ついに来た


金木犀の香りが歩いていると漂ってきて、
何だか今日は、気分がいい。


そして苦手な講義前には、新米を治の店に
昨日届けたと昨日は休みで不在だったからか、
北からの嬉しくなるメッセージが入り、それ
を目にすると彼女のモチベーションは、更に
上がった。


このあとの予定を考えると、授業が終わるのが
待ち遠しく、気がつけば鼻歌が美琴から漏れて
いたのか、隣の席から視線を感じて、彼女は
恥ずかしくなった。


そしてお昼を過ぎると今度は治からメッセージ
が届いて、誰も盗らないから慌てず来いと書い
てあり、北からも似た内容のものが続けて来る
ので自分をよく分かってくれている兄の様な
先輩達に思わず笑いが出てしまっていた。


「さっきから、百面相して忙しそうやな。」


楽しそうな表情を見せる美琴を不思議に
思ったのか、彼女の友人が覗き込んで画面の
相手を見ると、その名前に青ざめる。


その友人は、夏に彼女にバイトを頼んでいた
人物で、あの後の恐怖を思い出したのか、
手でそっと画面を覆った。


『どうしたん?』


「いや、悪夢が甦った。アンタの先輩、ほんま
に怖いねん…。」

『んー、確かにバレーしとった時は気迫
あったけど、今はめっちゃ優しくなっとるよ?』


「いや、多分それはアンタにだけや。」


余計な事を発したら、またどんな恐ろしいこと
が待ちうけるか分かったものじゃない。
友人はそう思ったのか、それ以上は何も言わ
ず、平和が何よりやなと小さく呟いていた。


『せやね、今月からやし…。』


「何の話ー?」


そこからまた2人程、ひょっこりと彼女達の後ろ
に友人が現れて、楽しそうにする美琴から春が
訪れたのかと勘違いをして、興味深そうに2人に
尋ねる。


「アンタらが喜ぶ話とちゃうよ、この子のいつも
の先輩達の話。」


「なんやー、今月からとか聞こえたから。」


「ほんま、彼氏出来たんか思うたのに。」


『まだまだ秋やなー、でも私はこの時期が1番
好きかもしれん。』


「まだまだ春は来なさそうやなー。」


『冬も楽しいこといっぱいやしね。』



「そういう意味とちゃうよ?」


メッセージから違うものに切り替わった彼女の
画面には、大好きな地元チームのホームページ。
その画面を見て、相も変わらずのほほんと笑う
彼女を見れば、残念そうに肩を落とすのだった。


『お疲れ様です!』


「美琴おかえり…って、走ってきたやろ?
コケるからあかん言うたのに。」


『どうしても、楽しみで!
後、カロリー消費も兼ねてです。』


「気にせんでええって言うとるのに。」


学校が終わると急いで電車に乗って、息を切ら
せてやって来た彼女を見て、呆れた顔で治が
注意をしたら、目を輝かせて答えて来て、
何となくその後ろには、しっぽを振る幻覚まで
見える可愛さに、治も胸を押えて、返す言葉を
迷ってしまう。


『ほら、やっぱりツヤツヤやし。
新米は輝きが違いますね、普通のでさえ凄く
美味しいのに。』


そして、いつの間にやらしっかり仕事の準備を
済ませた彼女は、お客さんに運ぶおにぎりを
うっとり眺め、楽しそうに運び始める。


幸せそうに頬張る客の姿を見る時は誇らしげで、
褒め言葉が擽ったくなるくらい、楽しそうに客
と会話をするのだった。


『ありがとうございました。』


閉店前の最後の客を見送って、準備中の札に
切り替えて扉を閉めたら、ずっと楽しみに
していた自分の賄いの時間がやって来て、
餌を待つ子犬の眼差しに、治は思わず吹き
出した。



「今から作ったるから、待っとき。」


『やった!』


美琴が両手を広げて喜んでいると、ガラッと
扉の開く音が聞こえてきて、まさかの突然
駆け込み客でおあずけを食らうのかと半泣き
になれば、彼女もよく知る人物の姿。


しかし、いつもと雰囲気の違う彼の顔色
を心配しながら、彼女は様子を伺った。


『侑さん、いらっしゃい。』


来て早々、落ち込む姿を見せる侑の様子を察し
て、どうしたのかと尋ねずに、美琴はそのまま
彼の邪魔にならないように厨房に移動して、
暖かいお茶を淹れようとした。


「美琴ありがと、気を使わんでええよ。」


『せやけど…。』


「ええから。」


静かにカウンターに座った侑は、ゴツンと音を
立てて突っ伏すので、そのままその場から席を
外そうと1歩下がれば、治にその場にいるよう
促され、いつも通り手を動かし始めるので、
彼女もとりあえず、彼らの様子を見守る事にした。


「…サーブがあかんねん。」


しばらく沈黙は続き、侑がやっと口を開くと、
治は新しいやつか…と知っていたのか、彼の
落ち込む原因は把握済み。


「新しいヤツあかんくて、ほんで今まで決まっ
とったサーブも引っ張られて、なんか全体的に
アカンくなっとんねんやろ?」


ピタリと治に当てられ、無言で伏せたままの侑
に今まで通りでいいのではと言われたら、そこ
は納得出来ないのか、けど…とゆっくりと体を
起こした。


「オルロフがやってんの見て、やりたなって
もぉたんや…!かっこ良かってんもん、
やってみたいやんかっ…!」

侑らしい返しに、美琴は困った顔で笑って
いると、治は彼女の方向へ「ほっとき。」と
吐いて、侑にも辛辣な言葉を掛ける。


「やらなかん…!やったや、励ましたろかなと
思ったけど、やりたいんやったら勝手にせぇや。
欲張って、自滅せぇ。」

なんやねん!と怒り出す侑の言葉を遮って、
彼の目の前にそのまま好物の具材の乗った
おにぎりを差し出すと、コロッと侑の表情は
打って変わって、いただきまーす!の挨拶の
後に、ご飯と海苔の香りを楽しみ、美味し
そうに齧り付く。


そして、その米の食感に新米だと気がついた
のか、互いに目を光らせて確認をするので、
美琴はその横から、微笑んで淹れたての
お茶を侑に差し出した。


『もう、私も食べたかったんですよー。』


「美琴いつの間に!?」


『ずっとここにおったんですけど、侑さんの視界
には入ってなかったみたいで。』


「せや、この子のを先に握ろうとしとったのに。」


『そんなそんな、侑さんが優先やないと!』


「健気な美琴に感謝せえ。」



「ほんまやな、ごめん。これ、美琴の淹れて
くれたお茶と合わさって最高や。つーか俺、
可愛い可愛い美琴が目に入っとらんくらい
余裕なかったとか、ダサ過ぎやん。」


「ほんまやな、ダッさい先輩で。美琴もほら、
ネギトロにしたで。」


「お前に言われるつもりで言ったんとちゃう!」


『わー、ええんですか!?いただきます!
んー、やっとやんなぁ。』


喧嘩が始まる前に美琴が侑の隣で、同じ
ものを頬張って、幸せそうに蕩けた表情を
見せるので、言い合いはピタリと止まり、
揃って彼女を見ると、自然と二人の目尻も
下がる。


『侑さんは出来ますもんね、大丈夫ですよ。』


「美琴は優しいなー、ほらサムも見習えや。」


のほほんと言いのけて、同じく自分用に用意
していたお茶を啜り、侑に向かって笑顔を
向ける。


「美琴、そこ米ついとる。ん、うま。」


「だっさい先輩は、どさくさに紛れてセクハラすな。」


「付いた米を食うただけやん!」


『ふふっ、いつも通りみたいで安心ですね。』


再び言い合いが始まると、彼女は曇らせた顔の
侑より何倍もいいと思っていたのか、ほっと
した顔で2人を眺める。


侑は楽しそうに笑う彼女を見たら、不意に抱き
しめたくなったのか、彼女の名前を呼びながら
甘え始めるのだった。


「美琴不足もあるんかもー、慰めてー。」


「お前ほんま、調子乗んなよ?」

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