侑の発する、テーマという名の言葉の意図が
分からぬまま、彼から着て欲しいと事前に受け
取ったTシャツを手に持って、首を傾げてから
数日立ち、いよいよファン感謝祭の当日を迎え
た。
『先輩、お久しぶりです。』
「なんや、美琴。大きくなったな。」
「言うことが、親戚のオジサンか!」
会場の最寄りの駅で待ち合わせをして、久し
ぶりに再会をする先輩に嬉しく挨拶すれば、
向こうも久しぶりに目にする後輩の成長に
感激をして、言葉を返す。
大耳がそう声を掛ければ、尾白はすぐに
ツッコミを入れるので、遠くに感じていた
彼らが、変わらないことに美琴も安心を
して、くすくすと肩を揺らし笑っていた。
「美琴、そのシャツはデカくね?」
赤木の指摘に恥ずかしそうに笑っていると、
隣に立つ治はため息を吐く。
「ツムが着てこいって言うたんよな?」
「相変わらず、律儀な子やな。」
『さすがに、電車でこの格好は少し恥ずかし
かったですね。』
絶対に見つけ出すからと侑に根負けして、身に
纏ったTシャツは、この度のファン感の物販に
あるもので、以前に角名のユニフォームを大きめ
のサイズで持っていたことをまだ根に持って
いたのか、そのサイズは侑がいつも着る大きさ
だった。
「侑の独占欲も相変わらずやな。よう治が許したな。」
「ずっと喧しいねん。」
「うわ、想像つくわー。」
目に浮かぶ光景に大耳が頷いて、赤木は溺愛ぶり
に拍車がかかっている事に引いたのか、顔を引き
攣らせていた。
ケロッとしているのは尾白だけで、似合うから
ええやろ!と笑って見せて、その言葉に美琴の
気持ちは少しだけ自信がつく。
『今日は皆同じ格好やから、きっと紛れます
よね!』
せやでと答えて、尾白の大きな手に頭を撫で
られるのは久しぶりで、ににこにこと微笑み
合う2人の姿は、恋人というよりは兄妹と
いったところか。
傍から見れば微笑ましいのだが、治は彼女を
取られてしまった気分になるのか、不服そう
にぐいっと彼女の手を引いた。
「こっちも変わらずで、独占欲が強いな。」
『今日は、お兄ちゃんいっぱいで頼もしい
ですね。』
「ホンマに呑気なやっちゃな。」
「何でもええやん、楽しむで。」
治のヤキモチも慣れた様子で、尾白は笑って
さらと流して、会場まで足を進める。
そして物販で楽しくグッズを買って、つい彼女
を甘やかして、彼は自分のもの以外も買って
あげていた。
『えぇっ!?尾白さん、タオルとジャカ助の
キーホルダーのお金っ!』
「ええから、たまにはお兄ちゃんらしい事
させえ。」
「お兄ちゃんどころか、お前こそ親戚の子供に
貢ぐオッサンやん。」
「ほんま、親戚の集まりになっとるわ。」
「信介おったら、もっと大変なことに
なっとったな。」
しぶしぶ尾白に財布を引っ込めさせられて、
美琴が不満そうに口を尖らせていると、
治もよかったやんと笑いながら、自分の
被っていたキャップを彼女に被せた。
『治さん、これは…?』
「ツムの言うことばっかりも気に食わんから、
分かりにくくしたろうかなと思って。
というか、昨年は美琴が見つかってしもうて、
大変やったろ?」
治の言葉で、昨年の惨劇を思い出した彼女は
さーっと顔から血の気が引いて、必死に頷く
と、治から受け取った帽子を深く被った。
それもそのはず、昨年は木兎に見つかって
しまい、そのまま彼に担ぎ上げられて、
もちろん周りから注目を浴びてしまい、
顔から火が出る思いを彼女はしたのだ。
『ホンマや。侑さんも人気者やし、さすがに
女性を敵に回したらあかん。』
「面白いくらい、今更な発言やな。」
「この子、高校時代は大丈夫やったん?」
「北や角名がおったしなぁ。」
「信介らがおったら、確かに近づかんわな。」
侑は女性ファンも多いので、万が一悪目立ちを
した時に彼女達から向けられる視線は、きっと
痛い。
彼女は、時折彼の名前の書かれた団扇を手に
持つファンを見たら、自分を見つけた時の予想
される侑の行動に恐れを生したのか、ぎゅっと
治のシャツの裾を掴んだ。
治もせっかくの楽しい祭りで怖がらせることに
は罪悪感を感じたのか、治は気をそらそうと屋台
を見つけて、小さな声で彼女に話しかける。
『今年は端っこでのんびり見ましょうね。』
「せや、のんびり楽しもうな。
あそこに美味そうな屋台もあるし、今日は
カロリー気にしたらもったいないで?」
『うーん、バレちゃいましたか。』
彼女の考えはお見通しだったのか、罰が悪そう
な顔を見せた美琴に笑って、一緒にお目当て
の所へ向かい、一緒になって色々と買っていた
赤木が、楽しそうに彼女に差し出した。
「美琴、これ食うか?」
『ありがとうございます、これ…美味しっ!』
「なっ!美味いやろ?」
「ほんま、美味そうに食うな。
俺もなんか買うて来ようかなぁ…。」
「ちょ。先輩らは、北さんおらんからって
色々と餌付けし過ぎやろ!」
「たまには止める側ばっかやのうて、こっち側
も 楽しみたいやん?」
イベントが始まる前に小さな酒盛りが既に始ま
って、彼らの気分が良くなった所で、彼らの
賑やかな声と場を盛り上げる音楽が大勢の人の
中で混ざり合う。
『始まりますね!』
賑やかな会場は、侑達が登場をすればさらに
盛り上がりを見せて、普段や試合とはまた
違った雰囲気が新鮮で、美琴もよく知る
人物を見て、声を出して笑った。
しかし、ふとした瞬間にステージに立っている
侑を遠くに感じていたのか、少しだけ寂しそう
な表情を見せて、手に持っていたジンジャー
エールを口にする。
そんな彼女の儚い表情を出来れば見たくない
治は、その悔しさを紛らわすように、わざと
らしく彼女の手を握り締めた。
『ああ、男の人にスタイルが負けてしもう
とる。』
「は。まさかのそっち?寂しくなったんと
ちゃうの?」
『皆さんの美脚に悲しくなりました。』
しょんぼりと彼女が肩を落とす理由が可笑し
すぎて、呆気にとられた顔を見せる治の横では、
その会話が聞こえてきた先輩達も、腹を抱えて
笑い始める。
「治、とんだ勘違いで良かったな!」
「ほんま、報われんなぁー。」
「何とでも、言うてくれ!」
彼が揶揄われている姿は新鮮で、驚いて
パチパチと瞬きをしていた美琴も、理由は
分からないままに、笑っている先輩に釣ら
れて、くすくすと肩を揺らす。
「美琴、笑いすぎやろ。」
『わっ!』
そうしていると、治に帽子をずらされて目の
前は見えなくなり、治はステージを見つめて
怪訝な顔をして何か言っていたが、その言葉
は上手く聞き取れず、ステージを見る他の先輩
達の笑い声だけが聞こえていた。
彼女が帽子を上げた時には、侑の姿は見えな
くなっており、会場が冷えきった空気になる
のは、もう間もなくの出来事。
「美琴。ツムが泣きついてきても、絶対に
アイツを甘やかしたらアカンよ?」
『侑さんが、私に泣きつく?』
治の言う意味がわからないままに美琴は首を
傾げて、この度のテーマだと誇らしげに
説明していた侑の楽しそうな表情を思い出すま
でには、あと20分。
ステージはフィナーレを迎えようとしていた。