いよいよ始まる


『今控え室におにぎりをお届けしたら、生ロメロ
さんを見れるんですかね。』


「…美琴、させんよ?他のに捕まって戻れんく
なるやろ??」


『ううっ…、せっかく英語喋れるようになった
のに。』


「地元帰って、海外の観光客の相手は任せたで。」


ふと、商品を渡しながら美琴が思ったことを口
にすれば、ブラジルの有名選手よりも身内や
今回の相手チームに厄介な人間が多い為、
そっちの心配で行くなら一緒にやと治は彼女に
釘を刺す。


それはちゃんと彼女の冗談で、楽しそうに職務
は全うしていた。


商品の売り上げは、予想通りに上々だった。
時折、この店の存在をしらなかったファンが治
を見て、ドッキリか何かかと勘違いしている
のが面白く、治の隣にいた美琴もついくすりと
笑ってしまいそうになる。


『地元やと皆知っとるけど、こっちやと皆さん
侑さんかと思うて、目を丸くしとりますね。』


「ほんま、こっちのが男前やのにな。」


『ふふっ。』


「美琴、そこ笑うとことちゃうやろ。」


治の発言を楽しそうに肩を揺らして聞いて、
彼女を治が小突くと、周りは余計に宮侑に
そっくりな人間が女の子と楽しそうに会話?
と混乱している。


そこを時々店にも足を運んでくれる、ブラック
ジャッカルの年配のファンが、彼らの説明を
代わりにしてくれていて、そのおじ様から説明
を聞いたファンはこちらに向かって歩いてきた。


『また。宣伝してくれたんですね!』


美琴が感謝の気持ちも込めて、2つおにぎりが
売れた後に手を降れば、嬉しそうに手を振り
返してくれている。


「ほんまあのおっちゃん、俺らの事好きやな。」


『ありがたいですねえ。』


治もその人の存在に気がついて手を振って、
2人はまた忙しく接客へと戻り、久しぶりに目
にしたとある人物に会い、治はおよ?と目を
丸くして商品を手渡しながら驚かせ、相手も
自分が声を掛けられるとは思ってもみなかった
のか、ビクッと動揺していた。


「君なんやっけ!烏野の!嫌なジャンフロの!」


「あ…山口です。」


その声に別の接客をしていた美琴も自分の詐欺
が落ち着くと、治の声が聞こえてきたのか、
彼女も2人の元へ近寄った。


「そっか、仙台やもんな、地元やんな。」


「地元じゃなかったとしても、今日の試合は
見逃せないんで。」


「フッフ、せやろな。」


2人の会話をにこにこ微笑みながら聞いている
と、山口はそこで美琴の存在に気がついたのか、
彼もあれ!?確か…と驚いた顔を見せるので、
彼女も彼に声を掛けた。


『山口君、久しぶり。』


「え、揚尾さん!?何でこんな所に?」


もう1人の思わぬ人物との遭遇に山口はそう言う
と、隣の屋台から「おい忠、買うならこっちのが
先だろっ」と彼の知り合いの店だったのか、山口
に野次が飛び、彼は今そっちにも行ってますか
らと自分の知り合いを宥め、彼は再び2人に視線
を戻した。


「可愛えやろ、俺の嫁。」


「ええ、結婚してたんですか!?」


美琴の肩を寄せて、さらっと嘘を吐く治に彼女
は顔を真っ赤にして突然の嘘にあたふたと
戸惑い、真面目に受け止めていたのは山口だけ
では無く、隣で玉こんにゃくを購入していた
谷地もその会話にえぇ!!?と驚愕した表情を
見せていた。


『もう、治さん!!何言うてるんですか!』


「待って、揚尾ちゃん!!!私全然聞いてない
んだけどいつの間に!?」


『谷っちゃん、ちゃうよ?治さんの冗談やっ!
ただの卒業後の就職先やから〜。』


「こう言う方が、悪い虫つかんから楽やん。」


「相変わらずなんだね、君の先輩。」


何も聞かされてなかったとショックを受けて
いる谷地に、美琴は慌てて訂正を入れ、ニコニコ
と満足そうに笑う治の腕を彼女はポカポカと
怒った口調で叩いているが、彼には効いている
風には見え無かった。


「そうやって見てると、お似合いだけどね。」


「せやろ?自分、わかっとんなあ。」


「揚尾ちゃん、お幸せにね。」


『恐れ多い!ファンに怒られるから!!!
谷っちゃんは、寂しい私をよく知っとるやろ?』


「ごめん、つい揶揄いたくなっちゃって。」


『もー!』


「谷地さんが揶揄うなんて、珍しい。」


まだ付き合っていないというのが、かえって
山口と谷地には嘘に見えて、2人の痴話喧嘩に
取れるその姿を暖かい目で見守る。


そういえば、この子の先輩はこんな感じだった
なと、そこにはいない先輩達の姿を思い出し
ながら、谷地は、また一緒に遊ぼうねと会う
約束をしてその場からは離れ、観客席へ向かう
2人を美琴も手を振って見送った。


「ほら、美琴不貞腐れとる暇ないからな?」


『わかってますもん。』


ほんま可愛えなと治は楽しそうに頬をつつき、
美琴も口を尖らせていたが、会場の照明が落と
されると、直ぐにその表情は変わった。


コートがライトアップされ、ズンズンとノリの
いい音楽が流れ始めると、会場の皆が手拍子を しながら、1つのコートへと注目をする。


会場の外とはまた違った選手達のオーラに
震え、自分はすごい人達と出会っていたのだな
と彼女はそこで実感をした。


『もう少ししたら、侑さん達も登場ですね。』


よく知る人達の登場が待ち遠しく胸を弾ませ、
これからアップを始めるだろうと会場の端に
いる顔見知りを探そうとすれば、背番号を
名乗りながら、綺麗に回って登場をする木兎を
発見して、彼らしい登場に、美琴もつい吹き
出してしまった。


そして、今回この会場が注目するのはもう一人
いて、やっとこの場で登場を見せたその人物に、
美琴は目を輝かせていた。


「やっとやなぁ。」


『やっとですねえ。』


ずっと彼とは会っていたから、今までの時間を
長く感じていた治と美琴の2人は、日向の姿を
見て、互いに同じ言葉をしみじみと吐いていた。


そして試合は開始され、影山の鋭いサーブを
日向は静かに上げると、侑は会場ご挨拶と
いったところの準備なのか日向にトスを上げ、
久しぶりに目にしたその速攻に、彼女は楽し
そうな声を上げ、治もまた同じくフッフと
楽しそうに笑顔を見せる。


「来たぞ!」


『おかえりー!』


会場から聞こえたその声に合わせ、美琴も嬉し
そうに、日向に挨拶を送る。


『いらっしゃいませ!』


「すみません、鮭と昆布を1つずつ…」

そして再び客もやって来て、こちらもまた忙し
く賑わいを見せ、美琴も治の握ったそれを嬉し
そうに受け取る人達を見て、釣られて笑顔に
なって、ここに誘って連れてきてくれた治に、
美琴は改めて感謝していた。


『治さん、今すっごく楽しいです。』


「せやな、俺も…」


張り切って接客をしている美琴に目を細め、彼女
の言葉に同意しようとすれば、治の動きは
ピタッととまり、目の前に現れた人物を見る
と、その表情は一変する。


「美琴ちゃん、やっと逢えたね。」


慌てて駆けつけたのか、また自分の目の前に
現れたその男は、以前と同様、ぎゅっと彼女の
手を大切そうに握り締めた。


『赤葦さん、来てくれたんですね!』


治とは反対に、美琴は彼に会うとぱぁっと表情
を更に明るくさせ、それに喜ぶ赤葦もふふっと
彼女に笑顔を向けている。


「いらっしゃいませ。」


治は無理矢理に張り詰めた笑顔を赤葦に向ける
と、赤葦も負けずと引き攣った笑顔を治に見せ
ていた。




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