『黒尾さん、ここにおった!』
「あれあれ、小狐ちゃんどしたの。」
『忙しくなる前にと思うて差し入れです!
いつもお世話になっとるお客さんにはちゃんと
せんと。』
今日確かお誕生日でしたよね!と笑顔を向けて
くる彼女からお馴染みの袋を受け取り、その袋
を除くと、おにぎりが2つとバースデーカード
と思われる紙が2つ折りで入っていて、黒尾は
予想外のプレゼントにぱちぱちと2回、瞬きを
した。
「わざわざ持ってきてくれたの?」
『まだ時間あるうちに、持って来ました。
これから稼がなやから、動けんくなるし。』
この前店に遊びに来た時に、今度のあの日は
実は誕生日なんだよねとさらりと言った言葉を
しっかりと美琴は覚えていた。
今度のあの日というのは、この仙台市で行われ
る待ちに待ったあの人物のデビュー戦。
治と共に、兵庫からはるばる遠征の出稼ぎに
やって来て、どうやら彼女は作業の合間に黒尾
に手渡しに来てくれたようで、彼女の気配りと
成長具合が黒尾の内なる部分に響いたらしく、
彼は感激から思わず目頭を押さえていた。
「これは父親的な気分。大きくなっちゃって…。」
『黒尾さんと私、個しか違わへんのにお父さん
って。私そんなに子供っぽいやろか。』
「そだね、前言撤回。じゃあ、兄的気分で。」
『黒尾さんも確かに、お兄ちゃんて感じは
しますもんね。』
「お兄ちゃんとか…もう、いちいちクるから
止めて。」
『黒尾さんが言うたのに…。ほんま、周りは
お兄ちゃんだらけやな。』
俯いて手を上げ、理不尽に注意してくる黒尾を
不思議に思いながらも微笑みを見せ、互いに
会話ができるのはここまで。
まだ荷物の搬入など、やるべき仕事がどしどし
と押し寄せる彼女はこの辺で!と一礼をして、
急ぎ足で、自分の店へと戻ろうとした。
「大丈夫、迷子にならない?」
『もう、大丈夫です!7年前とは違います
から。』
「しっかりしたもんだ。」
確かに美琴の言う通り、最初に出会った時、
そして前々回あった時よりも顔つきはしっかり
したものに変わってきている。
女性の変わりようには、黒尾も今まで沢山驚か
されたが、彼女の場合は本当にいい意味で。
でも彼女の柔らかい仕草は変わらずにそのまま
でいて、へらっと笑いながら走り出した美琴は
先程とは逆方向に向かおうとするので、黒尾は
慌てて逆じゃない?と指摘をすると、恥ずかし
がりながら軌道修正をして、その場から走り
去った。
「いや、そそっかしいのは変わんねえのな。」
相変わらずの無邪気な笑顔に癒されて、赤葦が
彼女にぞっこんになる理由にも納得しながら、
先程貰ったバースデーカードが気になって、
ちらりと中身の確認をする。
「ラブレターだったら、赤葦が妬く…って、
ふーん、なるほどね。」
明らかに彼女の字ではない、ダイナミックな
そのお祝いの文字は、きっとその店の店主の
ものだろう。
彼女の気配りも想定済みと言いたいのか、
そして手を出すなと言いたいのか。
その下には控えめに、可愛らしい文字でお祝い
のメッセージも書いてあって、個人ではなく店
からだと、治によって主張されたバースデー
カードとなっていた。
「いやいや、俺より厄介な奴は他にもいる
でしょ?」
妹みたいに思う子に手を出すわけないだろと
言いながら、その袋にはおにぎりとは別に違う
ものも入っている模様。
すると、ピコンとスマホに彼女からメッセージ
が入ってきて、おにぎりとは別にプレゼントも
ありますと補足の文章に、その別で用意されて
いた物を黒尾は何なのか確認する。
「クロネコのマスコットと、猫のしっぽの東京
バナナ?」
大柄の男に果たしてそれが似合うのかと、睨め
っこをしながら、マーブル模様の可愛らしい
東京バナナとつぶらな瞳の黒猫のマスコットを
手に持つと、スマホはまたピコンとメッセージ
が入る。
乗り換え駅で、珍しいもの見つけました!と
エッヘンと威張った狐のスタンプと、乗り換え
駅が何処なのかすぐに分かってしまった彼は、
げらげらとそのプレゼントを手にして、腹を
抱えて笑い始める。
「マスコットはわかるけど、東京バナナをまさか
のここに入れてくるとは…!」
東京育ちは確かに、あまり買わないけどよー。
とふるふると震えながら、やっぱり1家に1人、
この癒しは必要じゃないのかと、黒尾はふと
考えてしまう。
「どっかのお店の子なら、黒尾さん確実に何
かしらのシャンパン入れてたわ。ハマるわ
この子。」
ありがとね、またお礼に東京バナナ持っていき
ます。と返信をして、ついでにあの人物も彼は頭
に浮かんでしまった。
「今日も美琴ちゃん、めちゃくちゃ可愛いよ。」
赤葦にも焦らせようと意地悪なメッセージを
入れ、自分も与えられた任務に取り掛かろうと
背伸びをする。
合間で補給出来そうなこの差し入れは、黒尾に
とって非常にありがたいものとなった。
一方、美琴も治と同じ店のシンボルのキャップ
をしっかり被り、計算通り飾ることの出来た
ポップを嬉しそうに眺めていた。
『いよいよですね、治さん。』
「ほんま、ずっと楽しそうやな。でも、祭りに
興奮するんも程々に。」
そう言いながらある程度の店の準備が整うと、
彼にはペットボトルを差し出され、摂れるうち
に水分補給をと促され、おまけにエネルギーも
つけときと、チョコレートも1粒口に放り込まれ
てしまった。
『ん、美味し!』
「せやろ?外で用事しょうたら、さっきツムと
勘違いしたお客さんがくれたんや。」
『え、私殺されんやろか。』
「人でなしより美琴に食われる方が、チョコレート
も報われるで?」
『治さん、時々毒が強いですよね?』
「今日はガード固めにいかなあかんからな。」
『…ガード?戦うんは侑さん達ですよね?』
「ああ、気にせんでええよ。こっちの話
やから。」
謎の治の意気込み具合を不思議に思いながら、
ピコンと鳴ったスマホのメッセージを彼女は
確認をして、黒尾の返信にハッと自分が彼に
何を渡してしまったのか納得したのか、あた
ふたと戸惑ったり、恥ずかしそうに口をパク
パクさせたり、百面相な表情を今度は治が
不思議そうに首を傾げた。
「何なん、チョコレートに変なもんでも入っ
とったんか?」
『ちゃいます、わー、私アホやん。』
頭を抱えたと思いきや、今度は恥ずかしさを
取り繕うとして、治の方に顔を隠そうとする
ので、彼は反射から両手で彼女を受け止めて
いた。
「美琴から抱きつくとか珍しいな。」
『私、東京の人に珍しいもんです言うて、
…東京バナナ贈ってしもうた。』
その送った相手が誰か分かっていた治は、また
このお人好しは…と固まるが、今回は無自覚で
送ったそのやり取りが想像ついたのか、堪らず
治も吹き出してしまった。
『あ、治さん笑った!きっとこの調子やと黒尾
さんも笑っとりますよね。』
「あの人の性格上、まあ笑うわな。…にしても、
東京バナナて!侑よりオモロいで?」
『うぅ…、恥ずかしい。』
嘆く背中をよしよしと撫でながら、治はそろそろ
開店やな。と時間を確認し始めたので、その
言葉からは彼女もシャキッと背筋を伸ばす。
ここからは、楽しい時間が始まるばかりだ。