッドの使い道は、確実に違う方向の使われ方
にキャパオーバーで悲鳴をあげ、彼女は自分
の失態をひどく後悔をしていた。


「北さんも結構ぐいぐい行きますよね。」


「酒の勢いや、普段は違う。」


「(…ほんまやろか。)」


『すみません、すみません!!!』


「「いや、2人きりやなくてよかったわ。」」

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