お世話になり過ぎて


頬に泥をつけて楽しそうに笑う美琴に、何歳
やねんと呆れた声を出す彼の目は、とても
優しかった。


『北さん、すっごい取れました!』


「ほんまの芋づる式やな。」


勢い余って柔らかい土に尻もちをつき、連な
って取れたそれを誇らしげに抱えて、軽く泥
を落とせば、そのままダンボールに詰め込む。


『今年も豊作でしたね!』


「サイズも大きめになっとったしなあ。」

その収穫量は好感触で、泥汚れもきにせず大好物
を目の前に興奮気味に話す彼女がやっぱり可愛
らしく見えて、よかったなあと北が声を掛ければ、
美琴は嬉しそうに笑顔を返した。

北の運転するトラックに心地よく揺られ、
いつもの様に収穫後は楽しいお茶会が待って
いて、その後は組合の宴会があり、美琴は
早めの退散をする予定が、たまたま本日
宴会に行く人間と遭遇して、この度は彼女
も一緒にと誘われてしまい、美琴も一緒に
行くことに。


次に目を覚ました時には、北の部屋の天井が見え
て、彼女が慌てて起き上がると、頭痛と共に、
ぐらんと視界が歪んで見えた。


『痛ったぁ…。』


久しぶりにきた、この頭痛には記憶がある。
しかし昨日の記憶が曖昧で、また大切な先輩
に世話を焼かせてしまった自己嫌悪に陥って
いると、静かに部屋を仕切る襖が開いた。


「美琴、大丈夫か?」


『北さん、すみません。私また迷惑かけて。』


「いや、謝らんでええよ。断りづらい場に行かせて
しもうて、こっちこそすまんかったな。」


『北さんこそ、謝らんといてください。
私には、楽しかった記憶しか無くて…。』


「そんなら、ええわ。」と安心した顔で、北は
美琴の頭を撫でて、彼女の顔色がまだ少し
戻っていないことを気にかけていた。


どうやら昨夜その席で、遠慮して食が進まない
まま断るのが苦手な彼女は、北がトイレで席を
離した際に、芋焼酎を勧められてしまい、お酒
が弱い旨は伝えても、相手も酔っ払いだった為、
断れずにそれを口にしてしまった。


気を張っていたからか、その場ではすぐに倒れ
ずしっかりと正気を保っていたが、北と2人で
帰る頃には気が緩んだのか、崩れてしまい、
彼女の頭の中はその芋焼酎を呑んでからの記憶
すらなかった。


「美琴、食べれそうか?」


まず最初に水を差し出され、喉の乾きが潤う
と、彼が一緒に持ってきていたお盆には、
1杯の汁椀が乗っかっており、彼はそれを
差し出した。


気分は悪いが、それと同時に空腹もある。
彼女はコクリと頷くと、北は「ほな、食べ。」
と目を細めて笑い、布団から出ようとしたら、
彼は完成に彼女を病人扱いして、ここでええ
からとその場を移動させなかった。


『いただきます。』


両手を合わせて頭を下げ、手に取ったお椀の汁を
啜ると、味噌のしょっぱさとは別にほんのりと
甘みもあるそれに、美琴の力は緩んでいく。

その味噌汁には、昨日一緒に収穫をしたさつま芋
が入っていたのか、その風味が彼女の弱った体に
すごく染みた。


『…美味しい。』


「せやろ、今年のは甘みが増しとるわ。」


『北さんとこの畑のが、1番好きです!』

「嬉しいこと、言うてくれるな。」


その汁にはつみれも入っていて、さつま芋
との相性がばっちりで、口にすれば止まら
ない。


彼の祖母が作ったであろう、その団子入り
の汁は、とても優しい味がしていた。


彼女の反応を見た北は満足だったのか、
にっこりとつり上がった目で笑顔を見せて、
しっかりと完食した彼女に、よく食べました
と優しい言葉をかけた。


そして、北が優しくすればするほど、彼に申し
訳ない気持ちが増していくのか、美琴は悲し
そうな顔を見せて、北が不思議そうに首を
傾げる。


「どうしたん、美琴。」


『私、いっつも北さんには迷惑かけて
ばっかりや。』


「迷惑なんて思っとらんけど。」


『でも、毎度毎度お世話になってしもうて。』


「先輩が後輩に迷惑かけるのは、侑くらいやろ。」


北の発言に、美琴も普段の甘えてくる侑の
姿が目には浮かんだが、それもそうですねと
果たして言ってもいいものかと言葉を詰まら
せ、北にはそう見えているのだろうが、
どちらかと言えば、彼にもお世話になって
いる方だ。


『いや、私は皆さんにお世話になり過ぎや。』


顔を曇らせて、再び自己嫌悪になりそうに
なっていると、コツンと北の額が自分の額に
近寄ってきて、彼の予想外の行動に、一旦
美琴の頭はフリーズ。


「…要らん考えは、吸収したるわ。」


末っ子は、大人しく甘えとき。と、彼は目を
伏せてさらっと言い除けて、彼との近すぎる
距離から、美琴はパクパクと口を動かせなが
ら顔を真っ赤にさせて、固まってしまって
いる。


そんな中、彼らしく無い態度は続いて、悪戯を
する子供みたいな表情を彼女に見せていた。


「うん、邪念は飛んだようやな。」


もう少し寝とき、と彼女の頭をクシャりと撫で、
彼は彼女の手に持つお椀と箸を預かってお盆に
乗せ、片付けに台所に向かう背中は、どこか
楽しそうだった。


「侑と治が、美琴を揶揄いたくなる気持ち
が、最近わかるようになったわ。」

廊下を歩きながらそう言いながらも、自分が当て
た額は、何となく熱を持つ。
好きな子相手だと、みんな一緒やなと照れ臭そう
に美琴のいない所で、彼は笑っているのだった。


「美琴ー。連絡来んけど、どうしたん。
体調悪いん?」

噂をすれば影がさす。そんなことわざが頭の中
に過ぎった彼女はスマホの差出人を見て、画面
を静かに見つめていた。


北が去ったその部屋では、侑がメッセージを
送っても返信が無いことに心配をして、何故か
いきなりのテレビ電話で掛けてきた彼の姿は、
練習中の体育館だった。


『侑さん、集中、集中!!!』


「いや、既読もつかんし、倒れとったら集中出来ん
から掛けたんやって!」


困った様に笑う美琴の頬はほんのりと赤く、
明らかに大きめのスウェットと、その見覚えの
ある建物の背景に、侑は眉を顰めた。


「お前、まさか…その部屋にその格好。」


嘘やん…と彼女の今いる状況に侑の顔は青ざめ
ていき、慌てて弁解する美琴の反応は逆効果。

またズキンと頭を痛めて、美琴が顔を顰めたら、
どこか痛いんか!とよからぬ妄想で騒ぎ立てる
侑の声は、スピーカー越しでも賑やかで、北から
の叱責を食らうまで、時間はあと僅かとなって
いた。


ゆっくりと襖が開かれる。


「体調悪い奴にテレビ電話かける奴がおるか。
つーか、練習に集中せえ。」


『今、侑さんにもお世話になっとる言うても、
きっと聞いてくれんよなぁ。』


「(美琴のこの服、絶対に北さんが着替え
させとるけど、今はよう聞かん。)」


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