あなたへの恩返し


治には日頃から感謝してばっかりだと、美琴は
頭の中でふと考える。


疲れを癒す最高の湯に、美味しいご飯。
そして気分転換の散策と、この楽しい旅へ自分
を連れてきてくれた治に、美琴は何かお礼を
出来ないかと、未だに治の腕の中にいる彼女は
悩み、くるっと体の向きを変えたら、彼の顔を
じっと見つめた。


「ん?美琴どうしたん。」


『治さん、マッサージをさせて貰っても大丈夫
ですか?』


治に遠慮気味に尋ねているところは美琴らしく、
この謙虚で可愛い生き物をどうしてやろうかと、
治は一旦黙る。


自ら招いたにも関わらず、彼女とのこの至近距離
に先程まで、後ろで疚しい気持ちを心の中に
秘めていた彼は、その愛くるしい視線に射抜か
れてしまい、ゴツンと仰向けに寝転がり、両手
で目を覆った。


いくら畳といえど、勢いよく頭を落とした彼を
心配して、美琴が呼びかけたのだが返事は無く、
彼女は彼に嫌な思いをさせてしまったのかと、
眉毛を八の字にする。


『やっぱり嫌でしたよね。何か、この旅のお礼
をと思ったんですけど…。』


「ちゃう…ちゃうねん。」


すっかり夜風と風呂で酔いが覚めてしまった彼
は、その真っ赤な顔色は決してアルコールから
ではなく、自分の為に何かしたいことが十分に
伝わる眼差しを向けられたからで、純粋な美琴
が眩しく見えた彼は、まともに彼女を見れずに
いたのか、否定はするものの、目は手で覆った
ままでいた。


「…寧ろ、お願いします。」


治の小さな返事を聞いたら、安心して緩む美琴の
表情が何ともたまらない。


治は布団の上にうつ伏せになり、自分のだらし
ない顔を見られないように、腕の中に伏せた。


『失礼しまーす。』


美琴は治の負担にならないようにと、器用に
膝立ちで彼の背中に跨り、まず首から肩に掛け
てゆっくりと揉んでいった。


そしてゆっくりやんわりと腰元まで降りてきて、
優しく触れながら繰り返され、彼もぽかぽかと
体が温もっていく感じが、心地よくなってきて
いた。
うっかりこのまま眠ってしまいそうな勢いだ。


『ちゃんと効いてますか?』


「力加減、最高。相変わらず上手いな。
あかん、このまま寝そう。」


『ふふっ、お気に召されて何よりです。
寝ちゃっても構いませんよ?』


「つーか美琴、乗っかっても大丈夫やで?」

『それはあかん、治さんが潰れちゃいます。』


マッサージを施されている時の圧力以外の重さ
を全く感じなかったことを不思議に思い、治が
彼女にそう言ったのだが、彼に気を使っていた
のだろうか、そのまま体は浮いた状態で、治に
乗ろうとはしない。


彼はそれに納得いかなかったのか、隙間から
ぐるっと向きを変えて、逃がさないように彼女
の腰元を持ったら、どすんと自分の身体へ押し
付けた。


『ひゃっ、ちょっと治さん!』


「ほら、全然重とうないやん。」


自分に乗っかっても、ちっとも重さを感じさせ
ない彼女に、治がにっこり笑ってそう答えると、
自分の腹部あたりに乗っかっている彼女を目に
して、彼の動きはピタリと止まってしまった。


彼は油断して、すっかりと忘れていたのだ。
彼女も自分と同じ浴衣姿だったということに。


あかん、今の美琴めっちゃエロい…。


浴衣の隙間からちらっと覗いて見えている美琴の
脚と、バランスを崩して彼女が置いた手の位置、
そして自分が今彼女に添えている手の部分が、 ちょうど角度的にも致している様に見える位置
で、あまりにも美味し過ぎる光景に、思わず
ごくりと彼の喉が鳴ってしまう。


『あの…治さん…その…。』


すると、僅かに彼女が動いた刺激で反応した
部分が彼女にも当たってしまい、それで気が
ついてしまったのか、かぁっと彼女も頬を赤く
染めると、言葉を詰まらせて、恥ずかしさから
泣きそうな表情に変わってしまい、治が慌てて
謝りながらひょいっと彼女を抱えて、その場
から下ろした。


「すまん、美琴!悪気は無いんや。」


『こちらこそ、すみません!!!
嫌や…今の私、はしたない格好して。』


「いや、俺もなんも考えとらんかったら。」


『治さんは、ほんまに悪うないです!
今のは、私のせいやったんやし…。』


マッサージは中断して、この部屋の中は突然の
謝罪大会と変わってしまい、2人が頭をぺこぺこ
と下げながら小さくなっているので、段々と
お互いがおかしく見えて笑い合う。


「美琴。今さっきのはお互い無かったことに
して、これから飲み直さん?」


『はい、賛成です。』


謝り合う中でキリがないと判断した治は、小さ
く手を上げて、同じ動作で返事をした 美琴
の手を取ると立ち上がり、再び近くにあった
コンビニに赴いて、缶ビールと缶チューハイと
をカゴに入れたら、小腹も空いたのか、ついで
におつまみも購入をして、部屋で2人で乾杯を
交わす。


2人でテーブルに向かい合って、夜の景色を眺め
て飲むお酒もまた味わい深くて、普段口にする いつものお酒が普段よりも贅沢に感じていた。


「ここからの景色もええな。」


『ほんまですね。』


微笑んで缶を持つ美琴の表情を見ると、自然
と治の肩の力も緩んで、幸せやな。とぽつりと
言葉に零す。


「美琴が笑うてくれとるだけで、1番のお返しに
なっとるからな。」


治の言葉を聞いた彼女は、適わへんなと言い
ながら、椅子の上で丸くなって、残り僅かの缶
をくるくると回していた。


『私も治さんみたいな事言える、カッコイイ
先輩になりたいです。』


治は軽い口説き文句のつもりで言ってみたの
だが、美琴には優しい先輩の発言として捉えて
いたようで、尊敬の眼差しをこちらに向けて
くれるのは、嬉しいのだが、この伝わらない
もどかしさに、彼は苦笑いを浮かべる。


そして、ほろ酔い気分で無垢に寄り添う美琴を
介抱して、全く彼女に手を出すことはなく、
紳士に一夜を過ごした自分を褒め讃えながら
眠りにつき、翌朝には、浴衣が寝ている間に
自然とはだけてしまって、隣であられも無い姿
を見せる彼女を見て、治はまた、疚しい自分の
欲望と葛藤しなければならない状態に。


「この蛇の生殺し、どうせーっちゅうねん。」


そのまま眠っている美琴の衣服を治してあげたら、
寝返りを打った彼女の柔らかい箇所がむにっと
当たって、動作はもちろん停止する。


「こうなったら、とことんこの我慢大会に
付き合ったるわ!」


彼はそう文句をいいながら、自分の元へ美琴を
引き寄せて、そのまま彼女が起きるまで、彼女 の髪を梳きながら、寝顔をじっと眺める。

そして頑張った自分へのご褒美に、美琴が
目覚める頃合いを見計らって、わざと頬に
チュッと口付けを落として、真っ赤であたふた
とする彼女に、治は悪戯混ざりの笑顔で挨拶を
するのだった。


「美琴、おはよう。」

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